プロローグ 11月8日 夜 スナック「すまいる」
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交渉が終わって請求書を銀さんに押し付けた阿音さんは、私の両手を包み込むように握った。
「名字さん、長逗留(とうりゅう)になるようだったらウチで働きなさいよ。あなたなら、私ともお妙ちゃんともキャラがかぶってないし、いいライバルになれると思うわ。支配人がかわいい娘紹介してほしいって言ってるし、すぐに雇ってもらえるわよ。それと、紹介者はお妙ちゃんじゃなくて『阿音ちゃん』でよろしく。」
眼光鋭い彼女が、私を「すまいる」に引き込もうとしてるのは、どうやら紹介マージン目当てらしい。
時には将軍様がお忍びでいらっしゃる、レベルの高いお店に誘ってもらえて悪い気はしないけど…。
私は、帰りたい。
私は、ここの人間じゃない。
ここは、私の居るべき場所じゃない。
「もしもの話、ってことで心に留めておきます。」
「よかったらまた来なさいよ。それと定春にモフモフするとよく眠れるから試してみて。」
そう言うと、阿音さんはウインクした。
「駒子も貸すわよ。」
「定春で十分だ。テメー、レンタル料と称してカネ取る気だろ。」
「銀さん、私を人情のかけらもない女と思ってもらっちゃ困るわよ。もちろん最初の一週間はタダに決まってるじゃない。」
阿音さんはお妙さんとはまた違う意味でしたたかな人だ。
「すまいる」は同年代の女の子が多くて楽しい職場だしお給料もいいから、その気になったらすぐ電話してねと、しつこく勧誘されてから店を出た。
華やかな女の城「すまいる」の外も、これからが本番とばかりにネオンが輝き、眠ることを知らない「不夜城」だ。
深夜近いのに人通りが絶えることはない。
ここは、私がしばらく暮らすことになる、歌舞伎町でない「かぶき町」。
頼りにしていた阿音さんからは、ほんの手がかりしか得られなった。
これから、本当にどうしたらいいんだろう。
「明日、源外のじーさんに頼んでみっからよ。」
「…。」
「冷凍庫にバーゲンダッシュあるぞ、名前さんは抹茶だったっけ~。」
「今夜は神楽と一緒に寝るか?」
「…。」
何かと気を使って励ましてくれる銀さんの言葉は頭の中でふわふわ回るけど、私には相づちを打つ余力がない。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
今度はシャレになんないよ。
隣を歩く銀さんにすがりついて泣きたい気分だ。
そうしたら、私が泣き止むまで抱きしめてくれるだろう。
あの時と同じように「護る」って言ってくれるだろう。
赤の他人でも、家族や恋人のように全力で助けてくれる。
半月ぐらい一緒にいたけど、銀さんはそういう人だ。
そういう人だった。
だから、厚意に甘えて何も考えてこなかった。
銀さんは「護る」って言ってくれたけど、
銀さんには、もっと「護りたい」人がいるかもしれないことを。
どうして今まで気づかなかったんだろう。
銀さんはやさしい。
そんな銀さんがお付き合いしている人も、きっとやさしい人だろう。
しばらく会えなくなっても我慢してるはずだ。
もし、私が彼女さんの立場だったら…。
この世界に一人ぼっちで、一方的に護られてばかりのかわいそうな立場で、万事屋を出ていく予定もなく銀さんと一緒に住んでいる女の子。
頭で理解できていても、感情が受け入れられない。
銀さんから離れて欲しい、一番そばにいるのは私だって彼女さんは思うだろう。
自分のことしか考えていなかったけど、二人の時間を奪ってしまってるんだ。
でもこの際、いるかどうかもわからない彼女さんに気を使う必要なんてない。
今夜くらい、素直になろう。
とぼとぼ歩いていた私の腕を銀さんがつかんで自分の方に向かせた。
「名前。」
「…。」
「泣きたい時ァ泣きゃいい。」
「…。」
「ぐしゃぐしゃのツラ見られたくなけりゃァ背中貸してやっからよ。」
「…。」
「だから、一人で抱え込むんじゃねェ。俺は名前…
その時、自分でも思ってなかった言葉が口を突いて出た。
「私は全然平気だよ。こっちに来るのは二回目だし、もう覚悟はできてる。思ってるより私は強いんだから、そんなに心配しないで。」
ありのままの気持ちで、銀さんに寄りかかれば楽なのに。
こんな時ぐらい、誰にも遠慮しなくてもいいのに。
目をそらさずに強がり言う私は、バカなくらい甘え下手だ。
「少しは俺を頼れ、強がるのもいい加…
私は両肩に置かれた銀さんの手を強引に振りほどいた。
今夜は銀さんに面白い話を聞かせてもらおう。
新八くんと一緒にお通ちゃんの歌を歌おう。
神楽ちゃんの隣で寝かせてもらおう。
定春くんにモフモフしよう。
「護る」
その言葉をかけてもらえただけで、十分だ。
私は大丈夫。
もう大丈夫だ。
何度も自分に言い聞かせながら、私は歩き始めた。
2015年10月2日UP
「名字さん、長逗留(とうりゅう)になるようだったらウチで働きなさいよ。あなたなら、私ともお妙ちゃんともキャラがかぶってないし、いいライバルになれると思うわ。支配人がかわいい娘紹介してほしいって言ってるし、すぐに雇ってもらえるわよ。それと、紹介者はお妙ちゃんじゃなくて『阿音ちゃん』でよろしく。」
眼光鋭い彼女が、私を「すまいる」に引き込もうとしてるのは、どうやら紹介マージン目当てらしい。
時には将軍様がお忍びでいらっしゃる、レベルの高いお店に誘ってもらえて悪い気はしないけど…。
私は、帰りたい。
私は、ここの人間じゃない。
ここは、私の居るべき場所じゃない。
「もしもの話、ってことで心に留めておきます。」
「よかったらまた来なさいよ。それと定春にモフモフするとよく眠れるから試してみて。」
そう言うと、阿音さんはウインクした。
「駒子も貸すわよ。」
「定春で十分だ。テメー、レンタル料と称してカネ取る気だろ。」
「銀さん、私を人情のかけらもない女と思ってもらっちゃ困るわよ。もちろん最初の一週間はタダに決まってるじゃない。」
阿音さんはお妙さんとはまた違う意味でしたたかな人だ。
「すまいる」は同年代の女の子が多くて楽しい職場だしお給料もいいから、その気になったらすぐ電話してねと、しつこく勧誘されてから店を出た。
華やかな女の城「すまいる」の外も、これからが本番とばかりにネオンが輝き、眠ることを知らない「不夜城」だ。
深夜近いのに人通りが絶えることはない。
ここは、私がしばらく暮らすことになる、歌舞伎町でない「かぶき町」。
頼りにしていた阿音さんからは、ほんの手がかりしか得られなった。
これから、本当にどうしたらいいんだろう。
「明日、源外のじーさんに頼んでみっからよ。」
「…。」
「冷凍庫にバーゲンダッシュあるぞ、名前さんは抹茶だったっけ~。」
「今夜は神楽と一緒に寝るか?」
「…。」
何かと気を使って励ましてくれる銀さんの言葉は頭の中でふわふわ回るけど、私には相づちを打つ余力がない。
どうしてこんな事になっちゃったんだろう。
今度はシャレになんないよ。
隣を歩く銀さんにすがりついて泣きたい気分だ。
そうしたら、私が泣き止むまで抱きしめてくれるだろう。
あの時と同じように「護る」って言ってくれるだろう。
赤の他人でも、家族や恋人のように全力で助けてくれる。
半月ぐらい一緒にいたけど、銀さんはそういう人だ。
そういう人だった。
だから、厚意に甘えて何も考えてこなかった。
銀さんは「護る」って言ってくれたけど、
銀さんには、もっと「護りたい」人がいるかもしれないことを。
どうして今まで気づかなかったんだろう。
銀さんはやさしい。
そんな銀さんがお付き合いしている人も、きっとやさしい人だろう。
しばらく会えなくなっても我慢してるはずだ。
もし、私が彼女さんの立場だったら…。
この世界に一人ぼっちで、一方的に護られてばかりのかわいそうな立場で、万事屋を出ていく予定もなく銀さんと一緒に住んでいる女の子。
頭で理解できていても、感情が受け入れられない。
銀さんから離れて欲しい、一番そばにいるのは私だって彼女さんは思うだろう。
自分のことしか考えていなかったけど、二人の時間を奪ってしまってるんだ。
でもこの際、いるかどうかもわからない彼女さんに気を使う必要なんてない。
今夜くらい、素直になろう。
とぼとぼ歩いていた私の腕を銀さんがつかんで自分の方に向かせた。
「名前。」
「…。」
「泣きたい時ァ泣きゃいい。」
「…。」
「ぐしゃぐしゃのツラ見られたくなけりゃァ背中貸してやっからよ。」
「…。」
「だから、一人で抱え込むんじゃねェ。俺は名前…
その時、自分でも思ってなかった言葉が口を突いて出た。
「私は全然平気だよ。こっちに来るのは二回目だし、もう覚悟はできてる。思ってるより私は強いんだから、そんなに心配しないで。」
ありのままの気持ちで、銀さんに寄りかかれば楽なのに。
こんな時ぐらい、誰にも遠慮しなくてもいいのに。
目をそらさずに強がり言う私は、バカなくらい甘え下手だ。
「少しは俺を頼れ、強がるのもいい加…
私は両肩に置かれた銀さんの手を強引に振りほどいた。
今夜は銀さんに面白い話を聞かせてもらおう。
新八くんと一緒にお通ちゃんの歌を歌おう。
神楽ちゃんの隣で寝かせてもらおう。
定春くんにモフモフしよう。
「護る」
その言葉をかけてもらえただけで、十分だ。
私は大丈夫。
もう大丈夫だ。
何度も自分に言い聞かせながら、私は歩き始めた。
2015年10月2日UP