FF編
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第1話
シャラシャラ。
漆のように艶やかな黒髪に浮かぶ三日月の髪留め。そこから垂れる朱色の飾り紐が触れ合って、微かな音を奏でた。
鏡の前で髪留めを整え、定位置に留まったことを確認した千紗季は満足気に微笑む。
「よし、これでオッケー」
鏡に映る自分に、もう用はない。
千紗季の視線は、木製の飾り棚に乗せられた香台を捉えた。就寝前に確認はしたが、昨晩に焚いていた金木犀の香の火が消えていることを再度確かめる。
火の元に問題なしと判断すると、続いて文机の写真立てへと視線が流された。そこには千紗季と同じ艶やかな黒い髪を持つ女性が一人。幼い千紗季を抱いて、穏やかな笑顔を乗せていた。
「おはよ、ママ。学校、行ってくるね」
この家には居ない母親に向かって、届くはずがないとわかっていながらも挨拶をする。それが、千紗季の大切な日課だった。
毛先が切り揃えられた腰よりも長さのある髪を翻し、自室の扉に手をかける。
玄関へと向かえば、侍女の穂波が雷門中の学生鞄を手に待機していた。後ろには他の使用人が二名控えている。
「お嬢様、お鞄です」
「ありがと〜。それと、今日もつきみのことお願いね。健康状態は問題なさそうだったから、いつも通りで大丈夫だと思うけど」
「かしこまりました、お嬢さま」
穂波から鞄を受け取り、ペットの白うさぎ──つきみの世話を頼む。
起床後に専用部屋までつきみの様子を確認し、その日の健康状態を使用人に伝える、これもいつも登校前に使用人と交わすやり取りだ。
「千紗季、もう出るのか」
「うん。じゃ、行ってくるわね、じい様」
「ん。気をつけてな」
見送りにやって来た祖父に軽く片手を振って、ローファーに足を突っ込む。それを合図に、別の使用人が戸を開いた。
「行ってらっしゃいませ、お嬢様」
「いってきまーす」
ガラガラガラ。木製の扉が左右にスライドされ、太陽の光が差し込む。門へと続く石畳を踏みしめ、千紗季は自宅である日本家屋の豪邸を後にした。
***
爽やかな風を浴びながら、いつもの通学路をてくてくと進んでいく。
さて、もうすぐ幼馴染の家が見えてくるはずだが、今日は寝坊せず起床できたのだろうか。
「いっ、行ってきまーす!!」
溌剌とした声が、鼓膜を揺らす。間違いなく、幼馴染──円堂守のものだ。
家から出てもいないのにこの声量。今日も元気だなあと呆れつつも感心していると、声の主がパンを咥えながら飛び出してきた。ばちっと目が合う。
「おわっ!? 千紗季!?」
「おはよう、守」
「おう! おはよう!」
「今日も寝坊したのねー?」
ギクっ。
円堂は体を強ばらせ、口に咥えたパンを一度右手に収めると、「あはは……」と誤魔化すように苦笑して見せる。
「どーせ、昨日中継されてたサッカーの試合を観て、そのあと興奮してなかなか寝れなかったんでしょ」
「うっ」
千紗季の鋭い口撃に円堂は肩をすぼめる。どうやら図星のようだ。
そのまま並んで登校した二人であったが、話題は主にサッカーのことであった。もちろん、円堂が一方的に熱弁しているだけなのだが。
どうやら昨日の試合はなかなか熱い展開だったらしく、シュートやフォーメーションの凄さなど、目を輝かせて語っている。
千紗季はいつものように「はいはい」と適当に相槌を打って話を聞いていた。
そうこうしている間に、学校に到着する。グラウンドでは、体育系クラブの面々が朝練に励んでいた。
「サッカー部は朝練しなくていいのー?」
「えっ、あー……えっと……」
円堂はサッカー部のキャプテンを務めている。とはいえ、部員は現在たったの七人で公式試合の経験も実績もない弱小チームであった。
サッカー部は長年廃部状態で、円堂の手により復活してからまだ一年しか経過していない。いきなり本格的な活動ができるはずもなかった。
新年度がスタートし、サッカー部の元に一年生が入部したものの、ここ最近は自主練している姿も見かけない。朝練などとてもできる状態ではなかった。
(おっと、流石に今のは意地悪な質問だったかしら)
困惑する円堂を横目に、別の話題を提供してあげようなどと考えていた時だった。千紗季の視線が青髪を捉える。
「あ、一郎太だ」
「えっ、どこ!?」
「ん」
千紗季が指を差した先は陸上部専用のトラック。そこにはもう一人の幼馴染──風丸一郎太が、橙色の陸上ウェアを身につけトラックの上を駆け抜けていた。
「おーーーい! かぜまるーー!!」
キーーーーンッ……と、耳の奥が鳴った。ついでに、あまりの声量に周辺の木々が揺れた気がした。登校中の生徒たちからチラチラと視線を感じる。少々居た堪れない。
円堂のどデカい声に反応し減速した風丸と視線が絡んだ。
「ちょっと守、声デカすぎ」
「いでっ」
パシッと、千紗季の手によって円堂の頭にはたきが入れられる。もちろんツッコミ程度の軽いものだ。
大音量で呼びかけられた風丸はというと、陸上トラックの上でポカンとこちらを見あげている。
千紗季にはたかれた箇所を摩りながらしょぼくれている円堂と、ジロリと目を細めて円堂に突き刺すような視線を注ぐ千紗季。
二人の様子からなんとなく会話の内容を読み取ったらしき風丸が、やれやれと苦笑を浮かべてこちらへ軽く手を振ってくれた。
千紗季もひらりと手を振り返す。そして、円堂の首根っこを掴むと、引きずるようにして昇降口へと向かった。
「あっ! 円堂くん、千紗季ちゃん、おはよう!」
「秋、おはよ〜」
下駄箱前に到着すると、同じく二年生で、サッカー部のマネージャーである木野秋が、朝の挨拶と共に微笑みかけてくれる。
秋とは一年、二年と別のクラスだが、円堂を介して知り合ったのだ。よく彼女から円堂の部活の様子について話を聞くこともある。
「ところで、円堂くん、どうしたの……?」
首根っこを捕まれた状態で連行された円堂の姿を見れば誰だって疑問に思うだろう。
困惑している秋に向かって千紗季はにっこりと綺麗な笑顔を作ると、片手をひらひらとさせて返答する。
「ああ、気にしないで、大したことじゃないのよ〜。ほら、さっさと靴履き替えてきな」
「ハイ」
ようやく円堂を解放し、千紗季もローファーから上履きに履き替えた。
そこからは秋も加わり三人で二年の階へ移動する。
どうやら秋も昨日のサッカーの試合を観ていたようで、互いに感想を言い合っていた。
そんな二人の会話を聞いている内に千紗季のクラスに辿り着いてしまう。二人とは別のクラスなので、一旦ここでお別れだ。
「守、授業中に寝るんじゃないわよ?」
「えっと、ハイ……!」
千紗季に釘を刺され、円堂は萎縮する。
ただでさえ勉強が苦手で毎回テストの点数は悲惨なものであるというのに、授業までサボられたらたまったものではない。
とはいえ、いつもの如く定期考査直前に泣きつかれるのだろう。
「じゃあ、秋。守のことよろしくね」
「う、うん! またね、千紗季ちゃん」
「またな〜!」
苦笑を浮かべ二人の会話を隣で見守っていた秋に幼馴染を預け、千紗季は教室の扉に手をかけた。
「あっ、千紗季さん! おはようございます!!」
「おはよ〜」
千紗季の登校に気づいたクラスメイトの女子達と挨拶を交わす。
今ではもう慣れたものだが、同級生の女子生徒から下の名で呼ばれる時は、”さん”付けされることが当たり前となっていた。更には丁寧語で声をかけられるのだ。
もちろん女子生徒全員がそうではない。秋のようにフレンドリーに接してくれる者もいる。
けれども、少しばかり他人行儀になってしまうのは、千紗季の出自が名家の令嬢であるからだろう。
その上、雷門中理事長の娘である雷門夏未とは友人であり、彼女とほぼ行動を共にしていることも、とっつきにくい理由の一つとなっているのだ。
(周りの畏まった態度、どうにかならないかしらねぇ……)
千紗季としてはもっとフレンドリーに接してもらって構わないと思っている。……のだが、生徒会長を務める夏未の指名により、副会長の肩書きを得たせいだろうか。更にとっつきにくい要素が増えてしまった。
夏未以外で、秋のように気軽に接してくれる友人がいるのは、千紗季にとっては貴重な存在なのだ。
席について、一限目の準備を始める。
余った時間は、家庭教師から出された課題を進めることにした。ちなみに分野は経済学だ。
参考書の文字を目で追っていると、隣からガタリと椅子を引く音が響いた。
「よっ、千紗季」
「朝練お疲れさま、一郎太」
隣人はさっきグラウンドで挨拶を交わした幼馴染の風丸だ。陸上部の朝練を終えた彼は、当然の事ながらユニフォームから制服に着替えている。
「そうだ。数学の宿題出てただろ? 最後の応用わからなくてさ」
「あ〜アレね。教えてあげるから、ノート出して」
確か数学は三限目だったはず。今から解説すれば、提出までに余裕で間に合うだろう。
ノートを開き説明すれば、すぐに答えを導き出してしまった。
これが円堂であれば、一体どれほど時間がかかっていただろうか。毎度の勉強会で、教科書を開いた瞬間に沈没する姿を想像し、思わず溜息が出る。
「ありがとな、千紗季。助かった」
「どーも」
「そういえば、今朝は円堂と一緒だったんだな」
「そー。寝坊してパン咥えながら出てきたわよ」
「あー……昨日の夜テレビでサッカーの試合やってたもんな。それでか」
風丸も円堂とは長い付き合いだ。理由を尋ねずとも寝坊の原因を当てることなど造作もない。
その後も風丸と雑談していると、ポケットから振動を感じた。携帯がメールを知らせているようだ。
レモン色の携帯を取り出して、通知を確認する。画面には一件のメール通知、送り主は雷門夏未であった。
生徒会関係の連絡だろうか。赤字でNEWと記載された項目を選択し、メールを開く。
”お昼休み、理事長室に来てちょうだい。放課後の会議について話があるの。”
わざわざ理事長室でということは、まだ公にできない内容なのだろう。
(承知した、と)
もうすぐホームルームの時間なので、簡潔に返信する。送信完了の表示が点滅した直後、チャイムが鳴り学級委員長による号令が教室中に響いた。
***
本日も滞りなく午前の授業が全て終了し、皆大好きお昼休みの時間がやってくる。
給食を食べ終えた千紗季は、目的地の理事長室へ向かうべく席を立った。
「さてと、私は理事長室に行ってくるわね」
「ああ、また後でな」
隣人の風丸にいつものセリフを言って、自席から離れる。
二人は幼馴染であるが、昼休みは別々に過ごすことがほとんどだ。
千紗季は毎日夏未と時間を共にし、風丸は陸上部の仲間達と固まっている。そして、円堂もサッカー部の面々や仲の良いクラスメイト達と談笑しているようだ。
今朝、夏未から指示が入った通り理事長室へ向かう。
ノックをすれば扉の奥から返答があったので、いつもの軽い口調で「失礼しま〜す」と添えて扉の取っ手に手をかけた。
ふわりとローズティの香りが花をくすぐる。
「待っていたわ、千紗季」
中には来客用のソファに腰掛けている夏未と、その後ろでティーセットの準備をしている彼女の執事・場寅の姿があった。
千紗季は場寅に挨拶をして、いつものように夏未の向かい側へ着席する。
「千紗季様、お茶でございます。どうぞお召し上がりください」
「ありがとうございます、場寅さん」
千紗季の前に茶托に乗せられた湯呑が出される。
夏未と同じく紅茶でも構わないのだが、わざわざ千紗季の好みに合わせていつも緑茶を手配してくれるのだ。その気遣いに毎度頭が下がる。
手を合わせて「いただきます」と唱えた後、湯呑に両手を添えて口へ運ぶ。このまろやかな味、本日は玉露のようだ。
「それでは、夏未お嬢様、千紗季様、わたくしはこれで」
「ええ、ありがとう」
「どうも〜」
一礼し、場寅が退出する。
扉が閉まった音を合図に、向かい側で優雅に紅茶を味わう夏未に問いかけた。
「それで、話って?」
「一つ議題を増やそうかと思って」
「議題?」
「サッカー部について」
再び湯呑を口に運ぼうとしたところで、千紗季の手が止まった。
サッカー部には、幼馴染の円堂が所属しているのだ。気にならない方がおかしい。そして、サッカー部の案件がわざわざ会議の議題に加わるなど、内容は一つしか考えられない。
「とうとう廃部かあ」
復活したばかりの弱小サッカー部は、新入生を迎えた今でも人数が揃わず大会への出場も不可能で、もちろん実績もない。
校内では廃部の噂が広がっており、千紗季もそれは耳に入れていた。
(実際、年度末の会議でも、意見が出てたらしいしねぇ)
新年度を迎える前に実施した予算案に関する会議で、サッカー部の存続について議論がなされた。その中で、廃部の意見もちらほらと出ていたのだ。
しかし、新入生の入部により人数が揃うこともあるだろう、ということで廃部の件は一度保留となっていた。
それから数ヶ月、新入生の入部により部員は増えたものの結局十一人まで揃うことはなく、練習も放棄。活動状況に問題有りと見なされ、有耶無耶になっていたサッカー部存続問題が再び動き出したのだろう。
残念そうに眉を下げて緑茶をすする千紗季に、夏未はムッとして言い返す。
「まだ何も言ってないでしょう?」
「いやだって、わざわざサッカー部について議論するなんて、話すことといったら廃部くらいでしょ」
「いいから話を聞きなさい」
諦めモードで返答すれば、夏未が呆れた様子であるものを取り出す。
「これを見てちょうだい」
「なあに、これ」
夏未から差し出されたのは、”雷門中学校 サッカー部 御中”と印字された白封筒である。
千紗季は茶托の上に湯呑を乗せて、その手で封筒を受け取ると、裏返して宛先を確認した。
驚愕のあまり、一瞬、呼吸を忘れる。
「──っ、は? 帝国学園!?」
帝国学園は、中学サッカーの全国大会・フットボールフロンティアで四十年間無敗を誇る強豪校だ。
そんなところから、弱小チームとまで呼ばれてしまっている我が校のサッカー部へ一体何の用があって手紙を寄越してきたのだろう。
唖然とし、恐る恐る書類を取り出す。内容に目を通した千紗季の額から、一筋の汗が頬を伝って流れ落ちた。
「これ、誰かのイタズラ……じゃあないのよね?」
「ええ。私から電話で直接先方に確認済みよ」
「なんであんな弱小チームに練習試合の申し込みなんか……」
何かの間違いではないかと再び依頼書の文字を追うが、当然のことながらそこに書かれている内容が変わるはずもなく、千紗季は再び言葉を失う。
全国大会優勝常連校である強豪・帝国学園サッカー部が、実績ゼロの弱小チームへ練習試合を申し込む意義とは何なのか。
「千紗季はどう思う?」
「どう思うも何も、ワケわかんないわよ。どう考えても何か裏があるとしか思えないんだけど……夏未は何か心当たりでもあるわけ?」
「残念ながら。ですから、直接確かめようと思うの」
「…………は?」
数秒の間を置いて漏れ出た声は、素っ頓狂なものだった。
「……もしかして、受ける気?」
「そのつもりよ。丁度良い機会なので、帝国学園との勝敗次第で、サッカー部を存続させるか否か判断するわ」
夏未の思惑を理解した千紗季は、目を眇めその艶のある唇を尖らせる。
「…………ふーん、そう」
「不満そうね」
「少しね」
帝国と試合を行うなど、あまりにも実力差がありすぎる。結果は一目瞭然だ。無様に負けに行けと言っているようなものである。
円堂や秋の顔が脳裏に浮かぶ。できることならどうにかしてやりたいが、それは身内に対する千紗季の完全な私情でしかない。
そして、夏未が廃部の判断に至った理由も察しがついている。だから……────
「……生徒会としての最終判断は夏未に任せますよう」
「あら、もっと反対するかと思ったのに」
「私の不満は、あくまで私情ですから」
もしサッカー部に知り合いがいなければ、このモヤモヤが顔を出すことはなかっただろう。身内が絡むと贔屓しがちなのはよくある話だ。
「それに、廃部するのにもちゃんとした理由はあるんでしょ」
「ええ。人数が揃わず実績がないことに加え、最近は部員全員で練習している姿も見かけない。一年生が入部したにも関わらず。そんな部活に貴重な予算を回す必要がありまして?」
「それはご最も」
夏未は意地悪でサッカー部を廃部に追いやっているわけではない(とはいえ、一年の頃からサッカー部に対し良い印象は持っていないようだが……)のだ。廃部の判断に至ったのにも、正当な理由がある。それに対する反論はない。
「もちろん、これはあくまで私の考えよ。本日の会議には、理事長や校長先生、それから顧問の冬海先生にもご出席いただいて判断するわ。一応、まだ検討中の内容ではあるから、くれぐれも他言無用でお願いね」
「……了解ですー」
そうは言うが、ほぼ決定事項だろう。
(どんな顔して守に会えって言うのよ)
小学校の頃、知り合ったあの日から見てきたのだ。円堂のサッカーに対する情熱を……──
入学してすぐサッカー部が無いことを知りショックを受けていたものの、持ち前の前向きさと行動力で秋と共に復活させた。
その後、部員が揃わずとも、試合ができずとも、円堂のやることは変わらない。ひたすらサッカーと、ボールと向き合っていた。
『二人とも聞いてくれ! 俺さ、サッカー部を復活させたんだ!!』
一年前、風丸と千紗季の元へ報告にやって来た円堂の眩しいほどのキラキラスマイルを思い浮かべる。
(この話を聞いて、守はどうするつもりなのかしら……まあ、あの守がそう簡単に諦めるわけないか)
再び緑茶を口に含む。
暖かかったはずのそれは、少し冷めてしまっていた。
その日の放課後。
理事長の雷門総一郎、校長の火来伸蔵、サッカー部顧問である冬海卓を交え会議が開かれた。
帝国学園からの練習試合の申し入れを受けること、そして、雷門サッカー部の行く末が決まったのだった。
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