デフォルト名:四条院 千紗季
第5帖
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
すっかりと夜の帳に包まれた世界に飛び込んで、千紗季は束の間の休息を得る。無人のバルコニーに吹き抜ける夜風に身を委ね、手すりの上で頬杖をついた。
抜け出してきたパーティ会場では、絶え間なく演奏者らの手によりクラッシック音楽が流れている。
今の千紗季には、締め切った扉から漏れ出る微かな音さえも煩わしくて、音を遮断するように瞼を閉じた。
そうして、さわさわと揺れる木々の音を聴くことに集中する。
夜風が千紗季を煽る度に、パニエでふわりと広がった蜂蜜色のパーティドレスが揺らいだ。
「……はあ。疲れた」
自然と零れた呟きは、誰に拾われることもなく風が攫っていった。
セレブが集うパーティは幼い頃から経験があるものの、純粋に楽しめたことは一度もない。
下世話で野心に溢れた大人たちの相手は慣れないし、飛び交う陰口やくだらない噂話にも辟易としていた。
いや、営業スマイルを乗せて、彼らのつまらない話に付き合うだけなら百歩ならぬ千歩譲ってまだ耐えられる。
千紗季がパーティを毛嫌いする理由は、男性たちから向けられる視線が原因だった。
(今日も肩とかお尻触られそうになるし、食事の誘いはしつこいし……神経すり減るっての)
パーティに参加する度、いい歳したおやじ共から被害に遭うのだ。
そのうえ、学校で名付けられた異名”月下のかぐや姫”までもが、いつの間にやらセレブの間でも広まり、その名で呼ばれてはストレスが溜まる一方であった。
(なんで学校での異名まで知れ渡ってるんだか……)
パーティで挨拶する時なんかは「お噂の通りかぐや姫のようにお美しい」なんて言葉を毎度かけられる。
今日だって歳の離れた男性三名ほどから似たような言葉を送られた気がする。ほとんど聞き流しているので、一人一人の挨拶をきっちりと覚えているわけではないけれども。
こんなことが毎回続くので、お陰様で男から向けられる好意に対し、拒絶反応が出てしまうようになってしまった。
完全な男嫌いにまで発展しなかったのは、幼馴染である風丸や円堂の存在のお陰だと思っている。
(……やっぱりもう帰ろう)
パーティの終了予定時刻まであと一時間ほどあるが、我慢の限界だった。最低限の挨拶は済ませてしまったのだからもう良いだろう。
夏未が出席している時は、彼女に合わせて最後まで残るのだが、生憎とこのパーティには不参加だった。
つまり、千紗季がここに留まる理由は完全に無いのだ。
ぐっと伸びをしてから、パーティバッグを掛け直す。そして、両の手でドレスを掴み、裾がヒールに巻き込まれぬよう持ち上げた。
その時……──
「げっ」
「お前は……」
千紗季が踵を返したと同時に現れた男にぎょっとして、まるで石化してしまったかのように停止する。
ドレッドヘアを一つに束ねた男は、千紗季の姿を目にして僅かに眉を顰めた。
(よりにもよって……)
目の前に立つのは、帝国学園サッカー部キャプテン──鬼道有人である。
彼は鬼道財閥の御曹司だ。このパーティの出席者として招かれていても不思議ではない。
さっさとこの状況から抜け出さねば。
千紗季は再び営業スマイルを乗せて背筋をピンと伸ばす。
「私はこれで失礼しますので、どうぞごゆっくり」
声のトーンを一オクターブ高めに設定し、優雅にお辞儀をして挨拶の言葉を放つ。そして、足早に彼の隣を通過した。
「待て。雷門中生徒会副会長、四条院千紗季」
カツンと、ヒールの音が止む。「どこの誰かしら〜」と適当に返して、今すぐにでもこの場から逃げ出したいところだ。
しかし、深い交流は無けれども、何度か挨拶を交わしたことのある顔見知りの関係だ。残念なことに誤魔化しは効かない。
「何の御用ですか〜。帝国学園の鬼道有人さん」
営業スマイルを取り消し、顰めっ面で鬼道へ向き直る。
「さっきから随分な態度だな。お前に何かした覚えは無いが」
顔を合わせた瞬間、歓迎していないと言わんばかりの反応に彼も気を悪くしたことだろう。
それについてはほんの少しだけ申し訳ないとは思う。だが、あの練習試合の一件から、鬼道に対し好印象を抱けるはずもなかった。
だから、こう言い返してやるのだ。
「そうね、貴方に直接何かされた覚えは無いけれど、其方様のご都合でうちのサッカー部に押しかけてきたことについては腹立ってるので」
「それは──」
「貴方達の狙いは豪炎寺くんだったようだけど、その目的の為に大事な友人が一方的にボコボコにされてる姿を見て、良い気になる人間はいないと思うんだけど」
「…………」
「随分と楽しそうに痛ぶってくれたじゃない?」
最終的に円堂は必殺技を習得し、部員達の士気も上がり、サッカー部の存続問題も保留となった。
しかし、鬼道らが円堂達を滅多打ちにした話はまた別の問題であると思っている。
さっさとここから立ち去ってしまおうと、千紗季は再びドレスを掴み彼から距離を取ろうとした。
「──すまなかった」
謝罪の言葉が、千紗季の足を止めた。
鬼道は、ただ師の命令に従い目的を果たしただけだ。
しかし、千紗季の主張は確かに筋が通っている。だから素直に非を認めたのだ。何よりここで他家の者と諍いを起こす訳にはいかない。
一方、思いのほか殊勝な態度に千紗季はほんの少しだけ戸惑っていた。その動揺が彼に伝わることのないよう毅然と振る舞う。
「……私に謝ったってしょうがないでしょ」
「それもそうだな」
公の場では誰もが社交辞令という仮面を被っているものだ。だから、練習試合の時に彼が見せた
「お前は、」
「では、しつれ〜い」
「っ、おい!」
何か言いかけていたが、千紗季は気づかないフリをして雑に頭を下げると、脱兎のごとく逃げ出した。
鬼道がどういうつもりで会話を続けようとしたのかはわからない。サッカー部の情報が目的とも考えたが、帝国にとって有益となる情報は持ち合わせていないはずである。
であれば、互いの家に関する事柄か。もしくは単なる世間話か。
どの道、千紗季にとって有意義といえる時間は過ごせないだろう。何より────
(早く帰りたい!!)
この息が詰まるようなパーティから、体を締め付けるドレスから、一刻も早く解放されたい。
すっかりと帰る気でいた千紗季にとって、これ以上この場に留まることは苦痛でしかなかった。
1/5ページ
