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「もうヤだよ怖いよ今晩夢に見たらアンタ明日殴るからね」
「……今夜0時くらいには気をつける事だ。なぜなら、何か連れて帰っているかも知れないからだ」
「シャラァーップっ!」
意地の悪いヤツに目をかっ開いて怒鳴る。
気圧されたのか、僅かに目を見開いてついに黙る。
勝った、と満足するがやっぱりさっきの体験が恐ろしくて、俯いて私も黙った。
寒い訳でもないのに、気を紛らすため胸の前で手を擦る。
すると、す、と伸びてきた手に片手がさらわれ、2人の間でくるむ様に繋がれた。
罰が悪そうに背けられた顔は、「悪かった」と告げられているようで。
私も少し言い過ぎたと反省する。
それに、包む手は不器用な慰めにも思えたから。
私も、安心して少し落ち着きを取り戻せた。
「あ。喫茶店、入らないか」
「ん、そだね。行こ」
手を引かれるまま、彼の後に続く。
落ち着いた内装の店内は、休日のせいかカップルが多い。
もう夕方だし、私達と同じく疲れた足を休めに来た人達が大半じゃなかろうか。
騒ぐよりか、静かに語り合う声が多い。
自然とそんな空気に飲まれて、自分達もそんなカップルの一つだと錯覚してしまう。
この想いは抑えると決めたのに。
お2人様ですね、なんて言葉すらこっそり嬉しく思ってしまった。
「あそこに座ろう」
「え、端っこじゃん。真ん中の方じゃなくていいの?」
「ああ。少し落ち着いて休みたい」
「そか。あんたがいいならいいや」
手を引かれるまま、シノについて奥の席に座る。
でもこれ、いいや、とか言ったけど。
よく考えたらカップル感が余計にアップする状況じゃないか。
目の前にはシノがいて、他の客も人も一切目に入らない。
ただでさえ静かな場所の、一番奥の角。
ま、まずい。
失敗した、これじゃシノを意識するなって方が難しい。
落ち着け、鎮まれ、私の心臓。
顔まで熱を持ってくるんじゃない。
「え、と。何頼む? 今日ちょっと暑いから、冷たいモンでも飲もうか!」
「確かに、暑いな……。俺はアイスコーヒーにする。お前はどうする?」
「うーん、あっ、レモネード!」
「分かった。なら、注文する」
シノが店員を呼んで注文する。
店員さんには私達がどう見えてるんだろうか。
やっぱり、仲の良い恋人かな。
……て、そりゃそうか。
そう見えるよう振る舞ってるんだから。
苦笑して、痛みと共に冷静さを取り戻す。
冷や水を掛けると、浮かれていた気分は嘘の様にしぼんでいった。
これなら、あと少し。
デートが終わる位までは、ちゃんと恋人役が出来そうだ。
「今日はよく歩いたねー」
「そうだな。お前は普段動かないから、少し疲れたんじゃないか」
「あ、ひど。そっちだって普段は私とだべってるくせにー」
他愛ない会話を続け、飲み物を待つ。
やがて飲み物が届き、ひと心地つくと、シノは口を開いた。
「お前は、訊かないんだな」
「え、何を」
「突然無茶を言ったのに、理由も訊かず、付き合ってくれている」
「だから、言いたいなら聞くけど、言いたくない事は訊かないってば」
前に言った事を繰り返すと、苦笑混じりの頷きが返ってくる。
でも、正直に言うと今は半分嘘だ。
シノから、モテてるなんて話は、他の女の子の話は、聞きたくない。
「お前は、良い奴だ。何故なら、普通は、ここまで親身になる奴はいないからだ」
「いやいや。私そんな善意に溢れた人間じゃないし。基本適当人間だから」
「なら……どうしてこの間は、他の奴と出掛ける時にも、女らしい格好を……」
「えっ何? ごめん、聞こえなかった」
低い呟きはよく聞こえず、聞き返したが、シノは首をゆるく振った。
そのまま、つと顔を上げたかと思うと、隣に来るよう促された。
「え、何で、」
「来てくれ、清香」
正直、行きたくないと本能が言っていた。
何故か、理由は分からないけど、シノの目が座っている。
それに、雰囲気のある店で想いを殺しながら好きな人の隣に行く、とか。
生殺しもいい所だ。
でも、この状況だと、行かない方がおかしい。
だって、表向き、恋人なのだから。
仕方なく彼の隣に腰を降ろす。
近い距離に、ろくに目も合わせられない。
「で、えと。何なのこ、れ……?」
言葉は、最後まで続かなかった。
急に握られた手に驚いて見上げると、鼻先にシノの顔があった。
こういう時には物がゆっくりに見えるってのはどうやら本当らしくて。
突然の事で動けない私に、シノはゆっくり近づいてくる。
そうして、唇に柔らかい物が重なった。
離れたと思うと、また重なって。
はっとして離れようとすると、シノは握った手を掴んで離すまいと引っ張った。
「はっ……ちょ、何でッ」
「恋人、だろう? 今は、俺たちは、」
「い、やっ……やだっ!」
火事場の馬鹿力というのか。
渾身の力でシノを押しのけて、体を離す。
自分のやった事を改めて自覚したのか、シノは青ざめた様子で口を開いたが、私はそれを聞かなかった。
身を翻し、走ってその場から逃げ出す。
もう、冷静さなんて欠片も残ってなかった。
今までギリギリの所で何とか保ってきてたんだ。
それが、それを――。
訳も分からず、頭の中がぐちゃぐちゃのまま走り続ける。
どうやってか家までたどり着くと、私は、ベッドに潜ってただ泣き喚き続けた。
泣き疲れて眠るまで。
じゅうよん。