FF編
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第9話
尾刈斗中との試合の日を迎えた。
そろそろ先方の来訪時間であることを確認した夏未と千紗季は、理事長室を出てグラウンドへ移動する。
「その後、サッカー部の様子はどう?」
サッカー部の状況を確認するよう言い渡されていた千紗季は、ここ数日の間で観察した内容と、幼馴染たちから聞いていた話を報告する。
「特訓は順調みたい。守も帝国戦で編み出したキーパー技の練習を続けていたようだし。あと染岡くん、どうやら彼がシュート技を習得したそうよ」
「そう」
夏未の表情は、変わることは無い。それくらいやってみせて当然、といったところか。
「けど、染岡くんは豪炎寺くんの加入に納得がいかないみたい。そこが少し対立している……というより、染岡くんが一方的に突っかかってるって感じかしら」
「試合を控えているというのに、随分と余裕ですこと。その
対戦相手は不気味な噂に溢れた尾刈斗中だ。チームプレイが不十分な状態では、勝てる見込みも低いだろう。
実況を務める将棋部 角馬圭太の声が、雷門中の敷地内に響き渡る。
先の練習試合の影響か、単なる暇つぶしか、グラウンドの周辺にはギャラリーが集まっていた。
そして、お呼びでない人物達までもが、見物に来ている。
「夏未、正門の方に」
「ええ、わかっているわ」
門の付近には、私服姿の見知った顔が二つ。どちらも帝国学園の人間だ。
一人は、キャプテンの鬼道。あの顔を見るのは、先日の夜会以来だ。そして、もう一人は、彼の右腕である佐久間次郎で間違いないだろう。
(夏未に言われて帝国選手のデータは頭に入れたけど、役に立つものねぇ……)
今後も帝国側から接触があることを想定し、選手の顔と名前くらいは一致させるよう指示があったのだ。
千紗季が副会長といえど、ここまでする必要はない。
だが、これも夏未から信頼された上でのお願いなのだから、相棒として応えてやりたくなるものだ。
「どうする?」
「偵察にでも来たのでしょう。彼らが邪魔をする理由はないでしょうし、放っておいて構わないわ」
「了解」
また豪炎寺が目的なのだろうか。もしくは、雷門の本当の実力を確かめにやって来たのか。
彼らの狙いはわからないが、こちらに害が無いのであれば相手にする必要はない。
ざわついたギャラリーの中を通過し二人が向かった先は、雷門サッカー部が集うグランド脇のベンチであった。
試合の準備を整えていた円堂が、こちらの存在に気づいて駆け寄って来る。
「よっ! 本当にこの試合に勝ったら、学校でフットボールフロンティアの参加料、払ってくれるんだよな?」
「ええ、約束通りに。ですが、負けたら廃部ということもお忘れなく? では、千紗季。後のことはお願いね」
「はいはーい」
ふわりと赤茶の髪を翻し、夏未は理事長室へと戻っていく。
当然ながら、円堂は千紗季へ疑問符を飛ばして問うた。
「後のことはって?」
「会長からの指示でね。私はベンチで試合の様子を見ておくようにって」
夏未からの指示は二つ。一つは、尾刈斗中が練習試合を申し込んだ目的を確認すること。そしてもう一つは、尾刈斗中の不可解な現象を探ることだ。
どうせなら、最近サッカー部が気になってしょうがない様子の夏未がベンチで観察してはと提案したのだが、「私より、サッカー部に知り合いがいる貴女の方が、彼らの意識の妨げになりにくいでしょう?」と返されてしまった。
(まあ、確かにそうなんだけど……)
少し離れたところから刺すような視線を感じる。
チラリとそちらを見遣れば、送り主は予想通り染岡だった。「なんで生徒会のやつが」と不満を漏らし、その横でまたもや半田が彼を宥めている。
(私でも夏未でも、そんなに変わんないんじゃないかなあ)
などと思っても、もう夏未はこの場にはいない。千紗季が目的を遂行するしかないのだ。
何より、千紗季も幼馴染たちの活躍は気になるところ。この仕事に便乗して、この場にいる間は円堂たちの応援をさせていただくことにする。
「守、がんばりなよ」
「おう、負けるもんか! 絶対!」
「来たぜ、円堂」
今日も気合い充分な円堂に、風丸から対戦相手の登場を告げられる。
尾刈斗中の選手たちは、怪しいオーラを漂わせてやって来た。
夏未の依頼で情報を集めていたので、尾刈斗中の選手のことは写真で見たことがあった。
人の顔と名前をいちいち記憶するのは面倒なので、ざっと目を通しただけだが、不気味な出で立ちをしていたことだけは鮮明に覚えている。
「変わった趣味よねぇ……」
「顔が引き攣ってるぞ」
率直な感想を述べると、風丸にすかさずつっこまれてしまった。
「一郎太だってそう思うでしょ?」
「まあ、否定はしないけど……」
彼らの姿は、良い意味で言えば個性的、かつ”尾刈斗”という名に相応しい格好である。怪談噺のような噂が立つ理由にも納得がいった。
「呪われないよう気をつけてよね〜」
「だから、なんでお前はいつも一言余計なんだよ……」
風丸が呆れてそう言えば、千紗季はわざとらしくとぼけた笑顔を見せる。そうして、けろりとこう返した。
「夏未からもよく同じこと言われる」
「……お前の餌食になってる雷門に少し同情する」
千紗季の揶揄い癖を誰よりも浴びてきた風丸だからこそ、夏未の苦労が目に浮かんだ。
いつもならここで千紗季のマイペースぶりに頭を抱えるところだが、今回は違った。
「通常運転なお前を見てたら、何だか気が抜けたよ」
尾刈斗中の選手を目にした途端、風丸の中で高まった緊張が、良い形で解れたのだ。
しかし、千紗季は悪い意味と捉えたようで、不満そうに口を尖らせる。
「むぅ。まるで私が一郎太のやる気削いだみたいな言い方」
「いや、あながち間違ってないだろ。あとやる気までは削がれてない」
「わかってるわよう」
「千紗季と話してたら、リラックスできたってことさ」
雷門サッカー部には、現在司令塔と呼べる存在がいない。その役割は、取り急ぎ風丸が担っている。もちろん、ゲームメイク等は本業ではないので、その場しのぎのものだ。
けれども、例え仮であったとしても、任された役割は責任をもって果たすつもりだ。
「……この試合だって、円堂達には絶対に負けられないものだろ?」
部の存続がかかっているだけではない。円堂が夢見た舞台に立つチャンスを掴むための、大切な試合なのだ。
「だから、何としても勝たなきゃって思ってたんだ」
自身の行動が、判断が、試合の流れを左右することになるかもしれない。そんな考えが、いつの間にかプレッシャーを生み出してしまったのだ。
けれども、千紗季とのいつものやり取りが、いつもの日常が、それを払い除けてくれた。
「いつもありがとな、千紗季」
今回だけではない。陸上の大会に出場する度に、風丸の緊張を解いてくれるのは、いつだって千紗季だった。
突然送られた感謝の言葉に目を丸くしている千紗季から背を向けて、風丸はコートの中へ踏み入る。
「…………まったく。気負いすぎるのは、一郎太の悪い癖ね」
フィールドの中央へ歩き出す風丸に向けるように、千紗季はボソリと零した。
(さて、私も仕事するか)
意識を切り替えて、千紗季は秋の元へ移動する。
「秋、こちら失礼しても良い?」
「ええ、もちろん! どうぞ!」
「ありがと〜。お邪魔しますっと」
秋の許可を得て、彼女の隣に並んだ。
ふと視線を感じてそちらに目をやると、赤色フレームの眼鏡を頭に乗せた女子生徒が、食い入るように千紗季を見ていた。橙色のリボンからして一年生のようだ。
「えーっと、何か?」
「は、はい! 私、一年の音無春奈といいます! 初めまして!」
「ど、どーも、はじめまして」
とりあえず微笑んで声をかけると、彼女は背筋をピンと伸ばし、喜びと緊張が混じった笑顔で元気よく挨拶をしてくれた。
その勢いと元気の良さに、千紗季は思わず気圧される。
しかし、初めて聞く名では無い。
記憶を遡る千紗季の脳裏に浮かび上がったのは、数日前に生徒会室へやって来た一件の入部届の写しである。
「あー、そういえば、マネージャー増えたんだっけ?」
「ええ」
そう言って秋に目をやれば、彼女はにこやかに頷いた。
「そうなんですっっ!! 雷門サッカー部のファンになってしまいまして!」
「へぇ、そうなの」
興奮冷めやらぬ彼女の様子に、千紗季は微笑む。
サッカー部は復活して以来、周囲からずっと白い目を向けられていた。
彼女のように、前向きな動機で入部を決めた部員がいるというのは、喜ばしいことだ。
それはそれとして、だ。
自己紹介が済んだというのに、春奈は未だキラキラとした目を千紗季へと注ぎ続けている。
「まだ何かありそうだけど……」
「あ、すみません! えっと、その……こんなに近くで四条院先輩とお話できるなんて、思わなくって!!」
「あー……」
話の導入から彼女の言わんとしていることを察し、千紗季は顔を強ばらせる。
「先輩のお話は、私たち一年の間でも有名なんですよ! 既に先輩のファンクラブに入った人も何人かいますし、生徒会長の雷門夏未さんと副会長の四条院先輩のコンビが大好きな人達だっているんです! お二人とも美人で、絵に描いたようなお嬢様で、お二人が優雅に談笑する姿なんて、もう別世界の住人のようだと言う人たちも────」
突然始まってしまったマシンガントークに、千紗季は頬を引き攣らせる。その隣で秋も苦笑を浮かべていた。
確かに元気そうな子だなとは思ったが、今のやり取りで、苗字とは反対の印象──”よく喋る子”に変わったのだった。
***
選手達がグラウンドに整列し、監督同士で挨拶と共に握手を交わす。
尾刈斗中の監督──地木流灰人は、一件穏やかそうな風貌をしているが、彼が纏う空気は見るからに雷門イレブンたちを見下していた。
現に彼は円堂達に一切見向きもせず、豪炎寺にのみ絡んでいる。先日の帝国戦での活躍を賞賛しているようだ。
もちろん、失礼極まりない態度を取られた染岡は、地木流に向かって吠える。
「我々は豪炎寺くんと戦ってみたいから練習試合を申し込んだのですよ? 弱小チームである雷門中など興味はありません」
「なにィっ!!」
「やめろ、染岡」
彼の皮肉に噛み付こうとする染岡を、円堂が宥める。
(やっぱり、狙いは豪炎寺くんか……)
夏未も千紗季も予想はしていたので、特に驚くことでもない。だが、同時に豪炎寺がいかに注目されている選手であるか、それを再認識する。
それはそれとして、だ。一つだけ言わせていただきたいことがある。
「あの人監督辞めた方がいいんじゃないの? 人間性最悪ね」
「千紗季ちゃん、容赦ないね……」
いくら雷門が敵チームとはいえ、中学生に向かってあの態度。人としても、大人としても、監督としても考えものである。これは染岡が腹立てるのも無理はない。
険悪ムードのなか挨拶を終え、全員がポジションに着くと、試合開始を告げるホイッスルが響き渡った。
まずは尾刈斗中がドリブルで攻め入る。
エース番号を背負った月村が、必殺技の”ファントムシュート”を繰り出した。分裂した紫色の球体が、ゴールへと襲いかかる。
「ゴッドハンド!!」
円堂が高らかに技の名前を言い放つ。
帝国戦で見せた現象が再び顕現し、敵のシュートをしっかりと受け止めた。
「物にしたんだな! 円堂!」
「えっへへ、まあな!!」
そんな幼馴染達のやり取りに、観戦していた千紗季は自然と頬を緩ませる。
ひとまず、円堂の調子は良さそうだ。そんなキャプテンに影響され、一年生達も安心したように微笑む。
(あの謎の現象は、起きなかったわね……)
千紗季のお目当ては、尾刈斗中の選手が攻撃を仕掛けると発動する、”足が動かなくなる”という怪異である。
しかし、雷門イレブンの実力を甘く見ているせいか、今のところ何か仕掛けてくる様子は無い。
「よし、皆上がれ!!」
風丸の指示で、今度は雷門側が攻撃態勢に入る。少林寺からパスを受けた染岡は、習得したという必殺技を繰り出した。
「ドラゴンクラッシュ!」
蒼い龍が咆哮し、ゴールネットを貫く。
雷門中の先取点だ。
隣のベンチから聞こえる驚愕の声。監督の地木流が、信じられないといった表情で染岡を見ている。
尾刈斗中の面々が想定外の展開に困惑するなか、円堂と染岡は笑顔でハイタッチを交わしていた。マネージャーの二人も手を取り合い喜んでいる。
この勢いに乗って、再び染岡のシュートが決まった。雷門側の得点板に、2点目が刻まれる。
「木野先輩! これならいけますよ!!」
「ええ!!」
「…………」
染岡のシュートに希望を見出す秋と春奈。しかし、千紗季の表情は強ばったまま晴れることはない。
その様子に気づいた秋が、不思議そうに問いかける。
「千紗季ちゃん、どうしたの?」
「本気出してないわよ、彼ら」
「「え?」」
「おそらく、仕掛けてくるなら……ここからね」
正確には、相手がこちらの力量を低く見積もって、油断しているだけなのだが。
こちらの実力を間近で確認した今、尾刈斗中が何らかの動きを見せるはずだ。
(それに、この空気はちょっとまずいなあ……)
雷門側の先制点により、今はこちらが優勢に思えるだろう。
だが、その勢いが必ずしもプラスになるとは限らない。”勝てるのではないか”、その希望が油断となれば、隙を突かれる体勢が整ったも同然である。
「いつまでも雑魚が! 調子に乗ってんじゃねぇぞ!! てめぇら、そいつらに地獄を見せてやれ!」
突然、隣のベンチから怒号が響いた。
そちらへ目をやれば、声の主は監督の地木流であった。さきほどの穏やかな風貌から一変し、鬼のような形相を見せる。
何事かと様子を伺っていると、何やらぶつぶつと呟き始める。その姿は、呪文を唱えているかのようだ。
「マーレマーレマレトマレ〜……」
考えるまでもなく地木流の言動は不可解である。
声援でないことは言わずもがな。彼がここでわざわざ呪文を唱える理由など、尾刈斗中の例の噂に関わるものとしか考えられない。
(あれは、合図か何か? そうなると、選手も何か仕掛けてくるはずよね……)
千紗季は、再びフィールドへ目をやった。
尾刈斗中の選手五人が、V字型の陣形を成し、ポジションを素早くシャッフルさせながら、雷門陣へ攻め入る。
雷門イレブン達はすっかりと、その現象に惑わされているようだ。風丸が指示を出すも、味方をマークするなどという事態に陥っている。
(あの陣形には、敵を撹乱させる効果があるみたいだけど……)
千紗季は再び地木流を観察する。彼は今も同じ呪文を唱え続けていた。
(あの呪文、陣形展開の合図かとも思ったけど、どうやらそうでも無さそうね)
単なる合図であるならば、彼がずっと呪文を唱える必要は無いはず。
(いや、そう断定するにはまだ早いかしら……?)
例えば、呪文を唱える回数によって次のフォーメーションや攻撃の指示を表しているのかもしれない。もしくは、動きのテンポでも伝えているのか。
(……ちょっと待って。相手は呪いに関する噂が溢れた尾刈斗中。常識の範囲で考えるのがまず間違っているのかもしれない)
少し発想をファンタジー寄りに転換して考えるべきだろうか。
「ゴーストロック!」
思案していると、キャプテンの幽谷が技を放っていた。
直後のことである。
雷門イレブン達は、ピタリと同時に停止した。動けなくなったのだ。
当然ながら困惑に陥る円堂たち。
そこへ追い討ちをかけるように、幽谷の”ファントムシュート”が決まってしまった。
雷門イレブンの身に起きた出来事を目の当たりにした千紗季は、その仕組みをようやく理解する。
(……あぁ〜、そゆこと。なるほどね)
千紗季は聞き逃さなかった。
幽谷が必殺技を発動させるタイミングに合わせて、地木流が”マレトマレ”を強調して唱えていたことを────
(”マレトマレ”ってのは、”止まれ”を意味した暗示ってわけだ)
であれば、暗示と同時に発動した尾刈斗中の陣形にも、何か仕掛けがあると考えるのが自然だろう。
複数の人間が同時に、そして何度も、それも瞬間移動するかのようにシャッフルされてしまえば、それを見た者の視覚はどうなるだろうか。
(────錯視が起こる。つまり、”動けなくなる”という謎の現象は、視覚と聴覚を介した”催眠術”)
地木流から繰り返される”止まれ”という暗示と、尾刈斗中の選手による相手の目を撹乱させるフォーメーションが、脳へ影響を与えていたのだ。
結果、味方をマークする、足が止まって動けなくなる等の怪異的現象が発生したのだろう。
(監督さんの挑発も、こちらの判断を鈍らせるためのものってことかしら)
一見すると雷門への皮肉とも取れる。
しかし、仕組みがわかった今なら、意味を伴う言動であったと考えられる。
(あの呪縛から抜け出すには、呪文を打ち消さないといけないわね)
カラクリを見破り、突破口の分析まで済ませた千紗季がこの場に留まる理由はもうない。
「じゃ、私はもう戻るわ」
「えぇー!? もう戻っちゃうんですか!!」
マネージャーの輪から外れる千紗季に、春奈は残念そうに声を上げる。
「円堂くんに声かけなくていいの? せめて、前半が終わるくらいまでは……」
「生徒会長からの指令は無事に果たせたからね〜。それに……」
千紗季は一旦立ち止まって、チラリとグラウンドへと振り返る。
「ドラゴンクラッシュ!」
再び顕現した蒼龍が、敵のゴールへと襲いかかる。
しかし、ボールはキーパーである鉈の両手に吸い寄せられ、止められてしまった。
そのままボールは前線の幽谷へ渡り、再び”ゴーストロック”が発動。またもシュートが決められ、同点に追いつかれてしまった。
(夏未の様子も気になるのよねぇ……)
この試合展開にヤキモキし始めているであろう親友の顔が、容易に想像できる。期待が大きい分、落胆も大きいはずだ。
「守たちに……」
置き土産にアドバイスでも残していこうか。
「……”頑張って”って言っておいて〜」
しかし、千紗季は咄嗟に言葉を摩り替えた。
これは雷門サッカー部たちの実力を査定する試合なのだ。敵の戦術を見破りどう攻略するか。サッカーはゲームメイク力も問われる。
円堂たちの実力を正確に見極めるためにも、口を挟むべきではないだろう。
秋たちにひらりと手を振って、千紗季はベンチを去って行った。
***
理事長室の窓辺にて、双眼鏡から目を離した夏未の耳には、前半終了を告げるホイッスルの余韻がこびり付いていた。
「期待しすぎたかしら。私としたことが……」
前半は尾刈斗中に逆転を許し、終了となった。
その結果に納得がいかず、夏未は瞳に失望の色を滲ませ独りごちる。
試合開始直後は雷門がリードしていたものの、尾刈斗中の怪異に翻弄され、今の主導権は完全に敵が握っている。
後半戦もこの調子では、帝国戦と同じく大差となり、今度こそ負けるだろう。
円堂への期待も、この一週間サッカー部へ費やした時間も、全て無駄だったのだろうか。
一人きりの部屋の中で、夏未は自身に問うた。
「聞いちゃった〜、夏未の本音」
「ッッ!?」
いきなりのことであった。理事長室の扉が開け放たれ、夏未は大きく肩を揺らす。
夏未を驚かした犯人は確認するまでもない。
「やっぱり期待してるんじゃない」
「……千紗季」
にんまり顔に、悪戯心が宿った瞳。いつもの揶揄いモードに入ってしまった千紗季の様子に、夏未は盛大に顔を顰める。
「あなた、ベンチの方にいたのではなかったの……」
「そろそろ夏未がヤキモキしてる頃かな〜って、心配になったから戻ってきてあげたの〜」
「頼んでません」
「つれないなあ」
わざとらしくガッカリといった表情を乗せて、千紗季は夏未の隣へと並ぶ。
そして、ぞろぞろと部室へ戻って行く雷門イレブン達を窓から見下ろし、夏未へ問うた。
「この試合、勝てると思う?」
「前半の結果を見たところ、難しいのではないかしら」
「ふぅん?」
その返しは、夏未の胸の内を探るようなものだった。
「……何か言いたげね」
「夏未がいま思ってること、当ててあげよっか?」
「私は、別に何も」
冷たくあしらうように言い返して、ふいっと千紗季から顔を背けてしまう。夏未が素っ気ない態度をとるときは、慌てて本心を隠しているときだ。
相変わらずの天邪鬼さに、千紗季はやれやれと苦笑して夏未の気持ちを代弁する。
「貴方達の力はこんなものじゃないでしょう? って、心のどこかでそう思ってるんじゃないかなーって。違う?」
「…………」
「あ、図星」
「……ま、まだ何も言ってないでしょう?」
「夏未は図星を突かれると、黙るかツンデレ発動するかのどっちだから」
「誰がツンデレですか!」
「あははは」
プリプリと怒り始める夏未の頬は、チークを乗せたみたいにほんのりとピンク色に染まっていた。
「だいたい貴女、私がお願いした仕事はちゃんとこなしてきたのかしら!」
千紗季のペースに呑まれまいと、夏未は目を吊り上げて負けじと言い返す。
「もちろん。だから戻ってきたの」
「さっきと言ってることが違っていてよ?」
確かさっきは”夏未の様子が気になったから”と答えていたはずだが。
夏未は抗議の目を向ける。
「うん、それもちゃんと理由の一つなので〜」
「……もう結構です」
夏未は折れた。揶揄いモード絶好調の千紗季には敵わない。このまま会話を続けてもボロを出すばかりだろう。
会話の流れを断つように、夏未は息を継ぐ。そして、再び本題を突きつけた。
「では、報告をお願い」
「はいはーい」
夏未の合図に、千紗季も揶揄いモードをオフにして、報告会を始める。
「まず、尾刈斗中の目的だけど、やっぱりお目当ては豪炎寺くんだけ。他は眼中にない様子だったわ」
「そうでしょうね」
「だからこそ、染岡くんの必殺技は予想外だったって感じかしら」
「尾刈斗中が得点を許したのも、油断によるものなのでしょう?」
「そ。とはいえ、あちらの作戦に支障はなさそうだけど」
「作戦……噂通り、奇妙な現象が起きているようね。あれはどういう原理なの?」
千紗季に探りを入れるよう指示した夏未であったが、任せっきりにしていたわけではない。
理事長室へと戻った夏未は、敢えて高所から俯瞰し、戦況を分析していた。
しかし、夏未がこの原理を特定できないのも無理はない。
あの催眠術の要は、地木流が唱える呪文である。マイクやメガホンでも使わなければ、距離のあるこの理事長室にまで、あの呪文が届くことはない。
「謎の現象が起きる前、敵さんの監督が、とつぜん怒り狂ったように荒い口調で選手に指示を出し始めた。その後、呪文を唱え始めたのよ」
「呪文……?」
「ん。”マーレマーレマレトマレ”ってね」
「何なの? その訳のわからない呪文は……」
意味不明なワードの羅列に、夏未は解せないと首を捻る。
「その呪文が始まったと同時に、尾刈斗中が攻めに入った」
「……ポジションが何度も入れ替わる、あのフォーメーションのことね」
「そう。その後、必殺技の”ゴーストロック”が発動。同時に”マレトマレ”と唱えられ、雷門の選手たちは動けなくなったの」
要点のみを押さえた千紗季の説明。夏未はそれをヒントに、ベンチに集う尾刈斗中の選手たちに目を留め思考する。
しばしの間、無言が続いた。
閉鎖された空間には、時計の秒針と屋外からの微かなざわめきが漂っているのみだ。
少し経ってから、夏未はようやく唇を揺らす。
「……暗示と、目の錯覚を応用した催眠術?」
「ご名答。さっすが夏未」
やはり夏未との会話はスムーズだ。これに限らずだが、彼女は常に状況を正確かつ的確に把握してくれるので、こちらの説明も必要最低限の量で済む。
「あの呪文を打ち消さない限り、雷門に勝ち目は無い……ということね」
「そ。あの監督さんってば、催眠術を見破られないため、ご丁寧に挑発なんて保険までかけててさあ」
「あとは事前情報かしら。尾刈斗中には奇妙な噂が出回っていたものね」
「敵が何か動きを見せれば、たったそれだけで”呪いをかけられた”と思い込ませることが可能となるってことでしょ?」
「ええ」
理事長室に、ホイッスルの音が流れ込む。どうやら夏未の謎解き中に、ハーフタイムが終了したようだ。
後半戦が始まる。
──……だが、様子がおかしい。
敵陣に向かわず後方へパスを出す豪炎寺。
マークされた染岡にパスを出す半田。
染岡にパスを出した半田に詰め寄る一年生組。
豪炎寺にボールが渡った途端、半田や一年生たちが顰めっ面で言葉を交わしている。何やら言い争っているようだ。
染岡に至っては、味方の豪炎寺からボールを奪い取るなんて暴挙に出ている。
「あちゃ〜あの様子だと、とうとうチーム全体で仲間割れを始めちゃったみたいね……」
「はあ、まったく。こんなことでは、試合に勝つなんて不可能ね」
「まあまあ、そう言わず。最後まで見守ってあげましょうよ。ほら」
またも機嫌が下降していく相棒を宥めて、千紗季は窓の外を指差す。
しかし、タイミングが悪かった。コート内では、ちょうど染岡の必殺シュートが止められていたのだ。
夏未から漂う空気の温度が、どんどん冷たくなっていくのを感じる。
「この体たらくで、彼らに尾刈斗中の戦術が見破れるとは思えないのだけど」
「それはどうかなぁ。豪炎寺くんは、試合自体が始まってからすぐに何か気づいていたようだし……」
豪炎寺は、探るように尾刈斗中の選手たちを注視していた。攻撃を仕掛けない理由も、おそらく敵を警戒してのものだろう。
「たぶん敵のキーパーにも、催眠術による仕掛けがあるってことよね」
攻撃を躊躇したということは、普通にシュートを打ったところで通用しないと判断したのだと推測できる。
キーパーの技もまた、視覚を介した催眠術を用いたものなのだろうか。
「試合が終わるまでに、果たして見破れるのかしらね」
「さあねぇ。けど守だってね、おバカさんに思えるかもしれないけど、案外周りをちゃんと見てる子なの。最初に気づくのは意外とあの子かもよ?」
円堂は単なるサッカーバカではない。自分を取り巻く者達の変化を、きちんと捉えられる子だ。
出会った頃から友人思いの彼は、誰よりも”人と向き合う”ということを、体現している少年だった。
その洞察力に、諦めの悪さが加わればどうなるだろうか。
勝利を諦めない彼の姿勢は、常に打開策を探っているということ。単なる根性論が、突破口に繋がる可能性は十分にあるのだ。
「見て」
「…………」
雷門イレブン達は、またもゴーストロックに掛かっている。
前半と全く同じ光景。そう思いきや、円堂が何やら声を上げながら両の手のひらを打つ動作を見せた。
──瞬間、技の呪縛から解き放たれる。
「あら」
「お見事。気づいたみたいね〜」
ゴッドハンドでは間に合わない。瞬時に判断した円堂は、新たな必殺技”熱血パンチ”でシュートを弾く。
「ね? 言ったでしょ?」
「……そうね」
ゴーストロックを破る円堂の動作が、まぐれでないことは一目瞭然であった。それを理解している夏未は、素直に頷く。
再びグラウンドに目をやれば、円堂が部員達に何やら訴えかけていた。
その言葉で持ち直したらしい雷門イレブンは、ようやく連携が取れるようになる。
それだけではない。豪炎寺との共闘を拒んでいた染岡が、彼と共に連携シュートを決めたのだ。
二人の必殺技により、同点。
そして、勝ち越し。
雷門サッカー部は、見事、尾刈斗中との試合に勝利したのだった。
「悪運の強いこと」
お上品な笑みを乗せ、その長い髪をふわりと揺らし、夏未は窓辺から離れてゆく。
(……実力、認めてる癖に)
内心そう呟いて、相も変わらず天邪鬼な相棒を目で追う。
夏未の手は、理事長室の脇に設置された棚へと伸びた。取り出されたのは角2サイズの白封筒だ。
「それ、フットボールフロンティアの資料?」
「ええ、そうよ。勝ったら参加を認める、という約束ですからね」
「そーでしたねぇ」
「なにか言いたそうね」
「べっつに〜? 勝敗が決まってもない時から、わざわざ資料取り寄せてたんだなあ、と」
悪戯に笑む千紗季は、またも揶揄いモードのスイッチが入っている。
夏未はひくひくと頬を引き攣らせながら、言い返してやった。
「貴女はどうしていつもそうなのかしら……!」
「なにが〜?」
「そうやってすぐ私を揶揄う癖のことです!」
「夏未が面白いせいですー」
「責任転嫁はやめていただけるかしら!?」
「あはは、ごめんごめん〜」
愉しげな千紗季にぶつぶつと文句を言いながらも、夏未はテキパキと申請の準備を始める。
机に広がった一枚のチラシ。これは、サッカー部の部室に掲示されていたポスターと同じものだ。
(いよいよ、ね……)
円堂の夢がようやく動き始める。
晴れ舞台に立つ幼馴染の姿を想像し、千紗季は胸を踊らせるのだった。
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