海に漂うもの
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「なぁ、頼む!一人だけなんだよ、あと一人だけ!お前以外居ないんだよ、だから頼む!」
キバが両手を合わせて頼み込んでくる。
幼い頃から同じ班のよしみで、中々見捨てられないのだが。
いつまでこんな事をやっているんだコイツは、と剣呑な視線を投げてしまう。
しかし凄まじい熱意でぶつかる彼に、どこか羨ましいと思うのも事実だ。
そして、俺は溜め息と共に貴重な休日の夜を潰す羽目になった。
面識のあまり無い複数人の男女が、集まって食事と会話を楽しむ集い。
いわゆる、合コンだ。
それの人数合わせとして、恋人の居ない俺に白羽の矢が立ったらしい。
しかし、多少の好奇心とキバとの付き合い程度にしか居る理由が無い身だ。
適当に飲み食いしてキバのフォロー程度に話して、早く帰りたいというのが本音だ。
「今回の相手な、なんと、全員一般人なんだぜ!」
「一般人?くノ一じゃないのか」
「そう!気の強いくノ一連中とは違って、か弱くて平和な一般人!喧嘩すりゃ暗器持ち出してくる連中とは訳が違う!」
血走った目を見るに、先日別れた彼女とは何かがあったのだろう。
「一般人の男と違って俺ら最強だし。力強さアピールすりゃ、女の子もイチコロだろ!」
そのまま熱い夜の妄想に突入して虚空を抱きしめ始めるキバから、少し離れて歩く。
一般人か。
まぁ、教職に就くなら何の経験でも多い方が良い。
会話力も多少はついてきたところだ。
見聞を広める為にも少し真面目に話をするのも良いかもしれない。
そんな期待をして暖簾をくぐった俺が間違っていたんだろう。
2時間後、目の前には惨状が広がっていた。
調子にのって飲みすぎたキバによって、頼みすぎ余った料理たち。
忍術実演と称して暴れたせいで散乱した箸やおしぼり。
勿論ある程度止めたが、努力虚しく目の前は荒れ地だ。
2時間の間に、こんなにキバの名前を呼んだ事があっただろうか。いや、無い。
相手の女性も散々だ。
キバにつられて飲み過ぎた子がトイレから戻らないし、1時間前にトイレへ離席した子も戻らない。
というか、帰ったのだろう。賢明だ。
元凶の男は、たった今俺に羽交い締めされたまま、眠りに落ちた。
もはや溜め息しか出ない。
俺が、後始末をするしかないか。
あわあわと手を出しかねていた後輩の中忍には、残った女性を送る様に指示し、帰らせた。
その中で「手伝います」と申し出てくれた女性には、トイレへ行った女性の様子を見て貰えるよう頼んだ。
人払いを済ませたところで、虫を出して料理を片付ける。
流石にこの量を残すのは申し訳ない。
女性の前でこの光景を見せるのは忍びなかったので、まぁ、ある意味全員散ってくれて良かったのかも知れない。
散り散りの箸たちを拾い集めていると、ふと、女性の鞄が目に入った。
そういえば、トイレに行った女性の荷物はここに置いたままか。
と、思い当たると同時に、個室の入り口から短く悲鳴が上がった。
手伝いを申し出てくれた彼女は、頼まれて荷物を取りに戻ってきたらしい。
くノ一でさえ眉を顰める俺の術だ、一般人には相当な衝撃だろう。
気の毒な光景を見せたな、と思いながら入り口を塞ぐように立って、鞄を彼女に手渡す。
「すまない、鞄が残っていたのを失念していた。頼めるか?」
「あっ、はい……っ」
「感謝する。何故なら、女性の介抱は女性の方がやりやすいからだ。助かる」
礼を述べてから、思いついて彼女に連絡先を渡した。
「貴女方を送って行きたい所だが、俺はアイツを担がないといけない。何かあったらすぐ対応する、連絡してくれ」
「わ、わかりました」
ぺこりと頭を下げる女性を送り出し、再度部屋に向き直る。
伸びている友人の腕を首にかけると、背負い上げてから、俺も部屋を後にした。
こんな事があって腹も立ちつつも憎めないキバに、人徳だなと思いながら苦笑する。
けれど、必ず酒の限度は覚えてもらおう。
なぜなら、さすがにもう2度目は御免だからだ。
そんな散々な夜の数日後。
まさか、女性からまた会いたいという連絡が来るなど、俺は露ほども思っていなかった。
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