木ノ葉短編
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今日は、清香と共に植物園に行った。
俺は虫のこともあって、植物などは少し親しみがある。
清香も小さい頃から自然には世話になった口だからと楽しそうにしていた。
実際、休日に植物園に行こう等というカップルもあまり居らず、親子連れが何組かいた程度で、後は俺達だけの、静かで心地のいい空間だった。
清香の手を遠慮なく握れて、清香の幸せそうな笑顔がすぐ隣にあって、しかも家でなく外でそれができる。
柄にもなくにやけた口元をコートで隠し、植物園の入り口に掲げてあった「自然に囲まれた癒しの空間」という文句にも頷けた。
――あいつが、現れるまでは。
「あ」
「あれ」
双方が、気づいた時には少し気まずそうにしていた。
けれど二言三言言葉を交わした後は「またね」と、軽く笑顔で別れた。
何なんだ、今の男は。
男の去った方に視線をやっていると、清香が困ったような顔で覗きこんできた。
「あー……気になる?」
「少し、な」
嘘だ。
気にならない訳がない。
物凄く気になる。
何故なら、あの一瞬は普通の空気ではなかったからだ。
あれは、まるで――
「今の、前の彼氏なんだ」
――やっぱり、そうか。
「隠すのも嫌だし、言ったけど。ごめんね、嫌な気分にさせたね」
「いや、いい。何故なら、清香が悪い訳ではないからだ。それに、話してくれて良かった。隠された方が、何かあるのかと勘繰りそうだからな」
「そっか、なら良かった。あ、全然今は何もないからね。今は、シノだけだから、ね」
そう言って照れて笑う清香に手を引かれ、先へ進む。
それに満たされた気分になりながら、また歩き出す。
だが、俺の中の鬱屈とした自分は、その場から動けずに、まだアイツの去った方向を妬ましげに睨み付けていた。
嫉妬や、不平不満は、雪山の石よりも速く転がる。
そうして雪を纏って、どんどんと肥え太る。
愛しさの裏側で、それさえも己の内に取り込まんと、膨らみ続けて隙間から滲み出てくる。
そして尚まずいことに、俺はその類いの感情のコントロールが下手なのだ。
デートの最後は、惨憺たるものだった。
ちょっとした事に苛立ち始め、不機嫌が丸出しになっていき、清香に対して八つ当たりをしてしまい、さすがに清香も怒りだし、最終的には清香の部屋で言い争いをしてしまった。
「――もう、出てって!!」
「ああ、そうする」
売り言葉に買い言葉。
部屋を出てから、アパートの階段を苛立ちを抱えて下った。
そして、帰り道を足早に数歩進んだ時。
ふと、顔を上げて前を見た。
もう夜で真っ暗な道に、ぽつんと俺は立ち尽くしている。
前にも後ろにも人は無く、あるのは暗闇だけ。
そんな中、後生大事に身勝手さだけを抱え込んで、俺は立っていた。
このまま、俺はここから去るのか?
――違うだろう。
踵を返し、俺はきた道をまた引き返した。
階段を上り、清香の部屋の前まで来て、ドアに手を伸ばす。
と、同時に勢いよくそのドアが開き、俺は強か鼻と額を打ちつけた。
手をやって痛みに無言で悶えていると、少し下から声が上がった。
「えっ、シノ!? 帰ったんじゃ……てか、ごめん大丈夫!?」
「……ああ……」
駆け寄った清香が心配そうに俺の手を外し覗き込む。
俺も清香を見ると、上着を羽織って、長時間外へ出るような格好だった。
ただ、崩れかけた薄い化粧はそのままで、たった今急いで出たことが分かる。
恐らく赤くなっているだろう額を撫で、清香が口を開く。
「ごめん、もう帰ったんだと思ってた」
寂しそうな、悲しそうな顔をして、清香が言う。
「……下まで降りて、少し歩いて、そこで、ふと考えた。このまま、自分の勝手で清香と口論して、俺は不満だけを抱えて暗い中を帰って。家で今夜思い出すのは、お前の怒った顔だけで。そんなものだけを俺は抱えるのかと自問をした。そして、違うだろう、と。何故なら、俺が抱きしめるべきものは自身の身勝手さではないからだ。――清香、すまなかった」
本当に大切にしたいものは、清香と、俺と清香の間にあるものだ。
その清香を傷付けた事実に苛まれながら、素直に本心を吐露する。
急に、胸元に衝撃がきて、温もりに身体が包まれた。
「戻ってきてくれたから、いいよ」
「ドアもぶつけちゃったし」と、胸元で面映ゆそうに目を細める。
背中に回された腕が服を握るのを感じ、俺も愛おしいものを抱きしめた。
すまない、ともう一度謝ると、私も酷いこと言ったからごめんと謝られる。
「……俺は、こんな人間だから、また同じような事がこの先も何度か起きると思う」
そう懺悔すると、からからと笑って「シノって面倒臭いなぁ」と言われた。
「め、面倒臭っ……!?」
「でも、そこも全部ひっくるめて、シノの事が好きだから」
僅かに衝撃を受けていると、安堵のため息を吐くように告げられる。
単純に嬉しくて、思わず数瞬動けずにいた。
「これからも、一緒に喧嘩しよう」
「ああ」
「その分仲直りして、笑って、」
「互いに、互いを知ろう」
何故なら、清香は俺が好きで、俺も清香が好きだからだ。
俺達は未だ遠い位置にいる。
知れば知る程その距離を実感する事になるかも知れない。
だが、2人の間にある、気を抜けば見失うような細い糸を離さない様に。
ゆっくりと丁寧に手繰り寄せて、互いに距離を縮めていこう。
何故なら――
END.