March 3月29日 昼下がり バイト先
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「こんにちは、ご注文の品をお持ち致しました。」
「名前ちゃん、ちょっとこっちに。」
いつもだったら笑顔で出迎えてくれる社長さんが、応接ソファーでテレビをみたまま手招きをしてくる。
私は何が何だかわからないまま、サンドイッチとコーヒーのポットを入れた袋をテーブルに置いて隣に腰掛けた。
画面には、大きな門の前に立ち、動揺を隠せない様子で実況する花野アナが映っている。
「休憩ついでにテレビをつけたら、特別番組になっているんだ。どうやら、江戸の外れにある刑務所から凶悪犯が脱獄したらしい。」
― 現場の花野アナです。お近くの皆さんはしっかり戸締りをしてテレビまたはラジオをつけたままにしてください。外出はできるだけ控えるようにしてください。逃走した受刑者の人数は…
あたりはマスコミが殺到し、ものものしい雰囲気だ。
「一人でもヤバいのに、集団って…。」
中継の途中で、脱走犯は最低でも六人と速報テロップが入った。
囚人の顔写真一覧が画面に映っているけど、どれも絵にかいたような極悪人の顔つきをしている。
― なお、未確認ですが、脱走犯数人が、『かぶき町』と話しているのを複数の受刑者が耳にしたとの情報が入っています。
「かぶき町…。」
「名前ちゃんが住んでるところだったね?」
「ええ、そうです。」
「そっちに逃げ込んでるといけないから、今日はお侍のお兄さんに迎えに来てもらいなさい。」
― なお、本日行われる予定でした、央国星のハタ皇子ご来訪記念パレードは延期になると先程幕府から正式に発表がありました。繰り返します、今から約一時間前に刑務所から少なくとも…
私の働いている店は、テレビもラジオも流していない。事務所兼控室に一台と、災害用の避難袋にラジオとポータブルテレビがしまってあるだけだ。
外に出た時に通りが閑散としていたのは、この事件が影響しているのかもしれない。
テレビを消すと社長さんは食べ物に手を付けず立ち上がった。
「物騒だからお店まで送っていくよ。」
「大丈夫です、横断歩道渡ってすぐじゃないですか、徒歩3分ですよ3分。それに私が配達した意味なくなっちゃいますし。」
「いいかい、こういう時は大人のいう事を聞きなさい。」
社長さんは有無を言わせないくらい語気を強めた。
「名前ちゃんに万が一のことがあったら、オーナーやご家族の方に顔向けできないからね。私は剣の腕はからっきしダメだけど、これでも柔術は毎週欠かさず道場に通ってるんだ。さあ、行こう。」
背中を押されるような形で私は社長さんと階段を降りた。
外に出ると昼なのに息が白くなる。
しあさってから4月になるけど依然として寒さは厳しい。
今年の江戸は例年より春が遅れていると結野アナが言っていた。
これじゃ桜の満開は来週以降になるねと、私たちは話しながら表通りへ出た。
一つ先の交差点の方に、パトカーと特殊車両数台のランプが点滅しているのが見える。
向こうで検問が始まったようだ、道路はひどく渋滞している。
横断歩道を渡ってお店に着くまでの短い間、話題に困ってしまったので、私は社長さんに一つ質問することにした。
「何でうちのオーナーさんは、オーナーってみんなから呼ばれてるんですか?喫茶店って普通マスターとか店長だと思うんですけど。」
「あの人は店の入ってるビルの持ち主だよ。だからオーナー。ビルの管理関係は息子さんに任せてるけど。」
「知らなかった…。」
「まあ、こんなのは自分からひけらかす事じゃないしね。仕事が落ち着いたら寄らせてもらうって、よろしく言っといて。」
「送って頂きありがとうございました。またのご来店お待ちしております。」
「名前ちゃん、お見送りは結構!すぐにお店に入りなさい!!」
社長さんは振り向かず小走りに帰って行った。
「ただいま戻りました~。」
ドアを開けるとオーナーさんがカウンターのテーブルを拭いていた。
「名前ちゃんお帰り、配達ご苦労様。少し遅かったね。」
「一緒に緊急特番を見てたんです。刑務所から集団脱走中で危ないから送ってもらいました。」
「そうかい…、社長さんは帰られた?」
「はい、仕事が落ち着いたら立ち寄ると言って帰られました。」
私はお金をレジに収納しようと思ったけど、ソファーにふんぞり返ったガタイのいい浪人がこちらを向いたので、注文を取りに行った。
「いらっしゃいませ、お決まりでしょうか。」
「…座れ。」
「ご注文は…?」
「座れと言っている。」
「あの…、お客様のご気分を害するような事申し上げたなら謝りま…
「嬢ちゃんよ、俺のいう事が聞こえねーのか!!」
男は立ち上がり私の腕をがっちりつかむと、持っていたメニューでほおを軽くはたいた。
「お、お客様…乱暴はやめてください。これ以上は警察を呼び…っ
「名前ちゃん…お願いだから…その人に従うんだ…。」
カウンターの方を向くとオーナーさんの首には別の男によって刀が突きつけられていた。