木ノ葉短編
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最近の悩みは何ですか。
聞かれたら真っ先に答える。
向けられる愛情が重苦し過ぎて死にそうです、と。
朝、目覚ましが鳴り、飛び起きる。
早く、早く支度を済ませて家を出なくては!
高速で着替えを済ませ、ご飯を食べて鞄を掴み、外に飛び出した。
よし、今日はいない。
このまま学校まで突っ走ろう。
ダッシュしようと片足を上げかけた、時。
「清香。今日は早いな」
後ろから、低い声と共に肩を掴まれた。
つ・か・ま・っ・た。
捕まった捕まった捕まった捕まった。
グッバイ私の穏やかな朝。
そしておはよう、私の不必要に甘い朝。
この低い声は、振り向かなくても分かる。
お隣の幼なじみだ。
油女シノ。
目下、私の悩みの原因の1つ目。
「シノ。お、おはよう」
「ああ。おはよう。今日は邪魔者はいない。……2人きりで登校しよう」
「っ……」
するりと腰に手を回し、耳元で囁かれた。
否が応でも顔に熱が集まるのがわかる。
むしろこんな声で囁かれて、そうならない人がいたら教えてほしい。
シノは自分がいい声してるの分かってやってる節がある。
ずるい。
私が声を出せずに固まっていると、後ろから新たに衝撃波がきた。
「ぐぅっ!?」
「清香、おっはようじゃん!」
「……!」
来た。
原因その2。
「おはようございます、カンクロウ先輩」
1つ上のカンクロウ先輩。
成績優秀、体育系は勿論、芸術性もあり、兄貴肌で人望も厚い。
体格のいい、男を漂わせる胸元が開けた襟から覗く。
がっしりと逞しい腕が回され、その胸に肩が当たる。
「ん、今日もいい匂いじゃん。さ、一緒に学校行こうぜ」
「は、はい……」
いい匂いとか気のせいですから、首筋に顔近付けないで下さい。心臓に悪いです先輩。
シノもそれなりに体格はいいが、カンクロウ先輩のような男らしさは特別だ。
シノは夏場でもきっちりと襟元を閉めているのに対し、先輩は冬場でも窮屈そうに襟を開けている。
男の魅力がだだ漏れだ。
正直、今も目のやり場に困る。
何だって朝からこんな両手に花状態になるんだ。
でも、この後起きる事態を私は知っている。
腰に回されたシノの腕が少し強くなった。
「……おい。清香から手を離せ。なぜなら、俺達は2人で学校へ行くからだ」
「悪ぃけど、それは無理じゃん。俺も清香と一緒に行きたいからな」
シノのきつい睨みに、余裕で口角を上げる先輩。
「今更、先に来たのは自分だ、なんて子供っぽいことも言わねぇだろ。
ってか、一緒に行くのが嫌ならそっちが手離せ。俺が清香と2人で行くじゃん」
「ああ、言わない。ただ、心配している。なぜなら、お前の家から学校へ行くなら、ここは遠回りだ。
……毎朝、無理して来なくてもいいぞ」
「お気遣いどうも。ま、全ッ然無理してねぇけどな。優しい後輩がいて俺も嬉しいじゃん」
「こちらこそ、成長を気遣ってくれる先輩がいて鼻が高い」
嫌味の応酬、牽制のかけ合い。
間に挟まれる私の身にもなってくれませんか2人共。
大分居たたまれない心境ですよ。
寒気もするし、今すぐ帰って寝込みたい。
まあ、無理だけど。
とりあえず状況打破するため、私は2人の袖をちょいと引く。
前は恐ろしくてとても声なんぞかけられなかったけど、まあ、あれだ。
慣れって怖い。
「とりあえず遅刻するといけないから、そろそろ行きましょう、2人共」
ずるずると2人を引きずるように歩きだした。
しばらくまだ無言の戦いが続いていたけれど、歩き難さも続き、やがて2人とも私を離した。
ただし、横にぴったりくっついたまま。
「いいわねぇ、清香。いい男2人も引き連れちゃってさー」
パックのストローをくわえたまま、友達が宣った。
別段、羨ましくはなさそうだ。
まあ、当たり前といえば当たり前。
私の数少ない相談相手の彼女は、彼等が私にした所業を全て把握している。
「精神が極限状態にさらされても、他の人より長く持ちそうよ」
「酷い評価をありがとう……」
「どいたま」
カラリとしたものだ。
ズズズ、とパックを空にした彼女は、それを丁寧に折り畳み始める。
口にくわえたままのストローがぴこぴこ円を描いた。
「しっかし、難儀ねぇ。油女君には1日のスケジュールを全部把握されてて、
カンクロウ先輩は、清香が家に着くと同時に毎日ラブコール、か」
それだけじゃない。
シノは、夜コンビニでも出かけようものなら先に外で待ち構えてるし、その他1人で出かける時も大概ついてくる。
夏は冷えたペットボトル、冬はマフラー、気遣いも細やかなもの。
カンクロウ先輩は、お土産マスターだ。
学校帰りに立ち寄った店、部活の遠征先からの帰り、何という訳でもなく、いつも贈り物をくれる。
そしてどれもこれも超ド級の好みの品ばかり。
小物、花束、食べ物からアクセサリーまで。
ここまで人に趣味を把握されたのは初めてだ。
多分、私の両親にも勝てる。
……両方とも、ヘビーすぎる愛だ。
一歩間違えば犯罪級の。
2人に挟まれて、心が揺れない訳もなく。
かといって深入りしたくないのは、2人の情報源がどこか知りたくないから。
知ったら最後な気がして非常に恐ろしい。
――まあ、本当はもう1つ理由があるのだけれど。
「ま、悩みは多かれど、命短し恋せよ乙女ってね。頑張って」
「あれ、どこ行くの。昼休みこれからだよ」
既にゴミとなったパックと弁当を手に、彼女が席を立った。
するととびきりの笑顔を見せて、
「ごめん、清香。清香はいい友達だけど、――アレはさすがに面倒臭すぎる」
指差されるまま振り向けば、背の高い影が2つ。
即座に顔を前に戻すも、彼女は影も形もなかった。
「清香!! 昼飯一緒に食おうぜっ」
「今日は屋上で食べよう。なぜなら、今日はいい風が吹いているからだ。」
「今日は購買で一番人気のパンが手に入ったから、食わせてやるじゃん」
「卵焼きが弁当に入っていただろう。1欠片俺にも食べさせて欲しい」
そして私はあえなくお縄につく。
「いい天気だなぁ……」
弁当を小袋にしまい、ほぅ、と息を吐いた。
さっきまでの喧騒は忘れ去って、ただ空を見る。
喧騒。
いわゆる「あーん」を、1日に別々の人にさせてもらって、してあげた。
そこまでレアリティを追及したい、とは露ほどにも思ってなかったけど。
両者とも自分がかっこいいの分かっててやってる。
あざとい……あざといよ2人共。
そして私が拒めないのは――。
「清香」
2つの声に呼ばれて、見るとそこには2つの顔があった。
驚いて身を引くも、もたれ掛かっていたフェンスはそれ以上逃げ場を与えてくれず、
無情にもかしゃんと音を立てて私の背を受けた。
真剣な瞳は私を捕えて離さない。
「なあ、清香」
「そろそろ答えが欲しい」
「お前が選ぶなら、文句は言わない」
「俺か、こいつか。言って欲しいじゃん」
2人が詰め寄り、私を追い詰める。
何を、なんて今さら言わなくても分かる。
このまま口を閉ざしておくのもそろそろ限界だと、自分でも分かっていた。
けれど、答えは口に出すことを憚るようなもの。
本当のことだけど、逃げ口上のような。
でも、2人は偽りでは納得しない。
喉が乾いて、手に汗が滲む。
「わ、私は……っ、2人共、好き」
2人が目を見開く。
その反応は真っ当だけれど、今言葉を止めれば本当に嘘になってしまうから、私は更に言い募った。
「2人共、好きなんです。どっちかを蔑ろにするなんてできないし、むしろ、2人のことを考えると本当にむ、胸が苦しくて。
2人共大切にしたくて、どうしたらいいのか考えて。それを思うと、最近、夜も眠れなくて」
途中から恐くて2人の目が見られなかった。
俯くと握った手が震えて汗ばんでいるのに気づく。
ああ何だか俯くと同情引くみたいで情けないな、なんて、半ば逃避的に、防衛的に考えた。
「ごめんなさい。迷惑だと、自分でも思う」
ああでもこれだけは、言っておきたいから。
顔を無理矢理上げて、2人と目を合わせる。
「迷惑なら、私のこともう構わなくてもいいからっ、好きでなくていいから! ……だからっ」
目の前が滲む。
みっともない。情けない、けど。
それでも、何より耐え難いから。
「……きらいに、ならないで……っ」
刹那。
体に衝撃がきて、目に溜まっていた涙が雫になった。
気付けば、力強い腕に抱きしめられていた。
両の耳元から、低い声が鼓膜を震わす。
「嫌いになんて、なる訳ないじゃん」
「何故なら、俺達もお前が好きだからだ」
2人分のぬくもりが私を優しく包んでいた。
「お前が望むなら、俺達は2人でお前を愛そう」
「ええっ、でもっ、そんなのって……!」
「いいじゃん。2人で愛し尽くして、どんな女より清香を幸せにしてやるよ」
混乱する私をよそに、2人はこれまでにないくらいに結託する。
涙を拭う指は優しくて。
倫理に反することでも、理にかなっていないことでも、2人に大丈夫だと確信を持って言われると段々正論のような気がしてしまう。
正も邪も溶かされて、甘やかされていくようだ。
「まあ、2人なら変な虫がつく心配もねぇしな」
「相手がカンクロウならば、俺も問題はない。清香を泣かせるより数倍もマシだ」
「だな。ムカつくけど、同意じゃん」
「ふ、2人共……」
「ただ、清香にもさっきの言葉は守ってもらう」
「ああ。どっちを蔑ろにすることもなく、きっちり2人分の愛情を俺達に注いで欲しいじゃん」
「うん、うん。もちろん、そうする」
一般的には背徳でも、嬉しくて、幸せで、涙が溢れる。
ぎゅう、と2人を抱きしめれば、2人の声が同時に愛を囁いた。
何かトラブルがあっても、3人なら1人が仲介者になれる。
互いに大切に思えるならば、この関係は崩れない。
私は今、間違いようもなく、世界で一番の幸せ者だ。
――まあ、あえて目下の問題点を上げるならば。
次の授業には出られそうにないということだ。
でも、3人で今一緒に過ごせるなら。
それも悪くないかな、なんて。
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