抒情歌
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
形の無い薄暗闇の世界を漂う。
夢と現実の狭間。
ここでは何でも出来るし、何にも出来ない。
夢魔、インキュバス、淫魔、ナイトメア。
時代により人により、呼ばれ方は様々だが。
俺はそういう類いの、狭間に住む者だ。
姿形すら曖昧で、人が現れればそいつの想像が及ぶ限り、何にでもなれる。
ただ、曖昧な故に力も存在すらも不安定だ。
取り憑く人間でも居ればそれに合わせて安定も出来るが、そうじゃないなら、存在しないのと同じ程度のもの。
永遠と微睡むだけのものだ。
ふと、どこかから泣き声が聞こえた。
するりとそちらに向かうと、夢を見ている幼い女の子が居た。
どうやら悪夢を見ているようで、夢の中で何かに追いかけられている。
いい具合に新鮮で味も濃そうだ。
つまみ食いもたまには良いかも知れない。
美味い感情が啜れそうだと、期待して彼女の夢に落ちる。
彼女を追うものとは逆方向にストンと落ちて、更に恐怖を濃くしてやろう。
そう思ったのに。
彼女は、俺を見るなり目を輝かせて、俺を抱き上げてきた。
「くろいネコちゃん!」
どうも、力が足りず小さな黒い塊になって落ちたようで、彼女はそれを小さな黒猫と認識したらしい。
気付けば、俺の体は毛むくじゃらの小動物になっていた。
そこから、彼女の悪夢が霧散し、幸せな夢へと変化した。
彼女の感情の全てが俺に向けられ、奔流のようにそれが流れ込んでくる。
暴力的なまでのそれは、とてつもなくふわふわと甘く、俺を満たしていく。
人間の想いをここまで俺自身に向けられた事など初めてで、混乱する。
彼女からのそれに慣れるまで、俺は目玉をぐるぐるさせながら上機嫌な彼女の腕に抱かれていた。
「あ、ネコちゃん元気になったー?」
「あ、ああ……」
ようやく喋れるくらいに慣れてきて、覗き込む彼女に返事をする。
「ネコちゃんしゃべれるの!わたしね、清香!ネコちゃんのお名前は?」
「おいおい……。簡単に名乗るんじゃねぇよ」
人間の子どもというのはこんなにも無知なのかと頭を抱えたくなる。
俺たちは初めから知識だけは備えて生まれて来るが、人間はそうじゃないらしい。
「あのなぁ。名前ってのはそいつの魂の一部を預ける様なもんなんだぞ」
溜息混じりに説明する。
名前を付けたり付けられたり、教えたり教えられたりというのは、それだけ重要なやり取りだ。
人間同士はどうか知らないが、俺たちの様な存在相手だと、名前を知るだけでそいつの魂の一部を手元に置く事が出来る。
その他の魂の部分においては、相手がどれ程そいつに許すかだが、好きに従わせる口実は与えてしまっている様なものだ。
「ふーん?じゃ、ネコちゃんのも教えて!そしたらいっしょだよ!」
「残念だったな、俺個体に名前はねぇじゃん。総じてなら夢魔やらナイトメアやら色々あるけどな」
「わかった!じゃあかんくろー!ネコちゃんの名前はかんくろー!」
ビクリ、と身体が跳ねる。
いや、猫の身体じゃない。
跳ねたのは俺の魂だ。
「あー!お前、何しやがんじゃん!勝手に……!」
こいつの夢と俺の魂が定着してしまった。
名前を与えられた事で、こいつから俺は離れられなくなってしまった。
それに、俺自身がそれを望んでいた部分があったから、そうなっている。
なんだか腑に落ちなくて、ジトリと少女を見る。
「お前……永遠に夢魔憑きだぞ、良いのか……」
「んー?」
「分かってねぇなこれ……」
それでも、もう関係は出来てしまった。
溜息をつくが、まぁいいかと諦める。
こいつの真っ直ぐに俺にだけ向けてくる感情は、まぁ悪くない。
しばらくはこいつに取り憑いて安定した食糧としよう。
.
