砂ノ里短編
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「何してんじゃん?」
「うわ、びっくりした……」
可愛い猫。
とは決して言い難い大きさの猫が、ニヤニヤとこちらを見ている。
品定めするような視線は居心地が良いとは言い難いが。
ここに来てから何度も会いにくる彼に、愛着がわいているのは確かだった。
不気味な消え方をする癖に、どこか憎めない愛嬌があって、ついつい、いつも近寄ってしまう。
「変な猫さん、ここってお菓子よく落ちてるけど。誰かが落としてるの?」
「いつの間にか勝手にそこらにあんだよ。普通じゃん」
「またそんな……。普通じゃないってば。皆おかしな事ばっかり言うんだから」
「ここでは普通なんだよ。オカシイのがな。俺達からすると、お前の方がオカシイじゃん。変なお嬢様」
「そう、なの……かな?」
「ま、難しい事ばっか考えずに、気楽にお菓子でも食おうぜ。それキャンディだろ、くれよ」
あ。と口を開けて強請られる。
ここは、おかしい。
ここに来てから、どれだけ経っても、私はお腹が空かない。
けれど反対に、ここの住人は食べ物に執着している。
それぞれ、執着の仕方は違うけれど。
この猫さんなどは、お菓子をいつも食べている。
それに、どこを見ても何かしら食べ物が目に入る。
どれもとても美味しそうで、食欲はそそられるけれども。
口にしてはいけない、と。
その度に、身のうちで何かが警鐘を鳴らしていた。
「はい、キャンディ」
「ん。ありがとじゃん」
「ひゃっ……!?」
慌てて手を引っ込める。
くつくつとイタズラ成功とばかりに笑う彼は、ちろりと唇を舐めていた。
「難しい顔しちゃって。やめとけよ、考えても無駄だぜ。あんたはここに来ちまったんだから」
ゆらりと近づいた影が、ふっと消えて、今度は背後から声がした。
「言ったろ?ここでは、オカシイのが普通だ。だから、俺も……あんたも。オカシイんだよ」
「そんな訳……」
「でなきゃ、ここに存在してないじゃん」
本当は気付いてるんだろ?と長い尻尾が頬を撫でる。
――ここで、何かを求め始めてる自分に。
「やめて!」
叫んで、手を横に振り払った。
けれど何の手応えも無く、またどこかからくつくつと笑う声だけが響く。
「精一杯強がって。可愛いの。ここではな、皆が皆、何かに飢えてる。ずっと求めてるんだ」
「私は、そんなこと……おかしくなんか……」
「常識と狂気は、場所が変われば入れ替わる。別におかしかないだろ?」
頭がぐるぐると混乱してくる。
おかしい?おかしくない?それって、なんの事を言ってたんだろう。
彼は一体、なんの話をしている?
「この世界で、ハッキリしてるもんは一つだ」
「ぁ、えぇ……?」
「何が欲しいか、だけじゃん」
「んっ……!」
柔らかい感触が唇に触れ、押し包まれる。
幾度か離れて重なってを繰り返した後、コロリ、と硬い感触が歯に当たり、舌に転がった。
甘い。
甘い。甘くて、とても芳しくて。
こんなに美味な物を口に含んだことなんて、今まであっただろうか。
飴をひと舐めする毎に、幸福感が溢れ出す。
今まで悩んでいた事なんて、全て消し飛んでいく程に。
「気に入ったか?」
舌なめずりをする猫は、にやにやとこちらを見下ろしていた。
ふわっと、彼から甘い匂いがする。
「いいにおい……」
引き寄せられるように擦り寄ると、満足そうに彼は喉を鳴らした。
「どうじゃん?こっちの常識に倣うのも、案外悪くねぇだろ」
「うん……。もっと、欲しいな。もっと……」
「可愛いなぁ。ああ、もっと。欲しいだけ、やるじゃんよ」
また、優しい温もりが落ちてくる。
全てを溶かす、甘い口づけ。
肌寒い不安も包まれて消えていく。
私の求める、ご馳走に囲まれて。
満たされる幸福に期待して、笑った。
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