Day4-2 10月13日 深夜 万事屋 和室
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―伝統の洋菓子を静謐(せいひつ)な空間で―
マルグレーテ洋菓子店 ★★★☆☆ 3.9
四方八方より、カレーと知性の香り漂う世界最大の古書街をくぐり抜けた外れに在る、創業九十余年の洋菓子店。
東京大空襲を奇跡的に免れた重厚な石造りの建物の扉を開けると、給仕嬢(※1)の呼称にふさわしいクラシカルな制服を身にまとった女性達が上品な微笑みと共に諸君を迎えてくれるだろう。
まずは、墺太利(※2)の維納(※3)で修業を積んだ、五代目店主の手によるザッハトルテを堪能し給え。
やや重た目の生地とチョコレートと生クリームが口の中で織りなす調和は、昨今の目新しさを追求するだけの新参者「スイーツ」に白手袋を叩きつけるかの如き、熟練の騎士の気高さ(※4)を端的に表現していると言えるだろう。
すべての温かい飲み物はアンティークの器で供されるが、人目をはばからずフェイスブック用に撮影するのは一流の男の振舞いから程遠い行為である、厳に慎み給え。
風の強い冬の日には温かいコーヒーに泡立てた生クリームとリキュールを加えて楽しむのがよかろう。
うだるような猛暑の午後には水出しアイスコーヒーで英気を養うのも賢い選択だ。
去り際には、やや小振りのシュークリームを手土産に買い求める事も強く推奨したい。(※5)
駅から離れているのが難点だが是非とも知っておくべき名店である。
願わくば、紳士諸君が可及的速やかに訪れ給わんことを。
※1ウェイトレス ※2オーストリア ※3ウィーン ※4中世欧羅巴(ヨーロッパ)における決闘の申し込みの合図。 ※5売り切れ次第終了、10個以上は前日までに要予約
― 読んだ?
喫茶スペースのお客様がお帰りになり来店者がとぎれたタイミングを見計らって、店長が雑誌の切り抜きを見せてくれた。
「誰ですかこの人。食べログの痛いレビュワー的な…。」
― 激しい雷雨で電車が数時間止まった日覚えてる?その日に、ケースのシュークリームを全部買ってタクシーで帰った二重あごの太ったおじさんよ。
「あの人時々来るけどライターさんだったんですね。」
― あなたのような若い人はインターネットの口コミサイトでお店を探すけど、おじさん世代は雑誌から情報を得る人がまだ多いの。しばらくの間は新規のお客様が増えるから、ケーキの内容を丁寧に説明してあげてね。
「はい!」
最後のお客様が帰ってから客足はぱったりと途絶えてしまっている。
混んだり空いたりじゃなくて一定のペースでお客様が来たらいいのにな。
そうこうしてると、誰かがドアをゆっくりとためらいがちに開けようとしている。
「あっ、お母さん…。」
お母さんは店長に「娘が大変お世話になっております。」とあいさつしてから私を手招きし「持ってきたよ。」と小声で言った。
― 今なら私一人で大丈夫、いってらっしゃい。
「すみません、ちょっと失礼します。」
私たちは店長の厚意に甘えて店を出た。
店の前は目立つので隣の神社の脇の小道に移動する。
お母さんは消費税値上げ前に駆け込みで買ったブランド物のバッグを持っている。
サークルの同窓会だから気合い入ってるなあ。
「ごめん~、ありがとう!」
― はい、言われた通りに持ってきた。携帯電話、財布、化粧ポーチ。つくづくお母さんも甘いなあ~。
「どうしてタクシーで来たの?」
― 誰のせいで迷って歩き回って足が痛いと思ってんの!!今夜は遅くなるからカレー温めてパパに出してあげて。この貸しは高くつくよ~!
「わかった、ありがとう!」
お母さんは説教もそこそこにタクシーに乗り込んでいった。
言っとくけど、道に迷ったのは方向音痴のせいで私のせいじゃないからね…。
店の前まで戻ると、ベビーカーのママが幼稚園児のおにいちゃんを連れてスロープから降りてきたところだった。
「いつもご来店ありがとうございます。」
子どもの目線に合わせるために、腰をかがめてあいさつする。
「ユウトくんこんばんは~。」
― こんばんは。おねえちゃんにごあいさつしなさい。
ママがあいさつを促すと、ユウトくんは恥ずかしがってママの後ろに逃げてしまった。
体を半分隠したまま、はにかみつつも小さい帽子を差し出してくる。
― 余程気に入ってるみたいで何処へいっても見せびらかすの。
「かわいいね~。かぶったところ見たいな~。」
ニコっと笑うとママの前に出てきて、ユウトくんは握りしめてた帽子をかぶろうと腕を上げた。
― バサッ
不意の風で、帽子が小さな手から離れてコロコロ転がっていく。
「ちょっと待って!取ってきます!」
とっさに捕まえようと走ったけれど、転がるスピードに追いついていけない。
帽子は車道に進入しようとしていた。
― 待って!おねえちゃん! 信号!赤!止まって!危ない!
ユウトくんのママの叫び声が聞こえて、私は歩道に引き返そうと振り返った。
ライトを点けたスクーターが目の前にいるのも気づかずに。
「うぁあああああ!!」
あれ、ここはどこだっけ?
そうだ、ここは…。
また、万事屋の天井だ。
目が覚めたのに、まだ夢の世界か…。
さっきまでの情景は、私が銀さんにはねられる直前の出来事だ。
間違いなく現実に起こった話だ。
でも時系列がおかしい。
不安のあまりフラッシュバックを起こしたのだろう。
となると、万事屋にいる今が夢の中だとしたら、あれは夢の中の夢で…?
段々わからなくなってきた。
何度目が覚めたら私の部屋の天井になるの?
いつになったら現実に戻れるの?
本当の私はどこで何をしてるの?
一体私に何が起きてるの?
怖い。
怖い。
怖い。
涙がじわっとにじんだら、今まで我慢していた感情が堰を切ったようにあふれだしてきた。
声を押し殺そうと口を押えたけど、嗚咽はもう止まらなかった。
時系列は以下の通り
主人公:この話(洋菓子店の情景)→ Day1-2
銀時:Day1-1 → Day1-2
2014年12月17日UP