シンデレラ
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喧騒に満ちた繁華街を、並んで歩く。
隣の彼女はとても上機嫌に、向かう先について語ってくれた。
「私の好きなお店なんです。とっても落ち着ける場所なので、ゆっくり飲みながらお話しましょ」
軽やかな歩調に彼女の髪が揺れて、慣れない繁華街の景色と相まって現実味が薄れる。
色とりどりのライトに照らされる彼女が綺麗で、彼女自身がぼんやり光っているんじゃないかと、おかしな考えまで頭をよぎった。
彼女に導かれ、小ぢんまりとした店に入る。
洒落た内装のそこは照明も抑えてあり、かかる音楽も静かで、落ち着ける場所というのも頷けた。
繁盛している様子で、カウンター席しか空いていないが大丈夫かと確認され、頷く。
彼女は鮮やかな可愛らしいカクテル、俺はノンアルコールのカクテルをそれぞれ頼み、2人で腰を落ち着けた。
「すまない。俺は、あなたと飲みには行けない。何故なら、俺は……酒に弱いからだ」
以前誘われた時、少し恥じ入りながらも彼女には正直に伝えたのだが、彼女はなんでもない事のように笑ってくれた。
「あら、意外!でも、大丈夫ですよ!私、飲みは口実ですから」
ふふっと少し悪戯っぽい目で彼女がこちらを見つめる。
「シノさんと過ごすの楽しいんです。なので、もう少し長く居たいだけなんですよ」
ノンアルも出すいい店知ってるので、また誘いますね、とその日はそこで話を打ち切った。
そして、今日。
夕食を一緒に食べたあと、彼女の誘いに乗って、ついにここへ来たのだ。
「ふふっ、シノさんとここに来れて嬉しい。ありがとうございます」
「いや、こちらこそだ。誘ってくれて感謝している。いい店だ」
嬉しそうにグラスを合わせる彼女を見ていると、何故今まで頑なに断っていたのかと、少し後悔した。
こんなに喜んで貰えるなら、もっと早くに来れば良かった。
つまみを食べながら美味い飲み物を飲み、彼女と他愛ない会話を楽しむ。
いつも通りだが、いつもより遅い時間、大人っぽい空間だと、とても新鮮な気持ちになった。
少しずるをしている様な、子どもの頃に夜更かしをした時の様な特別感。
酒が無くても彼女とこの空間に居るだけで、酔った様な、少し大胆な気分になれた。
そして。
酒を飲んで白い頬を少し染めた彼女も、いつもよりもう少し無邪気で。
酔ったせいか視線や動きもとろりと緩やかで、それがどこか艶っぽく見えた。
彼女に名前を呼ばれる度、喉が上下しそうになるのを慌てて飲み物で誤魔化していた。
「あ、ごめんなさい。ちょっとお手洗いに行って良いですか?」
「ああ。勿論大丈夫だ」
会話が一度落ち着いたところで、何杯か飲んでいた彼女が席を離れた。
ずっと笑顔だったせいで、少し頬が上で固定されている。
舌を湿すためにグラスを傾けて、その中が空だと気づいた。
丁度いいか、と次の飲み物を注文する。
「そうですね……次はシンデレラなんてどうですか?」
マスターに相談すると、ノンアルコールのオススメを提案してくれる。
と、同時に、向こうの席からクスクスと笑い声が聞こえた。
見ると、男達からにやにやと意地の悪そうな視線がチラチラ向けられていた。
カッと頬が熱くなるのを感じ、顔を背ける。
いつもなら、簡単に流せるだろうに。
先ほどまで浮かれていたからか、彼女と過ごしている時に嘲られたからか。
俺はつい、目に入った品書きから酒を注文し、それに勢い良く口を付けた。
ちょうど戻った彼女が慌てて駆け寄って来たが、小さなグラスに描かれた縞模様は、あっさりと俺の口に流れてしまった。
「あ……あぁ!で、出ましょう!すみません、お会計をお願いします」
彼女に促され、会計を済ませて店の外に出る。
と、すぐにそこで動けなくなった。
アルコールが回り、ぐわんと頭が揺れる。
体内の虫がザワザワと落ち着きなく動き回り、身体から出ようともがき出す。
何とか堪えようと、壁に手をついてこらえるので精一杯になってしまった。
「シノさん、動けませんか?大変……私、お水買ってきます。待ってて下さいね」
心配そうに背を撫でていた彼女が身を翻した時、声が掛かる。
「あーあー。彼氏、ダウン?」
「酒も飲めないし恥かかされてるし、彼女かわいそー」
見なくても分かる。
先ほどの男達だ。
にやついた顔が脳裏に蘇った。
「そんな男ほっといてさ、俺達と飲もうよ」
「いい店知ってるからさ、ホラ」
「いやっ、離して……!」
その瞬間。
俺は彼女を抱き寄せて、彼女の腕を掴む男の手を、握り潰さんとばかりに掴んだ。
「清香に、触るな」
衝動のまま、寄壊蟲を解き放つ。
すっかり抑制を失った虫たちが、ぶわりと辺りに広がり男達に群がった。
情けない悲鳴を上げて男達が手を振り回し、我先にと逃げ出す。
やがて彼らが見えなくなった所で、少し落ち着いた虫たちがバラバラと体内に戻ってきた。
頬に虫が這うのをぼんやりと感じていると、もぞりと胸元で柔らかい感触が動いた。
「あの……シノさん。ありがとう、ございます」
「あ……あ、ああ」
一瞬遅れて、そういえば彼女を抱いたままだったと思い出す。
慌てて腕を離すと、彼女はおずおずと俺の胸を離れた。
途端、ドクリと大きく心臓が脈打つ。
触れていた心地良さが失われる焦燥に駆られ、思わず彼女の手を握った。
「あ……」
「えっ……」
微妙な沈黙が流れたのち、先に気を持ち直した彼女が口を開く。
「あ、シノさん、体調は、どうですか?大丈夫ですか?」
「ああ……少しぼうっとしているが、問題無い。すまない……」
「大丈夫です!私、また助けられちゃいましたね。あはは、どこかで飲み直します?私、お礼に一杯奢りますよ」
彼女の誘いに、ゆるゆると頭を振る。
「すまない。もう飲めそうにない。それに、今は……最低な事しか、思いつかない」
項垂れていると、間を置いて、きゅっと彼女から手を握り返された。
頬を染めた彼女は、一度唇をわななかせてから、ふわりと笑ってみせた。
「いいですよ。それなら……どこか、休める場所に行きましょう?」
彼女に手を引かれ、近づくと指をするりと絡められる。
腕に寄り添う彼女の温もりに満たされると同時に、もっと、とまた手を伸ばしてしまう。
頬に触れて、その輪郭をなぞる様に撫でてから、顔を近づける。
触れた唇はしっとりと柔らかくて、軽い火傷でもしたかの様に、じんとした感触が残った。
アルコールを更に摂取したかのように、頭の芯が痺れて浮つく。
「好きだ……清香」
ぼうっとして告げると、彼女は嬉しそうに目を細めてくれた。
「私も。ふふっ、嬉しいです、シノさん」
想いが通じ合った事が嬉しくて堪らなくて、彼女と繋いでいる手を強く握った。
嗚呼。
すっかり酔っ払っている。
もっともっと。
今夜は、彼女に酔って溺れてしまいたい。
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