FF編
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第7話
放課後を告げるチャイムが鳴る。
学級委員の号令による挨拶の後、一瞬にしてクラスが賑々しくなった。あちこちから放課後の予定に胸を踊らせる声が聞こえてくる。
というのも、本日は校内設備の点検のため、授業が終われば全員すみやかに下校せねばならない。
当然、部活や委員会活動はお休みとなる。
千紗季も帰宅すべく鞄に荷物を詰めていると、隣人から声をかけられた。
「千紗季も今日は生徒会休みなんだよな?」
「うん。だからこれで帰るつもりだけど」
「なら、久々に一緒に帰らないか? 昨日のこともあるしな」
「過保護だなあ」
「心配するに決まってんだろ、あんな話を聞いたら……」
”昨日のこと”とは、当然、千紗季が出席した夜会での逃走劇のことである。
無事に帰還できたとはいえ、危険な状況であったことに変わりはない。
「穂波が今日は迎えの車を出すって言ってるのよねぇ。今朝も車で送ってもらってて」
「迎えが来るのか。なら、俺と帰るよりそっちの方が安全だな」
「うーん……」
安堵する風丸と反対に、頬杖をついた千紗季は何やら複雑な表情を乗せている。
「どうした?」
「いやね……本当は今日、行きたいとこがあったのよねぇ」
「行きたいとこって?」
「ここ」
そうして千紗季は、鞄から何かを取り出し風丸の眼前に差し出す。
千紗季の手には一枚の紙──チラシのようだ。
ベースカラーに緑色、和風のデザイン、中央にはスフレパンケーキの写真が配置され、新作のロゴが強調されている。
「あー……なるほどな」
「そ、新作のパンケーキは抹茶なの〜!」
確かに抹茶愛好家を自称する千紗季が飛びつくような情報である。
新作の販売は先週の末から始まっているようだ。
わざわざ今日にスケジュールを組んだ理由は、大嫌いな夜会を頑張ったご褒美とするためだろう。
「まあでも、絶対に今日行かなきゃいけないってわけじゃないしね」
そう言って、千紗季は澄ました顔を見せる。
風丸はすぐに我慢していることに気づいた。
ふと、昨晩のやり取りが脳裏を過ぎる。
ばったりと出くわした時の緊張が滲んだ面持ち、無表情で祖父の容態を気に病む姿、風丸が居てくれてよかったと安堵した笑顔────
(あれは、間違いなく千紗季の弱音だった……)
普段、風丸の前ですら滅多に強がりの仮面を外すことはない。
そんな彼女が泣き言を漏らすほど、精神的に追い込まれていたのだ。
「………………あのさ、千紗季」
「なに?」
声をかけておきながら、一瞬ためらう。
しかし、意を決して続けた。
「パンケーキ、俺も付き合うからさ。ダメ元で芒さんに頼んでみないか?」
「えっ」
全く不安が無いといえば嘘になる。
千紗季の身の安全を最優先に考えるのであれば、このまま真っ直ぐ帰宅させるべきなのだろう。
それは重々承知している。
その上で、風丸は千紗季に問うているのだ。
今日一日、千紗季の様子を気にかけていたが、いつも通りに振舞っているだけで、心にはまだ遺恨が残っている。
だから、好物の抹茶スイーツで少しでもリフレッシュになればと考えたのだ。
風丸の提案に千紗季は目を丸くしたあと、ふいっと視線を逸らす。
「…………でも、わざわざ今日行く必要はないわけだし、穂波たちだって心配だろうし」
主人である千紗季に何かあれば、責任を問われるのは穂波や護衛たちなのだ。それを理解しているから、気軽に「はい」とは言えないのだろう。
そして、その立場が更に千紗季の心を縛り付けている。
「それに、一郎太だって巻き込んじゃうと嫌だから……」
傍にいることで、全く無関係の人間まで巻き込む危険性すらある。
だから、千紗季は簡単に自分の望みを口にすることはできないのだ。
その姿が、風丸にはあまりにも息苦しそうに見え、どうしてもこのままにはしておけなかった。
「そう言う割に、すごく行きたそうな顔してるけどな」
「そりゃあだって、楽しみにしてたし……」
「俺からも頼んでみるからさ、聞くだけ聞いてみないか? ほら、安全に出かける方法とか提案してくれるかもしれないだろ」
「…………うん。まあ、そうね。聞くだけなら」
渋々といった表情で、千紗季はポケットからレモン色の携帯を取り出す。
数回ボタンをタップした後、それを耳に充てた。
「もしもし、穂波? …………あーうんうん。私は今のとこ大丈夫。えっと、ちょっと一郎太に代わっていい? ……ん。じゃあ、代わるね」
千紗季は携帯を風丸に差し出す。
受け取った風丸は、穂波と挨拶を交わし本題に入った。
『どうされました?』
「実は……────」
穂波に怒られやしないか内心ヒヤヒヤしながら、千紗季のためにと要件を伝える。
説明を終え、穂波の返答を待つ。
しばし無言が続き、やはり無理だろうかと諦めた時だった。
『──……良いですよ』
「えっ、本当ですか?」
風丸が想像していたよりもあっさりと許可が下りたことに驚いて、思わず問い返す。
『えぇ。此度の件につきましては、帰宅後すぐに対処に取り掛かり、現在も対応中ですので』
昨晩、千紗季から火子へ連絡が入った後のことである。
蓬莱の采配により直ぐさま事実確認が行われ、会場の責任者を通じて警察には通報がなされていた。男の身柄は確保され、今頃取り調べを受けている筈だ。
同時に男の家には、四条院家執事長の指示で抗議の文書を突きつけている。
『ですから、
「そう、ですか……よかった」
『ですが、念のため護衛を手配しますね』
「すみません、こんな話……」
無理なお願いであることは自覚している。
とはいえ、千紗季としては昨日の件をずっと引き摺ったままでいるのも、また辛いことだろう。
『いえ、私はむしろ感謝していますよ』
「え?」
感謝をされる理由がわからず、風丸はまたも驚いて、穂波の次の言葉を待つ。
『お嬢様、かなりご無理なさっているでしょう? あんなことがあったので、今日は学校をお休みなさってはと提案したのですが……』
「まあ、千紗季の性格なら断りますよね」
じとっと隣から視線を感じる。
チラリと視線を流せば、千紗季は唇を尖らせて「なんの話をしてるんだ」と抗議の視線を注いでいた。
『このままご帰宅なさったところで、我々の主人という立場上、強がるだけです。とはいえ、この状況で自分から我儘を言える性格でもないですし、周りが気づいて手を引いてあげねば、無理を続けます』
そう語る穂波の口調は優しく、侍女というよりも母のような温かさを感じた。
『なので、風丸様のお申し出は大変有難いのです。気心の知れた方と気分転換なされば、お嬢様のお気持ちも落ち着くのではないかと』
以前、主人の心のケアも侍女の役目だと話していたことを思い出す。
けれど、きっとそれだけではない。穂波の親心としての思いもあるのだろう。
『お嬢様をお願いいたします』
「はい、任せてください」
信頼し託されていることを実感する。
長年、共に過ごした幼馴染なのだから、当然と言われればその通りなのだが。
穂波たちにとって大切な主人であり、家族である千紗季を任せて貰えることが、風丸にとってもまた大切な信頼の証であった。
通話状態のまま携帯を持ち主へと返却する。
千紗季は穂波と最後に二言三言やり取りをして、パタリと携帯を閉じた。
「まさかオッケーもらえるなんて……」
「よかったな」
「ん。ありがとね、一郎太」
楽しみにしていたパンケーキを味わえる喜びからか、ほんの少し千紗季に明るさが戻った気がした。
「さて、パンケーキ食べに行くわよ〜!」
胸の前で両手を組み、目を輝かせる千紗季は、正に年相応の少女であった。
揶揄い癖がありつつも、令嬢教育の影響か、年齢よりも大人びて見えることの方が多い。
昨晩の件だって、中学生とは思えない冷静さと判断力で、男の追っ手から逃れたほどだ。
だが、大好物の抹茶スイーツが絡むと、こうして無邪気な顔を見せる。
調子を取り戻しつつある様子に、風丸は安堵した。
「あっ。せっかくだし、守にも声かけよっか」
「そうだな。円堂のクラス寄ってみるか」
まとめた荷物を手に教室を出た二人は、円堂のクラスを訪問する。
教室を覗いて円堂の姿を探したが、どこにも見当たらない。
「守、いないみたい」
ホームルームが終わってから、幾分か時間が経っている。穂波と連絡を取り合っている間に帰ってしまったのだろう。
下校中にばったり遭遇することもあるだろうということで、ひとまず二人でカフェへと向かうことになった。
穂波から護衛配置完了のメールを受けた二人は、校門を通り抜けカフェを目指す。
しばらく歩いていると、背後からなんとなく視線を感じた風丸は、チラリと探るように振り返った。
そこには私服姿の強面男が一人、こちらの様子を伺いながら後をつけている。
一見すると千紗季を狙う不審者のようだが、あれはどう見ても風丸も会ったことのある人物だ。
「大丈夫よ、あれ我が家の護衛だから」
「ああ、うん……あれ、首藤さんだよな?」
「そうよ〜」
風丸と首藤の視線がばっちりと合う。
すると、何故かグッドサインを向けられた。「お嬢の護衛は任せてくだせぇ」とでも言っているのだろうか。
とりあえず、風丸は苦笑しながらも軽く会釈しておく。
昔は遊び場が近所の公園であっても、常に千紗季の護衛が近くに控えていたのだ。
もちろん、子ども達の時間に水を差すことのないよう配慮されていた。
護衛レベルは千紗季の成長に伴い下がるようで、中学生になってからは、遠出や危険が及ぶ場合にのみ警護が付いている。
まだ中学生の風丸達が、子ども同士で遠出する機会などあるはずもなく、護衛に見守れながらの外出は随分と久しぶりのことであった。
「そういえば、あれからどうなの? サッカー部の方は」
非日常的でありながら、護衛付きの外出に懐かしんでいると、千紗季から話を振られ慌てて意識をそちらへ向ける。
「あ、ああ……練習試合が決まって、皆意気込んでるよ」
「そ? よかったじゃない」
「ただ……」
「どしたの?」
風丸は険しい顔つきで、昨日の練習中に起きたちょっとした諍いについて語る。
豪炎寺の存在は、良くも悪くもサッカー部に影響を与えていた。結果、チームの意見が二分しているのだ。
一年生たちは、帝国戦で豪炎寺が披露したあの強力なシュートが無ければ勝てないと主張している。一方で、染岡は彼の力に頼ることを、真っ向から反対していた。
「ふーん。ま、あんな強力なシュートを見せつけられたら、そうなるか」
「……ああ」
帝国との試合を乗り越えたとて、彼らは現在進行形で弱小チーム。そんな中、再び部の存続が掛かった試合が迫っているのだ。
確実に勝てる道筋を選びたくなる気持ちは、わからなくもない。
「俺も頑張らないとって思ったよ」
「…………」
「……なんだ?」
きょとん顔でじっと見つめてくる千紗季の反応に、風丸は「何か可笑しなことでも言ったろうか」と首を傾げる。
「……別にー」
短くそう返して、千紗季はふいっと視線を逸らした。
風丸は助っ人で、いずれは陸上部へ戻る。だというのに、サッカー部の問題を他人事に考えてはいないようだ。
根が真面目な彼らしいと、千紗季は一人納得する。
「でも、フットボールフロンティアに出たいんでしょ? そんな他人に頼りきっちゃうような心持ちじゃ、やっていけないわよ」
「全国大会となると、個々のレベルアップが必要不可欠だからな」
陸上部エースの風丸は、その実力が評価され一年の頃から大会への出場数は多く、分野は違えど全国レベルの高さは身をもって知っている。
だからこそ、他力本願な傾向にあるサッカー部の雰囲気に、少しだけ危機感を抱いていた。
「それに公式試合ともなれば、緊張やプレッシャーで、なかなかパフォーマンスが思うようにいかないことだってあるんだし」
「それはそうなんだが……千紗季に言われても説得力ないな」
「一郎太ひどい」
遠慮のない言葉に、千紗季はむくりと頬を膨らませる。
「緊張しないタイプだろ? 千紗季はさ」
そう言って、風丸は小学生の頃を振り返る。
学芸会に運動会、合唱コンクール、色々なイベントを共に駆け抜けてきたが、千紗季が緊張した姿を見たことがあっただろうか。
「むぅ……私だって大きな大会に出る時は、人並みに緊張してるわよ」
千紗季は名家の人間だ。幼い頃から人より多くの習い事をこなし、全国規模の大会にも出場経験がある。
当然、家の名という看板を背負っているのだから、大舞台に立てば流石にプレッシャーは感じるものだ。
「でも、緊張しすぎて上手くいかなかった、ってことはないだろ?」
「それは…………まあ、そうね」
「ほらな」
千紗季は、様々な分野で優秀な成績を収めている。中でも彼女の得意分野である琴や弓道の大会では、優勝だってしていた。
尚のこと、千紗季が緊張でカチンコチンになっている姿など想像できない。
「でも、私だって緊張くらいします〜」
「どうだかなあ」
「そんなことより、どうするの? 今のままじゃ尾刈斗中との練習試合、本当に負けちゃうわよ」
これ以上の問答は不毛と見なした千紗季は、無理やり話を元へ戻す。
まるで不吉な予言を告げるような口ぶりに、風丸は顔を顰めて言い返した。
「フラグ立てるようなこと言うなよ」
「なら、一人一人が技術向上に向けて修練に励まなきゃね。今の心持ちで勝ち抜けるほど、全国は甘くないんだから」
口調はいつもの如く軽いものだが、その眼差しは真剣なものだった。
千紗季の言うことは最もだ。
実力以前に気持ちで負けてしまっては、とてもじゃないが試合に勝つことなどできないだろう。それが例え練習試合であったとしても、だ。
一年生たちの姿を思い浮かべながら、どうしたものかと考え込む風丸の視界に、見知った顔が映り込む。
「ん? あれ、円堂じゃないか?」
「あら、ほんと」
とぼとぼと歩いているのは、間違いなく円堂だ。
俯いているせいか、こちらに気づく様子は無い。
いつもの溌剌さが感じられず、二人は顔を見合わせる。
「ねえ、守ってばなんだか元気がないように見えるんだけど」
「そう、だよな……」
「守〜!」
声をかけてみるが反応はない。声が届いていないというよりも、意識が別のところにあるせいで、気づいていないように見える。
「まーもーるーっっ!!」
更に声を張り上げて呼びかければ、ようやく反応した円堂は、ハッとしてキョロキョロと声の出処を探している。
三秒ほど経って、ようやく目が合った。
「千紗季……風丸……」
突っ立ったまま、ポカンと口を開けてこちらを見ている。
二人は円堂の元へ駆け寄った。
「どうしたんだ? ぼーっとして……」
「しょんぼりしちゃって、らしくないわよー? 何かあったの?」
「いや、なんでも……!」
慌てて口元に笑みを乗せて否定するが、全く誤魔化せていない。
「なんでもないって顔じゃないぞ?」
「まあ言いにくいことなら無理には聞かないけど」
「……はは、悪い。どうしても、その、言えないことでさ」
円堂の反応を見るに、あまり追求しない方が良さそうだ。
そんな幼馴染を見かねた千紗季は、胸の前でぱちんと両の手のひらを合わせて、円堂の意識をこちらへ引き寄せる。
「守、このあと時間ある?」
「え? うん、あるけど……」
「じゃ、守も一緒にパンケーキ食べに行くわよ〜!」
「……ぱん、けーき?」
「強制連行かよ」
突然のパンケーキに話が見えず、円堂は再びポカンとして微動だにしない。
完全に新作の抹茶スイーツでテンションが上昇している千紗季に代わり、風丸はやれやれと説明する。
「千紗季が新作の抹茶パンケーキを食べたいって言うから、これから行くところなんだ。円堂も誘おうと思ってたんだけど、もう帰ってたみたいだからさ。丁度会えて良かったよ」
「そうなのよ〜。それに、気分転換にもなるでしょ? ね?」
「ああ、俺も行く! あ、でもお金……」
甘いものでも食べ盛りの円堂には美味しい話だ。
しかし、中学生のお小遣いには限界があるのだ。その上、パンケーキともなればそれなりに金額が高く設定されており、中学生から見れば高級料理に値する。
悩ましげな表情で考え込む円堂。そんな幼馴染に向かって、千紗季は当然のようにこう言った。
「私の用事に付き合ってもらうんだから、全部こっちで負担するわよ」
「え、でも……」
有難い話ではあるのだが、合計金額がどれくらいになるのかと想像するとゾッとして、素直に「うん」とは言えない。
「じゃあ、お返しは練習試合の結果ってことで」
顔を青くする円堂に、千紗季はぱっちりとウインクを見せて提案する。
「ね?」
「……おう! 絶対勝つからな!」
そう力強く宣言する円堂の笑顔は一点の曇りもなく、頭上に広がる空のように晴れ渡っていた。
いつものパワフルさを取り戻した円堂に、千紗季と風丸は微笑み合うと、肩を並べてカフェを目指す。
その後、三人でパンケーキの味をたらふく堪能したのであった。
