*佐野万次郎*
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人はみんな、変わっていく。
時が経つにつれて、嫌でも大人にならなくてはならないときがくる。色んなことを妥協したり、現実と向き合わなければいけない。
でも彼は今でもあの頃のままだ。
きっと、現実を受け入れられなかったのかもしれない。本当は誰よりもつらくて、助けてほしかったのかもしれない。道を間違えてしまった自分を、叱ってほしかったのかもしれない。
***
マイキーの彼女である私は、何があってもマイキーを支えると誓い、ずっとマイキーを傍で見てきた。そう、ずっと。12年間、マイキーだけを見続けた。
マイキーが東卍の皆を殺したときも、私はそれを黙って見ていた。
もちろん、つらかったし、悲しかった。何度も止めようとしたけれど、私にはどうにもならなくて、ただ泣くことしかできなかった。
それでも私はマイキーが好きだった。大好きだった。愛していた。
その気持ちは今でも変わることはない。
だから、何があっても彼を傍で見守り、守っていこうと誓った。
「名前」
名前を呼ばれ、私は薄っすらと目を開ける。窓から差し込む朝日が眩しい。
「どうしたの、マイキー」
私は簡素なシングルベッドから身体を起こし、傍らに座るマイキーに目を遣る。マイキーは優しく微笑み、今日は出かけよう、と提案した。
シングルベッドと、小さな机と椅子しかない質素な部屋。
そこに私とマイキーは住んでいた。もちろんキッチンなどなく、食事は私がスーパーやコンビニで買ってきたお弁当がほとんどだ。
「どこに出かけるの」
「フィリピン」
「……また唐突な……」
私は苦笑いをするが、マイキーのこういった唐突に何かをするところは本当に変わらなくて、なんだか嬉しくなった。
「いいよ、行こう」
そうして、私たちはフィリピンへ飛んだ。
この先何が起きるのか、私だけが知らぬまま。
***
フィリピンに着き、マイキーに連れてこられた場所は廃墟だった。
瓦礫の山を歩きながら、私はキョロキョロと辺りを見回していた。
「おっ……と」
「大丈夫?」
瓦礫に足をとられ、思わず転びそうになる私を抱きとめるマイキー。
「大丈夫、ありがと」
「よかった」
にこ、と少年のような笑みを浮かべるマイキーが愛しくて、私はそのままマイキーの背に腕を回した。マイキーもそれに応え、優しく抱き締めてくれる。
「いつまでこうやって一緒にいられるのかな」
涙声で問いかける。
だけどマイキーから返事はない。もしかしたら、もう無理なのかもしれない。ここで限界なのかもしれない。
「私、ずっと夢があったの」
そう語りかけたところで、人の気配を感じた。
私は急いでマイキーから離れ、後ろを振り返る。
するとそこには、12年前東卍を抜けていった男――――花垣武道がいた。
***
マイキーの投げた拳銃が宙を舞う。それはタケミっちの目の前に落ちていった。
「オレを殺せ」
マイキーが放った一言に、私は頭が真っ白になった。
気付くと、私はマイキーとタケミっちの間に割って入り、マイキーを庇うように両手を広げる。
「やめて……」
「名前さん……」
「お願いやめて!!」
そう叫ぶ私の肩に、マイキーが手を置く。
「まい、き」
「ここで全て終わらせたいんだ」
絶望とはこんな感情のことを言うのだろう。
そこから先は、世界から私だけが切り離されたように、タケミっちとマイキーのやり取りだけが続いた。
「オマエは何なんだ?」
「そんな目でオレを見るな」
「銃を拾えタケミっち。オレを殺すか、お前が死ぬか、だ」
ただ泣きながら私はその光景を見ていた。
きっとタケミっちはマイキーを殺せない。このままだとマイキーがタケミっちを殺してしまう。それだけはいけない。マイキーにとってタケミっちは特別な存在なのだ。止めなければ、と足を踏み出したとき、もう一人、人影が見えた。
「あの頃は取り戻せない」
「ダメッ!!!!」
ドンッ
銃声が響く。
私は後ろをゆっくりと振り返る。
そこには、驚いた顔のマイキーと、タケミっちがいた。
「よかった、まにあ、った」
「名前!!」
膝から崩れ落ちる私を、マイキーは抱きとめる。ああ、本当によかった。
自分の撃たれた箇所を見ると、それは見事に左胸に当たっていた。
これは、死んじゃうなぁ。でもまだ、伝えたいことがある。
コフッ、と口から血が溢れる。
「マイ、キー……あのね、私……」
「喋るな……!救急車、今呼ぶから……!」
私はゆっくりと頭を振る。間に合わないから、と言うように、離れようとするマイキーの手を力なく握る。
「わたし、幸せだった、よ……。つらいこと、も、いっぱいあったけど」
目が霞む。でも、まだ、死ねない。
「やっと……守れた……。私、マイキーのため、なら、なんでも、できる、よ」
「頼む、もう喋らないでくれ……」
「ね、ぇ……私、マイキーの……およめさん、に、なりたかった、なぁ……」
「名前……!?しっかりしろ!なあ!オレを置いていかないでくれ……!」
「ありがとう……あ、い、して、る……」
ああ、やっと言えた。
もう何も思い残すことなんてない。
幸せで、みんなと笑いあって、色々つらいこともあったけど、輝いていたあの頃。
マイキーと過ごした12年間は、キラキラして、まるで星のようだった。
ごめんね、最後まで支えてあげられなくて。
でも、最後に貴方を守れて、私は――――。
***
「……名前?」
オレの手の中で冷たくなっていく名前の名前を呼ぶ。
返事はない。
「名前……、名前……!!」
何度も名前を呼ぶが、その唇が動くことはなかった。
じわりと滲んでいく血だけが、温かさを持っている。
ずっと隣にいてくれた。オレがかつての仲間たちを殺したときも、ずっと味方だと言ってくれた。オレを守ると、言ってくれた。
たった一人の大切な人。いつも笑顔で、オレの太陽のような人。苦しみだけのオレの人生で唯一の救いだった人。
遠くでタケミっちが何か言っている。
橘ナオトと共に、名前に近付こうとしてくる。
「近付くな」
オレは持っていた銃を二人に向ける。
オレだけの名前。
大丈夫だから、ひとりになんてさせないから、オレもすぐにそっちに行くから。
だから安心してくれ。
オレは自分の頭に銃口を向け、躊躇うことなく引き金を引いた。
鬱くしきこの世界