ヒーロー

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カリカリとシャーペンを走らせる音に重なって、とくんとくん、と自分の心臓の音が聞こえる。
あと聞こえるのは、リエーフの吐息だけ。



夏休みの宿題を一緒にやろう、とリエーフに誘われたのはお盆に入る2日前だった。お盆の間は学校に誰もいなくなるので、体育館に入れない。部活もお休みだった。

リエーフは親の実家に帰る予定がなく、私の親の実家はどちらも首都圏なので、お互い東京を離れる予定がなかった。

夏休みに入ってからも部活が忙しかったので、宿題をやるタイミングはこのお盆しかない。断る理由なんかなかった。


「お邪魔しまーす・・・」
「おー!飲み物お茶でいい?持ってくるから先に俺の部屋行ってて!」

朝10時。少し緊張しながらリエーフの家に足を踏み入れる。リエーフの家の最寄り駅で待ち合わせて、途中で昼のお弁当を買ってからリエーフの家にお邪魔した。
家の中がシーンとしている。今日はお姉さんいないのかな。

「おまたせー!」

お茶のペットボトルとコップをお盆に乗せたリエーフが部屋に入ってきた。

「今日はお姉さんとかいないの?」

よいしょ、と座るリエーフに特に深い考えもなく聞いてみた。

「・・・」

リエーフから返事がない。リュックから教科書やノートを出す手を止めてリエーフに視線を向けると、リエーフが私を見て固まっていた。

「どうしたの・・・?」
「・・・誰もいないの、嫌だった?」

言われてみれば、男の子と2人きりっていうのはまずいのかな?
でも、不思議とリエーフは大丈夫だと思える。というか、安心感さえある。

「いや、べつに・・・」
「何もしないからな!絶対、あずさが嫌がることは絶対しないから」

大丈夫だよと言おうとしたら、リエーフが思い詰めるような顔をして遮った。
そんなつもりで聞いたわけではなかったから、私はリエーフを安心させようと慌てて首を振った。

「リエーフがそんなことする人じゃないってわかってるよ、大丈夫。宿題やろっか」
「・・・おう」

リエーフの表情が明るくなった。きらきらした目をして微笑むリエーフにつられて私も笑った。





「あーもうわかんない」

テーブルで向かい合ってお互い自分の宿題を黙々とこなしていたら、リエーフが声を上げた。
その声に顔を上げてリエーフの手元を見ると、リエーフは英語の宿題をやっているようだった。

あずさー、教えて」
「いいよー」

そう言ってリエーフのプリントをのぞき込んだが、逆さだと見にくい。

「見にくいからそっち行くね」

リエーフの隣に腰を下ろし、プリントを見る。
このプリントはもうやってあるので、どう考えればいいかすぐにわかった。

「これはさー」

リエーフに説明しようと顔を上げると、リエーフの真剣な視線とぶつかった。その目に捉えられて固まっていたら、リエーフの手が私の頭に伸びた。
リエーフの長くしなやかな指が私の髪を梳いて、後頭部をそっと押さえる。

あずさ、好き。俺と付き合って」

世界から音が消えた。心臓がとくとくいう音だけがやけに大きく聞こえる。
リエーフの瞳に吸い寄せられるように、唇の間から自然と言葉が漏れた。

「わ、私も好き・・・」

頬に熱が集まって、思わず目をそらした。私はそれだけを言うのが精一杯で、両手を握りしめ目をぎゅっとつむって沈黙に耐えていた。

「やったー!」

沈黙を破ってリエーフの声がはじけると、リエーフにがばっと抱きしめられた。
のしかかる温もりに戸惑いつつ、私も応えようとリエーフの背中に手を伸ばす。

あずさー」という喜びを孕んだ声が上から降ってきて、火がぽっと灯るように体が温かくなった。





2019.5.1
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