砂の里短編
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つるりと光る赤色に目をやる。
その後、胡座に広げた冊子に視線を戻した。
――宝石言葉:決断力
「嫌味じゃん……」
1人溜め息をこぼし、情けなさに顔を覆った。
それを手に入れたのは偶然だった。
つい1週間前、姉の旦那が任務でこっちの里に来た際、顔を見せに来たのだ。
何かと思えば、記念日にプレゼントをしたいのだという。
結婚前から相談に乗るのは常だ。
こういう要所要所を気配りして押さえる男だから、姉も中々幸せそうなのだろう。
「で、なんか目星はついてんのか?」
「まあ、一応は」
「よし。んじゃ、行くか」
毎度の事だが。
綺羅綺羅しい空間にいると落ち着かないのか、シカマルの奴は、平静を装いながらも足が地に着いていない。
まあ、あまりこういう場に出入りする様な質でないから、仕方ないのだろう。
初めてついて行った際などは凄かった。
途端にうろうろと視線がさ迷いだし、思わず吹き出したのを思い出す。
「大体、どんなモンが欲しいんじゃん?」
緊張したままのシカマルに、先を促した。
「日常で着けてても、邪魔にならない物、っすね。それでいて、あの人が好む物」
ははーん、と思い至って、にやっと笑ってみせる。
「お前、淡白そうに見えて、実は独占欲強いんだな」
図星さされて言葉に窮すシカマルは、下唇を出して頭を掻いた。
砂の里からの珍しい嫁で、誰に似たのか顔はキツめだが、客観的に見ても、うちのテマリは美人だ。
しっかり者だし、笑顔が出れば印象が変わる。
ちょっかい掛けられないか心配なのは、分からないでもなかった。
「お、これなんかいいじゃん?」
「根付っすか……。確かに、これなら邪魔にならねぇや」
「そっちでもシンプルな格好ばっかしてんだろ? 帯にでも着けりゃ、アクセントになるしな」
それに、割りと目立つじゃん。
言い添えた後、影の届かない場所に避けた。
「んじゃ、品物選びはお前に任せる。俺は、そこら辺見てるからな」
腑に落ちない様な視線を寄越しながら、頷いて、シカマルは根付の物色に移った。
さぁて、何を見るかな、と辺りを見回し、ふと目についた場所があった。
『天然石コーナー』
吸い寄せられる様に足を向ける。
大小様々、色とりどりの石がころころと並べられている。
若者や高齢層にも人気のある、パワーストーン。
風の国は砂漠地帯がほとんどだが、火の国や土の国の近くでは、鉱物等が取れる所もある。
以前、姉弟そろって軽いブームだった時期があった。
我愛羅はどこか学術や政治的方面に、俺はファッションに、テマリは年頃の女子らしくご利益方面に。
確か、テマリは雑誌なんかも一冊買ってた。
オマケの石目当てで。
言うまでもなく、シカマルと上手くいきだしたら熱も冷めていたが。
そんな事を思い出しながら、視線を巡らせていると、一つの石で止まった。
小粒ながら、濁りなく綺麗な色をしている。
いい値がついているが、それに見合う価値はありそうだ。
ふと、脳裏にある考えが起きた。
これ、指輪に出来ないだろうか。
傀儡弄りの合間に、余った材料なんかで装飾品類は作った事がある。
銀だと地味だ。
金なら錆びないし、細工を工夫すれば、何処でも着けて行ける。
これなら、清香も……
はたと気付いて、苦笑をこぼした。
結局の所、独占欲が強いのは自分も同じらしい。
そろそろ、その欲ももう一歩先に進めてもいいだろうか。
しばらく滑らかな赤色を眺めた後、手に取って支払いに向かった。
「清香さんにっすか?」
意趣返しとばかりに口角を吊り上げた声が蘇った。
お互いにからかい合いながら、互いに報われるよう願い、別れたのが5日前。
無事指輪を作り上げ、少し削ったが、石も綺麗に収まった。
我ながら、いい出来だ。
手のひらに転がし、これが彼女の指に収まってくれる事を祈る。
後は、清香と会って、渡すだけ。
渡す、だけ……。
頭を抱え出して、2日目。
今日に至っては、我愛羅に訝しげな視線を受ける程、放心していた。
どうやって清香に渡すか。
チャンスは一回。人生で一回。
何で一回しかねぇんだよ!
混乱の果てにキレながら考えるが、出て来やしない。
煮詰まった頭では、いくら考えても無駄か。
気分を変えるか、と立ち上がり、調べ物をする事にした。
誰もいないと分かっていても、つい足音を忍ばせてしまう。
いくらか私物の残ったテマリの部屋。
こっちに来た時、入った事がバレませんように、と祈りながら、雑誌を1冊拝借する。
部屋へ飛んで帰ってから、『365日の誕生石』なる本のページを開いた。
「えっと、こいつは……お、コレじゃん」
読み進める内に、また頭を抱える事になった。
「あー。まあ、タイミングのいい事で」
苦笑しつつも目を通し、大体の知識を頭に入れる。
たまたま気に入った品を買ったのだが、意外に縁のある物だったらしい。
しかし、これを贈るとなると、彼女を独占したい思いは相当な物だと、公言して回る様な物だ。
――まあ、いいか。
つまみ上げ、にやりと笑う。
これから先、余計な虫など入り込ませる隙は無くしてしまう方がいい。
好機、逸すべからず。
今が、その時だ。
「カンクロウ、そろそろ日も暮れたし、どっかご飯行こうよ」
灯りが照らし始めた街並みを、2人で歩く。
俺の袖を引く清香に、少し申し訳なく思いながら、手を合わせた。
「あー、悪ぃ。最後に1つだけ。ちょっと付き合ってくれねぇか? 見せたい物があるじゃん」
「ふぅん? 傀儡じゃないなら、絶対楽しいから、いく」
傀儡以外の事なら、カンクロウはハズレないからね。
いたずらっぽく笑う清香に、期待しとけと企んだ笑いで返す。
言い切って、自分の覚悟を固めた。
目を閉じろと告げると、訝しげにする彼女に、いいからと促す。
大人しく目を閉じた事を確認すると、1つ息をついて、彼女の身体を抱き上げた。
「ん、え? えっ、ええ!? か、カンクロウ、カンクロウ! 何処行くの、ってか、ここ里の上ーっ!?」
「落とされたくなかったら目閉じてろ! あと、口も閉じねぇと舌噛むじゃん!」
ぐんっと地面を蹴った先で、清香が叫んだ。
からかう様に笑って言えば、固く目を閉じて首にしがみつく。
ふわりと近くなる彼女の香りに口角を上げ、近付いた高い屋根をまたぐんっと蹴った。
長いような、短い時間を過ぎた後、たどり着いた場所で足を止める。
そっと彼女を地面に降ろせば、少し覚束ない足取りで、砂に足を着けた。
支えの腕は肩に回したまま、彼女が落ち着くのを待つ。
「大丈夫か?」
「大丈夫……な、訳ないでしょ。もう、びっくりしたぁ」
ため息混じりに言ってから、頭を振るう。
そして、気づいて目をしばたたかせた。
「え、ここって、砂漠?」
「正解」
里から離れたこの地は、正しく砂漠だった。
喧騒は彼方、草木一本見当たらない。
見渡す限りの砂に、清香が唖然と目を開いた。
物言いたげにこちらを射す視線に、笑って上を指し示す。
「俺が見せたいのは、こっち」
指を追い、顔を上げて、清香は言葉を失った。
口まで開けて魅入る姿に、目を細めて満足する。
どうやら気に入ってくれたらしい。
俺も同じ空を見上げ、同じように心を動かす。
「綺麗、だよな」
「うん、凄い……吸い込まれそう」
夜空に満ちる、星、星、星。
星屑が地上の砂粒に負けぬ程空を埋め尽くす、視界の端までもの銀沙の海。
砂漠の夜気は、澄んでいて、冷たい。
その静けさの中では、恒星の弾ける音までが聞き取れそうだった。
「忍五大国で、でもそれ以外、特に外との交渉手段も無いような土地だけどな。この景色は、絶対他に誇れるもんだと俺は思うじゃん」
頷いて、清香も同意する。
「確かに。ここを今まで知らなかったのは、大分損してたなぁ」
「ま、今まで誰にも教えなかったからな」
昔から変わらない星空を眺めて、一度、目を閉じた。
ここに来たら、決心を後押ししてもらえるような気がした。
ただ正直な想いを、清香に伝えられるような。
「清香。俺は、風影の兄じゃん。あいつの補佐として、これから里を支えてく」
視線を下ろし、清香の瞳をしっかりと捕える。
テマリは嫁ぎ、俺もいつまでも下っぱじゃいられなくなった。
我愛羅が風影になり、ナルトもとうとう火影になった。
「これから、里も国も、世界中大きく変わっていくと思う。その中で、俺は、我愛羅の補助をしたり、同行したり、代行したりする必要がある。……今までより、お前の傍にいられなくなる。でも、お前を幸せにする役目を他の誰かに譲るつもりは、全く無いんじゃん」
手のひらに乗ったケースを、清香の方へ差し出す。
突然の事に、清香は一瞬目をまたたいていた。
しかし、段々とそれが何かを理解した様で、驚いて手は口元を覆う。
「……え、えっ?」
「多分、暫くは里を空ける事の方が多いし、清香が辛い思いをするのは、目に見えてんだ。――でも、それでも俺は、清香の一生の時間が欲しいし、俺と、この先を共にして欲しい」
ケースを開いて、中の指輪を星明かりの下に晒す。
「受け取って、欲しいじゃん」
ついには顔を覆った彼女から、ぽろぽろと雫がこぼれ落ちた。
後から後から砂に吸い込まれるそれを必死に拭いながら、清香が笑って見せる。
「も、カンクロウってば、余計な心配っ、し過ぎ。ここまで幸せにしてもらって、喜ばない訳、っないでしょ!」
その指輪、何万両しても、譲ってもらいます。
とか。
俺の覚悟や不安や想い、全てに笑ってくれる清香に、目頭が熱くなる。
ああ、やっぱり俺は、清香と連れだって、この先を歩きたい。
他の誰でもない、清香と、幸せになりたい。
どうにか涙を落ち着けた清香が、「はめて、はめて」と手を差し出す。
その手を取って、金の輪を滑らせた。
そのまま、彼女を抱き寄せる。
「――ありがとじゃん、清香」
「こっちこそ、こんなに真剣に考えてくれてたなんて、思ってなかったから。カンクロウ、ありがとう」
抱きしめた彼女の手を、深紅の翡翠が彩って光る。
清香は俺と共に、俺は清香と共にある。
その証が、銀色のリングとして光るのは、そう遠くない未来だった。
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