FF編
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第8話
「今日はこの辺でお開きにしましょうか」
好物の抹茶スイーツを堪能した翌日のことである。
いつものように生徒会室に集まっていた役員達に向けて、会長の夏未が業務終了の号令を出した。
まだ空は明るく、完全下校時刻まで時間があるが、意外にも早く本日のノルマを処理できたのだ。
別れの挨拶を交わし、荷物を持ってゾロゾロと生徒会室から退出していく役員達を見送ると、夏未は携帯を取り出した。執事の場寅へ車の手配をお願いするのだろう。
「千紗季、貴女も同乗しなさい。家まで送るわ」
「え、なんで?」
「一昨日の一件を考えれば当然です」
一昨日の一件とは、夜会の逃走劇のことで間違いない。
プライベートの出来事ではあるが、雷門中の生徒が警察へ届けを出すほどの被害に遭ったのだ。無いとは思いたいが、万が一、学校に乗り込まれた時のことを想定し、四条院家の執事長から雷門家へ事情を説明していた。
そのため、この件に関する情報は、雷門中の教師陣にも共有されている。
「まだ対処中なのでしょう? 用心するに越したことはないわ。昨日は呑気にパンケーキを食べに行っていたみたいだけど」
「ちゃんと穂波の許可はとったし護衛もいたからね? でも、そうね。お言葉に甘えさせてもらおうかな。ありがとね」
夏未は毅然とした態度で話しているが、彼女なりに千紗季の身を案じているのだ。
千紗季は有難くその厚意を受け取ることにする。
生徒会室の戸締りを終えて、駐車場へ移動する。
雷門家所有の高級車の傍で、お手本のようにピンと背筋を伸ばした場寅が待機していた。
彼の誘導で車内へ乗り込む。エンジン音の後、夏未と千紗季を乗せた高級車は緩やかに滑り出した。
「あ、そうそう。夏未、次の委員会に上げる議題についてなんだけど……──」
「ああ、その件だったら──」
空き時間は有効活用ということで、車内で始まったのは次回の委員会に関する打ち合わせだ。千紗季は夏未と意見を交わしながら、ノートにメモをとっていく。
三ページほど埋まったところで、千紗季は何となく窓の外へ視線を流した。
(…………ん?)
二、三度まばたき。
そして、外の景色からこの車がどこに向かっているのか察しがつき、千紗季はニヤリと口角を上げる。
「ねぇ、夏未。河川敷に向かってるのー?」
「……」
石化したかのように動かなくなったその様子から、図星であると判断する。
「ふ〜ん?」
「……何かしら」
「いやね、そーんなに気になるんだなあ、と思って」
「別に私は、サッカー部のことなんて」
「誰もサッカー部だなんて言ってないけどねぇ?」
バッと勢い良く千紗季へと顔を向けた夏未の頬は、ほんのりと赤くなっていた。見事に千紗季に嵌められたと理解し、悔しげな表情を見せる。
そして、揶揄いモードに入った千紗季から、ふいっと顔を背けてしまった。
「も〜いい加減、私の前では素直になりなよね〜。気になってしょうがないんでしょ? サッカー部のこと」
「…………」
夏未はツンとしながら黙秘を貫く。
学校のグラウンドは他所の部活に使用権が与えられている。実績のないサッカー部は優先度が低く、なかなか使用権が回ってこないのが現状だ。
しかし、試合を控えている上に、部の存続がかかっているサッカー部が、特訓を怠るはずがない。であれば、円堂達がよく利用している学外の河川敷グラウンドで練習するしかないのだ。
「──だから、河川敷で特訓をしているのだろうと踏んで、様子を見るためにわざわざ向かってるわけだ。違う?」
つらつらと見解を述べて再び問えば、夏未はようやく観念し、渋々口を開く。
「……貴女のその察しの良さ、たまに嫌になるわ」
「褒め言葉として受け取っておくわね~。あ、見えてきたわよ」
夏未が期待した通り、雷門のユニフォームを身につけた円堂達は、河川敷グラウンドを駆け回っていた。
「おぉ〜やってるやってる」
「…………あら?」
「どしたの?」
何かに気づいたらしき夏未の視線を追うと、橋の上に雷門中の男子生徒が一人。あれは────
「豪炎寺くん?」
遠目からでもわかる。彼の視線は、ボールを追いかける円堂たちに注がれていた。
「……場寅、彼のところまで」
「承知しました」
「え、何する気」
一体どんなちょっかいを出す気なのかと、千紗季は目を丸くして夏未の美しい横顔を凝視する。
「ただ話をするだけよ」
「話、ねぇ……」
豪炎寺に関する調査結果については、千紗季にも共有されている。
千紗季は、夏未から聞かされた昨年のフットボールフロンティア決勝戦の日に起きた悲劇について思い出していた。
豪炎寺には、夕香という名の妹がいる。決勝戦の日、彼の妹は事故に遭ったらしい。
夏未曰く、この一件は過去のニュースや新聞記事から特定したものだそう。
だから、ここからは夏未と千紗季の推測である。
(事故が起きた時間と現場からして、おそらく妹さんは兄の試合へ向かう途中に事故に遭った。豪炎寺くんにそのことを知らされたのは試合の直前で、病院に駆け付けたことにより、欠場せざるを得なかった……)
そして、豪炎寺がサッカーを辞めた理由は────
(……妹さんへの負い目)
彼は自分を責めたのだろう。自分がサッカーをやっていなければ、妹が事故に巻き込まれることはなかったのだ、と。
だから、サッカーから遠ざかることを選んだ。
『これが妹さんのためになると、本当に思っているのかしらね』
そう言って、印刷した報道記事に視線を落とす夏未は不満気だった。呆れたような、怒ってもいるような、そんな複雑な心情が宿っていたことを覚えている。
主人の指示に従い、場寅は豪炎寺の元へ車を走らせる。
背後に停車した高級車の存在に気づいた豪炎寺は、河川敷グラウンドからこちらへ意識を流した。
「こんにちは、雷門夏未といいます」
「私は四条院千紗季です。初めまして〜」
「……どうも」
一体なんの用だろうか。そんな疑問を滲ませた表情で、豪炎寺は軽く会釈する。
「この道、貴方の通学路だったかしら?」
なんの断りもなく突きつけられた鋭い問いかけに、豪炎寺は逃げるように夏未から目を逸らす。
その仕草は、図星を突かれたことを意味していた。
「ほーんと、お節介なんだから」
千紗季は自分にしか聞こえないほどの小さな声で、けれども夏未に向かってボソリと零す。
夏未が豪炎寺の事情に首を突っ込む必要など無いのだ。そんなことをしても彼の反感を買うだけ。
それでも夏未は、全て承知のうえで彼の心に踏み入る。
「失礼だけど、貴方のことは調べさせてもらったわ。妹さんのこともね」
豪炎寺はキッと夏未を睨みつける。
家庭事情について勝手に詮索されたのだ。夏未の発言を不快に思うのも無理は無い。
しかし、夏未はそんな彼の鋭い視線に怯むことはない。
「貴方、このままでいいの!? あの諦めの悪い連中とプレーしたい、だからこの道を通ってる」
「ほっといてくれ」
「サッカーを辞めることが、妹さんへの償いになるというの? そんなの勘違いも甚だしいわね。貴方に一番サッカーをしてほしいのは、一体誰なのかしら?」
夏未の言葉に、豪炎寺は顔を上げた。彼の口から妹の名前が零れ落ちる。
そんな豪炎寺の反応に満足した夏未は、再び口元に笑みを湛え、「行ってちょうだい」と場寅に車を出すよう命じた。
「……はぁ」
動き出した車内で、夏未は大きく溜息を零す。
しかし、緊張と呆れが滲んだその表情は、すぐにぐっと引き締まった。
「大丈夫よ、きっと」
夏未と豪炎寺の会話を静観していた千紗季が、ようやく口を開いた。
いつものような軽い口調ではあるが、その声色はとても穏やかだ。親友の心に寄り添うためにかけられた言葉であるとわかる。
「彼の反応を見るに、夏未の言葉でちゃんと気づいた様子だったから」
「……そうね」
そう答える夏未の声は、普段よりもちょっぴり、ほんの少し、弱々しいものだった。
(まったくもう……気にしてるなあ、これは)
夏未の心に渦巻いているのは、きっと、赤の他人である自分が彼の事情に介入したことに対する後ろめたさだ。
夏未は聡明な人間だ。常に冷静で、洞察力もある。
豪炎寺が、無関係の人間から自身の領域に干渉されることを好まないことにも、気づいているはずなのだ。
であるにも関わらず、彼の領域を荒らしてまで背中を押そうと思ったのは……────
「見て見ぬふり、できなかったんでしょ?」
「…………」
責任感の強い夏未のことだ。
豪炎寺が抱えている問題を知って、奥底に無理やり押し込んだ本音を理解してしまった。にも関わらず、知らない振りでいるのは無責任ではないかと、そう考えたのだろう。
だから、勝手も無礼も承知の上で、彼の背中を押したのだ。
(でも、それだけじゃないか。豪炎寺くんの気持ちがわかっちゃったからってのも、あるんだろうなあ)
帝国との練習試合で円堂の情熱に触れ、豪炎寺は一度だけフィールドに舞い戻った。
そして、夏未もまた円堂を引き寄せられ、期待を募らせている。
同じ
もちろん、これは全て千紗季の想像でしかないのだが。
「私は好きよ? 夏未のそういうお節介なところ」
豪炎寺は自責の念から、妹の本当の想いを見失っていた。「誰かが言わなきゃいつまでも気づかない」と、夏未はあえて厳しい物言いで、彼の心を解放するきっかけを作ったのだ。
一見すると彼女の言動は冷たく、また不躾なものだったろう。けれども、そこには確かに夏未なりの優しさが伴っている。
例え嫌われ役を担うことになろうとも、その者の心に訴えかけ、道を示す。
雷門夏未は、それができる人間なのだ。
そして、千紗季はそんな夏未のことを尊敬していた。
「か、揶揄うのも大概にしなさい」
「揶揄ってないって夏未が一番わかってるくせに」
「〜〜〜っ!!」
夏未はまたもや顔を赤くして隣の相棒をじとりと睨みつける。
相変わらずな彼女の反応に、千紗季は悪戯好きの子どものようにクスクスと笑った。
その夜、円堂から千紗季の元へ電話があった。
通話に切り替えた瞬間、「千紗季、聞いてくれ! 豪炎寺がサッカー部に入ってくれたんだ!!」と、どデカい声が、四条院家の屋敷中に響いたのだった。
***
豪炎寺は、サッカー部の入部届けを手に職員室を目指していた。
まだ慣れない校舎の廊下を歩いていると、見知った顔と鉢会う。
「あら、こんにちは〜」
「……ああ」
豪炎寺の記憶は、昨日へと遡る。
彼女は、こちらの事情に口を挟んできた雷門夏未と隣合って座っていた女子生徒で間違いない。名は四条院千紗季といったか。
昨日は車内の暗さでよく見えなかったが、改めて彼女の顔立ちを認識した豪炎寺は、一瞬息を呑んだ。
艶やかな黒髪と満月を象ったかのような
そう、まるで魂が宿った日本人形と対峙しているような、そんな錯覚に陥るほどに────
「どうかした?」
固まったまま動かない豪炎寺を不思議に思ったのか、千紗季はきょとんとした顔で首を傾げる。
「……いや、なんでもない」
千紗季に声をかけられ意識を引き戻した豪炎寺は、静かに目を伏せて彼女の横を通り過ぎる。
千紗季を追い越した、その数秒後のことだった。
「妹さんの件、勝手に調べてごめんなさいね」
突然投げかけられた謝罪に、豪炎寺はピタリと歩みを止めた。
しかし、わざわざ千紗季の方へ振り返ることはしない。
「夏未は理事長の娘さんでね、生徒会長であると同時に、理事長代理を任されてるの。だから、代表者の一人として、貴方のことを把握しておく必要があった」
どんな理由があれ、勝手にこちらの事情に踏み込まれたことに変わりは無い。千紗季の言葉も、言い訳として捉えられるものだ。
しかし、何故だろうか。不思議と苛立ちは募らなかった。
「それ、サッカー部への入部届けでしょ?」
「……ああ」
「そっか」
背後から、パタパタと上履きの足音が響く。
豪炎寺はようやく振り返って、千紗季の行先を確認した。
千紗季は窓辺に移動し、青空を見上げていた。
彼女の視線の先にあるのは、思わず目を細めてしまうほどの眩い太陽だ。
「夏未ってばね、ずっとサッカー部のこと邪険にしてたのに……どうやらあの帝国戦以来、気になって仕方がないみたいなのよ。貴方みたいに、だ〜れかさんに惹かれちゃったみたいで」
豪炎寺は、静かに千紗季の話に耳を傾ける。
「貴方の事情を知って、貴方の抱える想いが見えてしまった。だから放っておけなかったんだと思う。声をかけなきゃって。まあ、貴方にはお節介だったとは思うけどね〜」
軽い口調ではあるが、千紗季の声は優しく語りかけるような温かさが満ちていた。雷門夏未のことをよほど信頼しているのだろう。
彼女らが面白半分で介入してきたわけではないことは、豪炎寺も理解している。
何より夏未の言葉は的を得ていた。彼女の問いかけが、気づきを与えてくれたことに間違いはないのだ。
だから、だろうか。
昨日の夏未の言動にも、言い訳とも呼べる千紗季の説明にも、不満が生まれないのは────
「貴方の事情は、私も夏未も、誰にも話してないし、話すつもりもないから安心して」
「そうか」
その言葉に対する疑いはなかった。
千紗季はくるりと振り返って、豪炎寺を見る。
豪炎寺もまた千紗季を見ていた。
「昨日、守から電話がかかってきたわ。貴方が入部してくれたって嬉しそうだった」
「……電話?」
すぐに円堂のことを指しているのだと気づき、そして、豪炎寺は眉を顰める。
いかにも高貴な雰囲気を纏う千紗季と熱血サッカーバカの円堂、あまりにもちぐはぐな組み合わせである。
その割に名前で呼ぶほど親しげなものだから、思わず確認せずにはいられなかった。
「お前と、円堂は……」
どういう関係なんだと、疑問を口にしようとした時だった。
豪炎寺の疑問を察した千紗季が、先に答えを言い渡す。
「幼馴染なの、守とはね。意外でしょ?」
「…………」
本当に意外である。豪炎寺は唖然として、とりあえず無言で頷いた。
豪炎寺の反応が期待した通りのものだったからか、千紗季はクスクスと笑っている。
「守のこと、お願いね。あの子、すーぐ無茶するから」
やれやれと肩を竦め円堂の身を案じるその眼差しは、まるで弟に手を焼く姉のようだ。
「ああ、それと」
「なんだ?」
「帝国との練習試合のとき、ありがとね。守たちを助けてくれたこと。まだお礼言えてなかったから」
「……いや」
まさか帝国戦の件で千紗季から礼を述べられるとは思っておらず、豪炎寺は面食らう。
そんな豪炎寺を置いてけぼりにして、用が済んだ千紗季は「じゃあね〜」と、ひらりと片手を振って去っていく。
彼女の艶やかな黒髪と共に、金木犀の香りがふわりと広がった。
遠ざかっていく黒髪を眺めながら、豪炎寺は千紗季とのやり取りを振り返る。
そして、思うのだった。
終始、彼女のペースであった、と。
