デフォルト名:四条院 千紗季
第13帖
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スパンッ。
朝陽が降り注ぐ弓道場に、乾いた音が響く。
矢が行き着いた先は、的の真ん中────否、その少し斜め下であった。
「…………」
千紗季は僅かに眉を顰め、じぃっと的場を見つめたあと、静かに
四条院家屋敷の弓道場で、毎朝矢を射るのが千紗季のルーティンであった。
今日もいつものように、愛用の弓を手に的と向き合っていたのだが、どうにも調子が出ない。それは、的に
「心に雑念がありますね、お嬢」
「…………蓬莱」
穏やかな笑みを湛えて千紗季の脇に佇んでいたのは、千紗季専属の護衛であり、その中でリーダーを務める蓬莱である。
そして彼は、千紗季に弓道を教えた人物でもあった。師として教え子の稽古に、毎朝こうして付き添っているのだ。
「型も少々崩れておりました。らしくないですよ」
それでは納得の射ができない、とでも言わんばかりだ。
的に中てようとして弓を引くものではないが、千紗季の射はいつだって迷いがない。
誰に足元を掬われることなく、場の空気に流されることなく、けれども俯瞰し、それでも四条院千紗季という一本の芯は崩さない。己を確立した揺るぎない世界から放たれる矢は、まるで自然の摂理とでも説くように的の真ん中を射抜く。
ただしそれができるのは、千紗季の心に乱れがなければ……の話だ。
「また何か心配事でも?」
「……またってなによう」
「お嬢の調子が良ろしくない時は、大抵何かが起きる前触れですからね」
「人を予言者みたく言わないでよねー」
「でも、実際そうでしょう?」
否定したいところではあるが、蓬莱の言うことに間違いはなくぐうの音も出ない。
千紗季の集中力を乱している疑念は、野生中との試合の中で生まれた。
地区予選一回戦、雷門中対野生中の試合は、雷門が勝利を収めた。土壇場でイナズマ落としを完成させたのだ。
反省点は多々あれど、弱小チームだった雷門サッカー部にとっては上々の結果だろう。
ただ、その試合の中で、千紗季にはどうしても見逃すことのできないプレーがあった。
『キラースライド!』
脳内に土門の声が蘇る。
試合中に足を負傷した染岡に代わり、投入されたのが土門であった。そして、”キラースライド”とは、彼が試合で披露したディフェンス技である。
(…………彼が使っていたあの技、あれって帝国学園の必殺技じゃなかったかしら)
土門が使った技は、帝国との練習試合で敵選手の一人が使っていたものと全く同じであった。
千紗季は理事長室から観戦していたので、当時、技の名前を直接耳にしたわけではない。
だが、あの試合の光景は、嫌というほど目に焼き付いている。だから、彼の動きを見て直ぐに思い出せた。
(土門くんと帝国学園の関係性……単純に考えるなら、転校前に通っていた学校が帝国ってことになるのだけど────)
しかし、帰宅してから土門について調べてみるも、彼に関する情報は欠片も出てこなかった。
だからといって、全くの無関係であると断定はできない。
帝国は一軍の他、二軍が存在する。試合への出場は原則一軍。もし二軍以降に所属していたのであれば、彼の情報が出回ってなくとも不思議ではない。だからこそ、関与がはっきりせず疑わざるを得ない。
「我々はお嬢がお望みとあらば、いつでもお力になりますよ」
そう言って蓬莱は、主人に向かって恭しく頭を下げる。
「ありがと」
とはいえ、今回は学校の部活での出来事だ。護衛の出る幕は無いだろう。
「さて、そろそろ朝食のお時間です。稽古はここまでにしましょう」
「……ん、そうね」
蓬莱からの
道場を吹き抜ける朝風のせいで、
『お嬢の調子が良ろしくない時は、大抵何かが起きる前触れですからね』
さっきの言葉が、脳裏を過ぎる。
蓬莱の言うように、千紗季が中央を外したときは決まって良くないことが起きるのだ。ちょっとした不運なことから、時には警察や病院の世話になることだって。
(本当に、何も起きなければ良いのだけど)
射が乱れるほどの悪い予感が、的中しないことを祈るしかないのであった。
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