Day5-3 10月14日 夜 銭湯
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「名前ちゃん~まだアルか?」
浴場の大きな時計に目をやると随分と時間が経っていた。
体を洗っていたおばちゃんは、いつの間にかシートマスクして湯船に浸かってる。
「ごめん~今行く!」
あれ?
頭がクラクラしてぼーっとする。
うまく立てない。
目が回る。
「大丈夫?あらあら、のぼせちまったのかい?神楽ちゃん~!この子アンタの連れだろ?!神楽ちゃん!!」
浴場で立ちくらみを起こした私は、おばちゃんと神楽ちゃんに支えられて脱衣所にたどりつき、タオルを巻かれてイスに座らされた。
「大丈夫アルか?おばちゃん、サンキューアル。」
「あ、ありがとうございました。」
「名前ちゃん、江戸っ子の湯は熱めだから長風呂はのぼせるネ。」
おばちゃんは神楽ちゃんを一喝した。
「神楽ちゃん、この子に謝りな!」
「ゴメンアル…。」
「江戸に来て間もない友だちをほったらかしにしちゃいけないよ。銭湯の湯加減とか、かぶき町のしきたりとか、みんなに教わった事を、今度は神楽ちゃんがこの子に教える番だ。神楽ちゃんならできるね?」
「わかったアル…。おばちゃん、名前ちゃん、ゴメンアル。」
浴衣に着替えたおばちゃんは、バッグからアメが入った袋を取り出し、いくつか私に渡すと、
「名前さんって言うの?アンタもわからない事あったら遠慮せずに聞くんだよ。じゃ、またね。」
と、マッサージチェアの方に歩いて行った。
アメは湯あたりした状態で食べる気になれないけどもらっておいた。
神楽ちゃんはコーヒー牛乳の代わりにお水を持ってきて扇風機を私の方に向けると、番台の奥さんに私たちが遅れると伝言しに行った。
立ちくらみが収まってから、洗面台のドライヤーで髪の毛を乾かす。
鏡のむこうの顔は、入浴で血行が良くなったけど元気がないように見える。
私、疲れて精神的に弱ってるから、安易な方向に考えちゃったんだろうな。
銀さんがやさしくしてくれたのは、ほら、ホストファミリーとの心のふれあいっていうか。
つまり、英語がうまく通じなくて落ち込んでいる時に、手作りのカップケーキと自家製のハーブティーでなぐさめてくれる、体が大きくて太ったホストマザー的な、そんな雰囲気だ。
(ホームステイしたことないから想像だけど。)
他意はない。
一体何を期待してるんだ、私。
向こうに、そんな気全然ないだろうし。
普段なら、ちょっとやさしくされた程度で勘違いするなんて絶対ありえないし。
ガチでメンタルが弱ってきてるな…。
多分、長風呂でのぼせたせいだ。
そういうことにしよう。忘れよう。
そういや、こっちの世界に来てから、何日目になるんだっけ?
時間の感覚がつかめない。
今日まで何とかやってこられたのは、銀さんたちのおかげだ。
いい人たちにめぐりあえて本当によかった。
万事屋は、夢が覚めるまでの、いつか、元の世界に戻るまでの仮の宿。
銀さんたちは、見知らぬ町で暮らし始めた私にとってのホストファミリーだ。
帰国の日に涙ぐみながら、空港でハグして見送ってくれる、そんな感じの。
「名前ちゃん、お水お代わり飲むネ。」
「ありがと、でも、もうおなか一杯だよ。」
「大丈夫アルか?立っても平気アルか?」
「うん、大丈夫、そろそろ行こうか神楽ちゃん。」
平気平気と言う私を心配して、神楽ちゃんは顔をのぞきこんでくる。
ああ、
私はこんないい人たちを、だまし続けているんだ。
帰れもしない、あてのない家さがしに毎日付き合わせて、
警察に何回も問い合わせに行ってもらって、
とうとう、私の面倒をみているせいで時間がなくなり、仕事をキャンセルする電話を入れたのを不意に耳にしてしまった。
苦しい。
どうしたらいいのだろう。
こんなにやさしくていい人たちに。
私の真実を知ったら、この人たちはもっと苦しむ。
不可能だってわかっていても、私を助けようとする。
これ以上負担はかけられない。
いくら、「護る」って言ってくれても、「背負う」って言ってくれても。
気持ちだけ受け取ろう。
いつまでも甘えていたらダメだ。
そろそろ、けじめをつけよう。
でも本当に、これから先、どうしたらいいのだろう。
どうやったら元の世界に戻れるのだろう。
いつになったら、長い夢から覚めるのだろう。
2015年1月25日UP