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2026年 風丸生誕記念小説(中1)
カサカサッ。
歩く度、両手に提げた大きな紙袋たちが音を立てる。ちらほらと空から降る雪が滲んで、無地の紙袋には斑点模様ができていた。
部活終わりにこの荷物量はなかなかに堪えるが、煩わしさはなかった。それもそのはず、袋に詰め込まれたプレゼントは、陸上部の仲間たちから風丸へ贈られたものなのだから。
今日は、風丸が中学生になってから初めて迎える誕生日であった。
とはいえ世の中は都合よく回っているものではなく、例え運良く誕生日と休日が重なったとしても、部活があればそちらを優先せねばならないものだ。
けれども、朝から祝いの言葉をたくさん浴び、プレゼントも贈られ、いつもと変わらぬ部活漬けの一日であっても、風丸の心は十分に満たされた。
否、もう一つだけ、我儘を言わせてもらうのであれば……────
呼吸する度ふわりと視界に広がる白い息をぼんやりと眺めながら、幼馴染の少女を思い浮かべる。
「あ、おかえり。一郎太」
「………………え」
流石に幻聴だろう。そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと顔を上げた。
いつの間にか見えていた自宅。その表札の隣で、瞳と同じ月色の着物を身にまとった幼馴染が、朱色の和傘を手に立っていた。
「…………千紗季!?」
今まさに会いたいと願っていた幼馴染が目の前にいる。その現実にほんの一瞬だけ運命的なものを感じ、驚かずにはいられない。
いや、そんなことよりも……────
「な、何やってんだよ! 風邪ひいたらどうすんだ!」
着物用のコートを羽織り、マフラーや手袋を身につけてはいるものの、着物は防寒が難しいイメージがあるせいか、なんだか心許ない。
風丸は思わず駆け寄って、強い口調で咎める。
「一郎太こそ、雪降ってるのに傘ささないで」
「俺はちゃんと防寒してるから平気だ。それより、一体どうしたんだよ……その格好、今から用事あるんじゃないのか?」
「うん、まあね〜」
千紗季の装いは、考えるまでもなくよそ行きの格好だ。
相手は四条院家と同格の家の者か、はたまた社会的に高い地位を有する人間か。とにかく、風丸のような一般人にはなかなかお目にかかることのできない人物なのだろう。
「ほら、今日は一郎太の誕生日じゃない? だから、これ渡しておきたくて」
そう言って、千紗季は水色のショッパーを風丸へ差し出す。
「……え、いいのか?」
「なあに、今更。毎年プレゼント渡してるでしょー?」
「それは、そうなんだが……」
「一郎太だって、私にプレゼントくれたじゃない」
「そ、そんなの、当たり前だろ」
「じゃあ、私もおんなじよ。こうやって毎年、大切な人が生まれた日をお祝いすることなんて、当たり前なの」
穏やかな笑みとともに紡がれる言葉が、じんわりと風丸の心に染み込んでいく。
中学生になってから少しずつ変化していく距離感。最初は戸惑っていたものの、いつの間にかその変化が日常となっていた。
幼馴染として毎年当たり前だった出来事も、いつかは失われていく────千紗季から誕生日を祝われることも、いつか、なくなってしまうのかもしれない。千紗季への恋心を自覚してから、風丸は密かにそんな焦りを抱えていた。
「お誕生日おめでとう、一郎太」
だから、まだその当たり前を千紗季も大切にしてくれていた。その事実が、何よりも風丸を安堵させた。
「ありがとな、千紗季」
千紗季からショッパーを受け取って、感謝を伝える。
ただ、一つだけ文句がある。それを伝えれば、また小言が始まったなどと言われるのだろう。それでも風丸は口を開く。
「それはそうと、俺にプレゼントを渡すためだけに外で待ってたのか?」
「そうだけど」
千紗季はけろっと即答する。
日没を迎えただでさえ気温が下がっているにも関わらず、雪まで降っているのだ。
多忙のなか、わざわざ会いに来てくれたことについては心の底から嬉しく思う。けれども、もっと自分の体調を優先して欲しいものだ。
「母さんに預けるか、家に入って待ってればよかっただろ……」
「だって、いちママいなかったんだもん」
なんてタイミングの悪い。夕飯の買い出しで、商店街にでも出向いているのだろう。
「一郎太の帰る時間に合わせて来たし、そんなに待ってないから大丈夫よ」
「そういう問題じゃなくて」
「あ、そろそろ時間だから帰らなくちゃー」
「…………」
風丸の小言を遮り告げられたその言葉は、やや棒読みであった。”そろそろ時間”というのは、小言から抜け出すための誤魔化しなのだろう。
風丸は仕返しのつもりで、あえて嫌味を投げる。
「……忙しいなら無理して会いに来ることなかっただろ」
「こういうのは直接渡せた方がいいでしょ。遠くに住んでるわけでもないんだし」
「なら、別に明日でも」
「できるだけ当日にお祝いしたいじゃない?」
「それは、まあ……」
返す言葉が見つからず、とうとう肯定するしかなくなった。
いや、これは惚れた弱みというやつなのかもしれない。想いを寄せる相手から、誕生日当日に直接プレゼントを渡したいなんて言われて、喜ばない人間がこの世に存在するのだろうか。
そんな風丸の複雑な恋心に気づくはずもなく、千紗季は「それじゃ」と背を向け歩き出す。
「あ、千紗季。待っ」
「家まで送るって言うんでしょ?」
再びこちらへくるりと振り返った千紗季は、呆れ顔だった。またいつもの心配性が発動した、なんて思っているのだろう。
「いつも言ってるけど、家近いし、だいじょ────」
「俺が!」
思わず、語気が強くなる。
「俺が、そうしたいんだ……」
着物姿では、万が一なにかあっても動きに制限がかかる。体の自由が効く者が傍につくべきだ。
何より……────
「その……それにさ、おれ、誕生日だし。た、たいせつな人と過ごしたいって、おもう、だろ……」
勢い任せに出た言葉だった。恋愛ドラマにもありそうなセリフじゃないかと、風丸の中に羞恥心が募っていく。
しかし、言葉だけは恋人に向けるような甘いものでも、千紗季には全く響いていなかったようだ。その証拠に、動じることなくきょとん顔で風丸を見つめている。大方、家まで送り届けるための口実と受け取ったのだろう。
「……まあ、一郎太がそうしたいってことなら、私は構わないけれど」
「じゃ、じゃあ荷物、玄関に置いてくるから待っててくれ!!」
そう言って、千紗季の返事も待たずに急いで家の中へ飛び込んだ。彼女の気が変わらない内に戻らねば、一人で行ってしまう。
「待たせた!」
「はやー……」
十秒も経たない内に戻ってきた風丸に、千紗季は苦笑する。
「ほら、行くぞ」
風丸は、いつものようにスルリと車道側へと回り、歩き出す。
けれども、千紗季に腕を捕まれその足が動くことはなかった。
「千紗季……?」
「一郎太、こっち」
「えっ」
いきなりグンッと千紗季の方に引き寄せられる。
目をまん丸くして状況を整理する風丸を置いてけぼりにして、千紗季はいつもの軽い口調でこう言った。
「傘入りなって言ってるの。雪、降ってるでしょ」
「…………え」
顔の距離が縮まり、互いの肩が触れ合い、二人の頭上を朱色の和傘が覆っている。ようやく状況を認識したカゼマルは、石化してしまったかのように固まって動かない。
微動だにしない幼馴染を、千紗季は怪訝そうに見つめた。
「ちょっと、一郎太?」
顔の前で手を振る。しかし、反応がない。
「もう、私ひとりで帰っちゃうわよー?」
「………………えっ。あ、あぁ、わるい」
拗ねたように声をかけると、風丸はようやく再始動した。その直後、勢いよく千紗季から顔を背けてしまう。
「……なあに、私と傘入るのそんなに嫌?」
「そ、そんなわけないだろ!」
風丸の行動が千紗季には不可解で、思わずムッと頬を膨らませる。
当然、風丸が顔を背けてしまったのは千紗季を意識しての行動であり、決してこの状況が嫌なわけではない。
むしろ相合傘なんていう美味しい展開に、ガッツポーズしたって良いほどだ。今日一番の誕生日プレゼントといっても過言ではない。
「すこし、びっくりしただけだって……」
「ふぅん」
「……信じてないだろ」
「さあ、どうかしらねぇ」
弁明するも、今度は千紗季がつーんとそっぽを向いてしまった。
そのまま歩き出す彼女に置いていかれぬよう、風丸も戸惑いながら後を追う。
毎度思うことだが、ここまで意識して態度が表に出ているにも関わらず、こんなに気持ちが届かないものなのか。風丸は、ただただもどかしさを抱えて項垂れるしかない。
「……あ、千紗季。傘、俺が持つよ」
千紗季の前ではいつでも格好がつかないが、せめてこれくらいはしなければと、片手を掲げる。
「え、私が持つわよ。今日の主役に持たせるわけにはいかないでしょ」
「あ、いや……俺が持ちたいんだよ」
「……家に送りたいって言ったり、一郎太ってばそんなに私の執事になりたいの?」
「そんなわけないだろ。ほら、貸せって」
「あっ」
風丸は少々強引に傘を手に取る。
普段は頭が切れる癖に、なぜ自分とのことは見当違いなことばかり言うのだろう。やきもきとした気持ちがまた一つ募った。
チラリと隣を歩く幼馴染を盗み見る。その横顔は見慣れたはずのものなのに、何度見ても心が締め付けられてしまう。
この現象は、千紗季に恋焦がれる気持ちから生じるものなのだろう。けれど、きっとそれだけではない。千紗季がまだ隣にいるという安心感が、風丸の心を大きく揺さぶるのだ。
(……そういえば、まだ言ってなかったな)
千紗季とのやり取りを振り返り、風丸は口を開く。
「…………あ、あとさ」
「なあに?」
伝えたところで、きっと風丸の思い通りに千紗季へ届くことはないのだろう。これまでずっとそうだったのだから。
「千紗季って……やっぱり、着物よく似合うよな」
けれど、伝わらなくとも、自分の言葉でほんの少しでも喜びを感じてくれるのなら、何度だって伝えたい。
「今日も…………きれい、だ。すごく」
美しい月色の瞳と視線が交わる。
瞬間、ぶわりと熱が体を支配した。きっとまた、いつもの赤面癖が発動しているのだろう。
思わず顔を背けたくなるが、耐えて千紗季を見つめ続ける。
しばらくして、ふっと千紗季の頬が緩んだ。
「ありがと、一郎太!」
年相応の無邪気な笑顔。それは、千紗季が心を許している者にしか見せない特別の証。そこに、風丸が求める感情は宿っていない。
けれども風丸にとってその証は、何よりも価値のあるもので、焦れったい恋に何度振り回されようとも、この笑顔を見るだけで心が満たされるのだ。
(俺……今日、千紗季からいろいろ貰いすぎじゃないか?)
プレゼントに、相合傘に、着物姿に、笑顔に……────ああ、そうだ。千紗季の言葉も含めたら、とんでもない数だ。
(まあ、でも……いいか)
今日は誕生日なのだから。そう都合の良いように捉えて、傘の中からチラリと灰色の空を見上げる。雪は未だ止む気配がない。
こんなにも贅沢な状況を生み出すきっかけとなった天気に感謝して、風丸はもう残り二分ほどしかない千紗季との時間に心を委ねるのだった。
カサカサッ。
歩く度、両手に提げた大きな紙袋たちが音を立てる。ちらほらと空から降る雪が滲んで、無地の紙袋には斑点模様ができていた。
部活終わりにこの荷物量はなかなかに堪えるが、煩わしさはなかった。それもそのはず、袋に詰め込まれたプレゼントは、陸上部の仲間たちから風丸へ贈られたものなのだから。
今日は、風丸が中学生になってから初めて迎える誕生日であった。
とはいえ世の中は都合よく回っているものではなく、例え運良く誕生日と休日が重なったとしても、部活があればそちらを優先せねばならないものだ。
けれども、朝から祝いの言葉をたくさん浴び、プレゼントも贈られ、いつもと変わらぬ部活漬けの一日であっても、風丸の心は十分に満たされた。
否、もう一つだけ、我儘を言わせてもらうのであれば……────
呼吸する度ふわりと視界に広がる白い息をぼんやりと眺めながら、幼馴染の少女を思い浮かべる。
「あ、おかえり。一郎太」
「………………え」
流石に幻聴だろう。そう自分に言い聞かせて、ゆっくりと顔を上げた。
いつの間にか見えていた自宅。その表札の隣で、瞳と同じ月色の着物を身にまとった幼馴染が、朱色の和傘を手に立っていた。
「…………千紗季!?」
今まさに会いたいと願っていた幼馴染が目の前にいる。その現実にほんの一瞬だけ運命的なものを感じ、驚かずにはいられない。
いや、そんなことよりも……────
「な、何やってんだよ! 風邪ひいたらどうすんだ!」
着物用のコートを羽織り、マフラーや手袋を身につけてはいるものの、着物は防寒が難しいイメージがあるせいか、なんだか心許ない。
風丸は思わず駆け寄って、強い口調で咎める。
「一郎太こそ、雪降ってるのに傘ささないで」
「俺はちゃんと防寒してるから平気だ。それより、一体どうしたんだよ……その格好、今から用事あるんじゃないのか?」
「うん、まあね〜」
千紗季の装いは、考えるまでもなくよそ行きの格好だ。
相手は四条院家と同格の家の者か、はたまた社会的に高い地位を有する人間か。とにかく、風丸のような一般人にはなかなかお目にかかることのできない人物なのだろう。
「ほら、今日は一郎太の誕生日じゃない? だから、これ渡しておきたくて」
そう言って、千紗季は水色のショッパーを風丸へ差し出す。
「……え、いいのか?」
「なあに、今更。毎年プレゼント渡してるでしょー?」
「それは、そうなんだが……」
「一郎太だって、私にプレゼントくれたじゃない」
「そ、そんなの、当たり前だろ」
「じゃあ、私もおんなじよ。こうやって毎年、大切な人が生まれた日をお祝いすることなんて、当たり前なの」
穏やかな笑みとともに紡がれる言葉が、じんわりと風丸の心に染み込んでいく。
中学生になってから少しずつ変化していく距離感。最初は戸惑っていたものの、いつの間にかその変化が日常となっていた。
幼馴染として毎年当たり前だった出来事も、いつかは失われていく────千紗季から誕生日を祝われることも、いつか、なくなってしまうのかもしれない。千紗季への恋心を自覚してから、風丸は密かにそんな焦りを抱えていた。
「お誕生日おめでとう、一郎太」
だから、まだその当たり前を千紗季も大切にしてくれていた。その事実が、何よりも風丸を安堵させた。
「ありがとな、千紗季」
千紗季からショッパーを受け取って、感謝を伝える。
ただ、一つだけ文句がある。それを伝えれば、また小言が始まったなどと言われるのだろう。それでも風丸は口を開く。
「それはそうと、俺にプレゼントを渡すためだけに外で待ってたのか?」
「そうだけど」
千紗季はけろっと即答する。
日没を迎えただでさえ気温が下がっているにも関わらず、雪まで降っているのだ。
多忙のなか、わざわざ会いに来てくれたことについては心の底から嬉しく思う。けれども、もっと自分の体調を優先して欲しいものだ。
「母さんに預けるか、家に入って待ってればよかっただろ……」
「だって、いちママいなかったんだもん」
なんてタイミングの悪い。夕飯の買い出しで、商店街にでも出向いているのだろう。
「一郎太の帰る時間に合わせて来たし、そんなに待ってないから大丈夫よ」
「そういう問題じゃなくて」
「あ、そろそろ時間だから帰らなくちゃー」
「…………」
風丸の小言を遮り告げられたその言葉は、やや棒読みであった。”そろそろ時間”というのは、小言から抜け出すための誤魔化しなのだろう。
風丸は仕返しのつもりで、あえて嫌味を投げる。
「……忙しいなら無理して会いに来ることなかっただろ」
「こういうのは直接渡せた方がいいでしょ。遠くに住んでるわけでもないんだし」
「なら、別に明日でも」
「できるだけ当日にお祝いしたいじゃない?」
「それは、まあ……」
返す言葉が見つからず、とうとう肯定するしかなくなった。
いや、これは惚れた弱みというやつなのかもしれない。想いを寄せる相手から、誕生日当日に直接プレゼントを渡したいなんて言われて、喜ばない人間がこの世に存在するのだろうか。
そんな風丸の複雑な恋心に気づくはずもなく、千紗季は「それじゃ」と背を向け歩き出す。
「あ、千紗季。待っ」
「家まで送るって言うんでしょ?」
再びこちらへくるりと振り返った千紗季は、呆れ顔だった。またいつもの心配性が発動した、なんて思っているのだろう。
「いつも言ってるけど、家近いし、だいじょ────」
「俺が!」
思わず、語気が強くなる。
「俺が、そうしたいんだ……」
着物姿では、万が一なにかあっても動きに制限がかかる。体の自由が効く者が傍につくべきだ。
何より……────
「その……それにさ、おれ、誕生日だし。た、たいせつな人と過ごしたいって、おもう、だろ……」
勢い任せに出た言葉だった。恋愛ドラマにもありそうなセリフじゃないかと、風丸の中に羞恥心が募っていく。
しかし、言葉だけは恋人に向けるような甘いものでも、千紗季には全く響いていなかったようだ。その証拠に、動じることなくきょとん顔で風丸を見つめている。大方、家まで送り届けるための口実と受け取ったのだろう。
「……まあ、一郎太がそうしたいってことなら、私は構わないけれど」
「じゃ、じゃあ荷物、玄関に置いてくるから待っててくれ!!」
そう言って、千紗季の返事も待たずに急いで家の中へ飛び込んだ。彼女の気が変わらない内に戻らねば、一人で行ってしまう。
「待たせた!」
「はやー……」
十秒も経たない内に戻ってきた風丸に、千紗季は苦笑する。
「ほら、行くぞ」
風丸は、いつものようにスルリと車道側へと回り、歩き出す。
けれども、千紗季に腕を捕まれその足が動くことはなかった。
「千紗季……?」
「一郎太、こっち」
「えっ」
いきなりグンッと千紗季の方に引き寄せられる。
目をまん丸くして状況を整理する風丸を置いてけぼりにして、千紗季はいつもの軽い口調でこう言った。
「傘入りなって言ってるの。雪、降ってるでしょ」
「…………え」
顔の距離が縮まり、互いの肩が触れ合い、二人の頭上を朱色の和傘が覆っている。ようやく状況を認識したカゼマルは、石化してしまったかのように固まって動かない。
微動だにしない幼馴染を、千紗季は怪訝そうに見つめた。
「ちょっと、一郎太?」
顔の前で手を振る。しかし、反応がない。
「もう、私ひとりで帰っちゃうわよー?」
「………………えっ。あ、あぁ、わるい」
拗ねたように声をかけると、風丸はようやく再始動した。その直後、勢いよく千紗季から顔を背けてしまう。
「……なあに、私と傘入るのそんなに嫌?」
「そ、そんなわけないだろ!」
風丸の行動が千紗季には不可解で、思わずムッと頬を膨らませる。
当然、風丸が顔を背けてしまったのは千紗季を意識しての行動であり、決してこの状況が嫌なわけではない。
むしろ相合傘なんていう美味しい展開に、ガッツポーズしたって良いほどだ。今日一番の誕生日プレゼントといっても過言ではない。
「すこし、びっくりしただけだって……」
「ふぅん」
「……信じてないだろ」
「さあ、どうかしらねぇ」
弁明するも、今度は千紗季がつーんとそっぽを向いてしまった。
そのまま歩き出す彼女に置いていかれぬよう、風丸も戸惑いながら後を追う。
毎度思うことだが、ここまで意識して態度が表に出ているにも関わらず、こんなに気持ちが届かないものなのか。風丸は、ただただもどかしさを抱えて項垂れるしかない。
「……あ、千紗季。傘、俺が持つよ」
千紗季の前ではいつでも格好がつかないが、せめてこれくらいはしなければと、片手を掲げる。
「え、私が持つわよ。今日の主役に持たせるわけにはいかないでしょ」
「あ、いや……俺が持ちたいんだよ」
「……家に送りたいって言ったり、一郎太ってばそんなに私の執事になりたいの?」
「そんなわけないだろ。ほら、貸せって」
「あっ」
風丸は少々強引に傘を手に取る。
普段は頭が切れる癖に、なぜ自分とのことは見当違いなことばかり言うのだろう。やきもきとした気持ちがまた一つ募った。
チラリと隣を歩く幼馴染を盗み見る。その横顔は見慣れたはずのものなのに、何度見ても心が締め付けられてしまう。
この現象は、千紗季に恋焦がれる気持ちから生じるものなのだろう。けれど、きっとそれだけではない。千紗季がまだ隣にいるという安心感が、風丸の心を大きく揺さぶるのだ。
(……そういえば、まだ言ってなかったな)
千紗季とのやり取りを振り返り、風丸は口を開く。
「…………あ、あとさ」
「なあに?」
伝えたところで、きっと風丸の思い通りに千紗季へ届くことはないのだろう。これまでずっとそうだったのだから。
「千紗季って……やっぱり、着物よく似合うよな」
けれど、伝わらなくとも、自分の言葉でほんの少しでも喜びを感じてくれるのなら、何度だって伝えたい。
「今日も…………きれい、だ。すごく」
美しい月色の瞳と視線が交わる。
瞬間、ぶわりと熱が体を支配した。きっとまた、いつもの赤面癖が発動しているのだろう。
思わず顔を背けたくなるが、耐えて千紗季を見つめ続ける。
しばらくして、ふっと千紗季の頬が緩んだ。
「ありがと、一郎太!」
年相応の無邪気な笑顔。それは、千紗季が心を許している者にしか見せない特別の証。そこに、風丸が求める感情は宿っていない。
けれども風丸にとってその証は、何よりも価値のあるもので、焦れったい恋に何度振り回されようとも、この笑顔を見るだけで心が満たされるのだ。
(俺……今日、千紗季からいろいろ貰いすぎじゃないか?)
プレゼントに、相合傘に、着物姿に、笑顔に……────ああ、そうだ。千紗季の言葉も含めたら、とんでもない数だ。
(まあ、でも……いいか)
今日は誕生日なのだから。そう都合の良いように捉えて、傘の中からチラリと灰色の空を見上げる。雪は未だ止む気配がない。
こんなにも贅沢な状況を生み出すきっかけとなった天気に感謝して、風丸はもう残り二分ほどしかない千紗季との時間に心を委ねるのだった。
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