砂の里短編
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ぱん、ぱぱんっ。
花火の音が夕空に響く。
その音に胸を高鳴らせながら、緊張で少し汗がにじむ。
ああ、もうすぐだ、と。
口紅は、濃くなく、ほんのりグロスをのせて。
目元も、控えめに、けど、ぱっちりくるり。
頬も自然に、柔らかい色に染めて。
髪――は、ちょっといまいち。
項はきれいに出せたけど、髪飾りが少し華やかさに欠ける。
浴衣の色を考慮して選べば良かった。
まあ、この位なら文句は言われないんじゃないかな。
さて、もうそろそろ彼の所へ行こうか。
「カンクロウっ!」
電柱の傍に彼を見つけて声を掛ける。
すると団扇をあおいでいた手を止め、こちらに手を上げてくれた。
今日はカンクロウも浴衣姿だ。
まあ、2人で浴衣にしようと決めていたから当然なんだけど。
どうしようもなく嬉しくて、顔がほころんでしまう。
待たせてごめんと謝ると、待ち過ぎて根が生えるかと思ったなんて憎まれ口を叩く。
「まあでもその分たっぷり楽しませてもらうけどな」
なんて、にやっと音がつきそうな笑みを浮かべられたら、一瞬ムッとした心も照れに早変わり。
なんというか、カンクロウはこういう所で私を掌で転がすのが上手い。
「まあ、私もそのためにめかし込んで来ましたよ」
転がされっぱなしも悔しいので、どやっと胸を張れば、ふうん、と猫のような瞳が凝視する。
爪先から頭まで、じっくり吟味する様に眺められ、緊張。
「ど、どうよ?」
「ん。是非とも隣歩いてほしい位じゃん。上達したな、清香」
「よっしゃっ!」
思わずガッツポーズ。
カンクロウは私の格好にはうるさい。
その彼が、こんなに高評価をくれたのは、初めてだ。
素直に嬉しい。
「ま、髪飾りはもう少しあか抜けたモンの方が良かったと思うけどな」
……やっぱり、多少のお小言はつきものらしいが。
ほら、と自然に出された手を取る。
そのまま、2人で人混みの中へ紛れていった。
賑やかな話し声。
通りを埋める屋台、良い香りと共に立ち上る煙。
裸電球がそれに反射して、やわらかな光が辺りを包む。
子供の笑い声が足元を掠めて、金魚やヨーヨーが水音を立てる。
そして目の前には、がっしりと広いカンクロウの背中。
思わず、胸が高鳴ってしまう。
その背中から、首筋から、――カンクロウから、目が離せない。
決して派手ではない浴衣なのに、人目を引く。
落ち着いた色の袷から覗く、首筋。
いつもは忍装束で見えない、厚い胸板。
薄い布で普段より落ち着いた、広い肩幅。
袖を翻す力強い腕。
なのにその動きは指先まで洗練された繊細さを纏っている。
思わず、ため息をこぼしそうになる。
ああもう、と顔を手で覆ってしまいたい。
何もなくても、こうしてカンクロウに惚れ込んでいく自分は、相当重症だ。
暴走する心臓を誤魔化すように、何か買おう、とカンクロウに提案した。
「ん。そうだなー。花火はしっかり堪能したいし、先に腹に物入れとくか。清香は何か食いたい物あるか?」
いやもう貴方だけで胸一杯です。
とは、さすがに言えないので。
「とりあえず、唐揚げとポテト。後で林檎飴たべる」
「んじゃ、俺は焼きそばと、たこ焼きじゃん。よし、買いに行くか!」
目当ての物を買い集め、適当に道端でしゃがみこむ。
いただきまーす、と2人で手を合わせ、もっふもっふと頬張った。
途中、唐揚げとたこ焼きを交換した。
カンクロウが「あーん」をしたいと言い出したが、さすがにそこまでバカップルできませんと断った。
すると「照れてんのか」とニヤニヤしだしたので、お望み通り、口に唐揚げを突っ込んでやった。
「花火まで、あとどのくらい時間あるっけ?」
「んー、あと30分あるぜ」
「ね、じゃあもう少し見て回ってもいい?」
「OKじゃん」
再び立ち上がり、差し出された大きな手を取る。
少し肉厚で、かさついている。
すっぽり包まれたそれをきゅっと握った。
振り向いたカンクロウと目が合い、どちらからともなく照れ照れと笑った。
幸せ、だなあ。
それから、人混みに押しつ押されつ進んでいると、ふとあるものが目に入った。
足を止めた私につられて、カンクロウが歩を止める。
「カンクロウ、ちょっとあれ見てもいい?」
「ん? アクセサリー屋か」
つたつたと店の前に行き、キラキラと光るガラス細工などに胸を高鳴らせる。
これでも女の子だからね。
こういう物は見ていて好ましい。
「へえ、中々良いセンスじゃん」
隣のカンクロウも気に入ったようで、口角を上げて褒めた。
ねー、と私も笑ってから、アクセサリーを眺めていく。
カンクロウの言う通り、センスがいい。
色々と目移りしていると、髪飾りを見つけた。
片手に収まる程の大きさの、桃色の花を基調とした髪飾り。
良く見れば、幾つかの花飾りを上手く組み合わせて着ける飾りのようで、毎回違うデザインで楽しめるらしい。
それに、この色なら、この浴衣にもぴったりだと思う。
でも、自分で着けるのはかなり苦労しそうだ。
少しの間葛藤していたが、やっぱり諦めよう、と肩を落としかけた時。
「この髪飾り、いいじゃん。おっちゃん、コレくれよ」
カンクロウがその髪飾りを手に取った。
ぽかんとしている間に支払いを済ませ、カンクロウが店の人に礼を言い、繋いだ手を引かれる。
「え、えっ? カンクロウ、それ……」
急に歩きだしたカンクロウに慌てて続きながら、尋ねる。
「ん? お前、コレずっと見てたじゃん。それに中々面白い髪飾りだからな、買った」
「か、買ったって……!」
「いーから、こっち来い」
早足に、カンクロウが人混みから離れた場所へと移動する。
そして、すっかり喧騒が遠ざかった所で、ようやく足を止めた。
「さて、清香。ちょっと後ろ向け」
「うん?」
言葉に従い、素直に背を向ける。
向くと同時に、ぱさりと髪がほどけた。
「え、ちょっとカンクロウ!?」
「すぐ綺麗にしてやるから、ちょっと待てじゃん」
思いの外耳元近くで響いた声に、一瞬で体が緊張する。
それを了解ととったのか、カンクロウは手を動かし始めた。
丁寧に一房ずつ、すいすいと彼の指でまとめられていく。
繊細に優しく触れてくるものだから、髪を撫でられでもしているような気分になる。
時折洩れる、「よっ……と」や、「ん……」等の声が、耳元で響いて心臓に悪い。
合わせて吐息もかかる。
ここが薄暗い場所で良かった。
でなきゃ今頃、カンクロウに耳が赤いとからかわれていただろう。
しばらくじっと耐えていると、漸く、カンクロウから「完成」の合図がきた。
こっち向いてみろ、と言われて向くと、満足そうに「完璧じゃん」と笑みを浮かべた。
見てみろ見てみろと急かされ、巾着に入れてきた鏡で確認する。
「わ、……!」
思わず感嘆の声がでる程、綺麗に出来上がっていた。
花飾りが可愛らしく差してあり、浴衣とのバランスが綺麗に保たれていた。
「す、すごい。さすがカンクロウ」
「ま、気合い入れてやったからな。当然じゃん」
ドヤ顔も当然と思える。
美容師顔負けの仕上がりだ。
ただ、問題が一つある。
「でも、これ私じゃ整えられないと思う……」
鏡をねめつけるようにして見ても、どう整えているか分からない。
以後どう使えばいいの、これ。
「コレ使う時は毎回俺が整えてやるじゃん」
「へ?」
「俺以外の奴に触らせたくねぇからな。毎回呼べよ」
清香は俺のモンだからな、と頬に手を添えられる。
「まあ、俺ほど手先が器用で清香の髪を整えてやれるセンス持った男なんて、そうそういねぇけどな。
これから一生、この髪飾り使う限り、お前は俺の女じゃん」
これは、その証。
そう言って体が密着したと思えば、うなじにキスが一つ落とされた。
びくりと肩が跳ね、カンクロウの浴衣を掴む。
「、もう。こんな所で……」
言いつつ、薄い布越しの胸板が、温もりが、カンクロウが愛しくて、離せない。
「プレゼントして、髪整えた俺にご褒美じゃん」
低い声でカンクロウが笑った。
有償なんだ、と、つられて笑い、ありがとうと伝える。
すると、「ん」と、はにかんだようなくぐもった返事が返ってきた。
不意に、辺りが明るい色に包まれ、大きく音が響いた。
きらきらと、光の粒が弾け飛ぶ。
「花火、始まったな」
「うん。……綺麗だね」
体を離し、座る場所を見つけて2人で腰掛ける。
寄り添いながら手を重ね、私とカンクロウは、来年の今日の約束をした。
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