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高校生最後の夏休みが始まった。
受験勉強のために図書館に行って夕方家に帰ると、いつもと違う人がリビングで私を出迎えた。正確にはいつもいる母とその人なわけだけど。
「あずさちゃん、おつかれー!」
歌うようにそう言ったのは学校屈指の有名人、及川徹である。
「...どうしたの?」
及川くんとは小学校から高校までずっと同じ学校だった。でも、私は彼と住む世界が違った。彼はスポーツができて愛想もよく、みんなの人気者。一方私はぼんやりしていて人と話すのが苦手。小学校低学年の時は岩泉くんも一緒に遊んだこともあった気がするけど、及川くんが人の目を引くようになった小学校高学年の頃からはぱったり話すことすらなくなった。
「今から少し外出られる?散歩しようよ」
そんな及川くんが私を誘った。リビングには母がいるし、話しにくいということだろう。
私は「いいけど」とつぶやいて参考書の入ったリュックを床に置き、リビングを出ていく及川くんを追った。
「それで、急にどうしたの?」
さっきは返事をもらえなかったので改めて聞いてみた。すると及川くんは目を細めて、こちらを見た。夕日に照らされたその顔は、かっこいいはもちろんのこと美しいという言葉が似合う気がする。
「べつに~?なんかしばらく話してないなぁと思ってさ」
そう言って口を尖らせる及川くん。そんな顔をしてもなお、その顔はきれいだ。
「そう、だね」
否定できず、私は歩く爪先を見ながらつぶやいた。
「俺はさぁ、ずっとあずさと話したかったの!なのに、気がついたらよそよそしいんだもん。何なの?」
その自覚はあった。及川くんは中学、高校では特に人気があったから、話しかけるのが怖かった。自分なんかが話しかけちゃいけない気がした。
「...ごめん」
そう言うことしかできなかった。
及川くん家と私の家のちょうど間のところに、小さな公園がある。そろそろ夕飯時だからか、誰もいない。
公園に足を踏み入れると、及川くんが私の手首を引いてブランコに座らせた。
ブランコに座ったのなんて、小学生以来だ。なんだか少しだけ懐かしい。
「寂しかったんですけど」
ブランコを吊る金具を掴み、私に覆い被さるように立った及川くんが、切ない眼差しを向けて言った。
「だって、及川くん、キラキラしてて、私、話しかけちゃいけない気がして...」
言い訳めいたことを言ってしまったけれど、それは本心だった。
「あずさの性格的にはそうだろうなと思ってたけど」
そう言って及川くんは肩をすくめ、そして気を取り直して笑顔を見せた。
「じゃあ、とりあえず誕生日祝って」
知ってたでしょ?と及川くんが目で言っている。
もちろん知っていた。好きな人の誕生日はちゃんと覚えている。
「誕生日おめでとう、及川くん」
「やだ。昔みたいに徹って呼んで」
私の渾身のお祝いに、こんなケチをつけてくるなんて、及川くんは案外子どものようだ。
「...徹くん、誕生日おめでとう」
頬が熱かった。そんな私を満足そうに見つめると、及川くん、いや徹くんはとんでもないことを言った。
「じゃあ誕生日プレゼントで俺と付き合って」
まるでハートマークが語尾についてそうな言い方だったが、そんなことは気にならなかった。
すぐには声が出なかったが、私の選べる選択肢はひとつしかなかった。
2019.7.24
title:誰花
受験勉強のために図書館に行って夕方家に帰ると、いつもと違う人がリビングで私を出迎えた。正確にはいつもいる母とその人なわけだけど。
「あずさちゃん、おつかれー!」
歌うようにそう言ったのは学校屈指の有名人、及川徹である。
「...どうしたの?」
及川くんとは小学校から高校までずっと同じ学校だった。でも、私は彼と住む世界が違った。彼はスポーツができて愛想もよく、みんなの人気者。一方私はぼんやりしていて人と話すのが苦手。小学校低学年の時は岩泉くんも一緒に遊んだこともあった気がするけど、及川くんが人の目を引くようになった小学校高学年の頃からはぱったり話すことすらなくなった。
「今から少し外出られる?散歩しようよ」
そんな及川くんが私を誘った。リビングには母がいるし、話しにくいということだろう。
私は「いいけど」とつぶやいて参考書の入ったリュックを床に置き、リビングを出ていく及川くんを追った。
「それで、急にどうしたの?」
さっきは返事をもらえなかったので改めて聞いてみた。すると及川くんは目を細めて、こちらを見た。夕日に照らされたその顔は、かっこいいはもちろんのこと美しいという言葉が似合う気がする。
「べつに~?なんかしばらく話してないなぁと思ってさ」
そう言って口を尖らせる及川くん。そんな顔をしてもなお、その顔はきれいだ。
「そう、だね」
否定できず、私は歩く爪先を見ながらつぶやいた。
「俺はさぁ、ずっとあずさと話したかったの!なのに、気がついたらよそよそしいんだもん。何なの?」
その自覚はあった。及川くんは中学、高校では特に人気があったから、話しかけるのが怖かった。自分なんかが話しかけちゃいけない気がした。
「...ごめん」
そう言うことしかできなかった。
及川くん家と私の家のちょうど間のところに、小さな公園がある。そろそろ夕飯時だからか、誰もいない。
公園に足を踏み入れると、及川くんが私の手首を引いてブランコに座らせた。
ブランコに座ったのなんて、小学生以来だ。なんだか少しだけ懐かしい。
「寂しかったんですけど」
ブランコを吊る金具を掴み、私に覆い被さるように立った及川くんが、切ない眼差しを向けて言った。
「だって、及川くん、キラキラしてて、私、話しかけちゃいけない気がして...」
言い訳めいたことを言ってしまったけれど、それは本心だった。
「あずさの性格的にはそうだろうなと思ってたけど」
そう言って及川くんは肩をすくめ、そして気を取り直して笑顔を見せた。
「じゃあ、とりあえず誕生日祝って」
知ってたでしょ?と及川くんが目で言っている。
もちろん知っていた。好きな人の誕生日はちゃんと覚えている。
「誕生日おめでとう、及川くん」
「やだ。昔みたいに徹って呼んで」
私の渾身のお祝いに、こんなケチをつけてくるなんて、及川くんは案外子どものようだ。
「...徹くん、誕生日おめでとう」
頬が熱かった。そんな私を満足そうに見つめると、及川くん、いや徹くんはとんでもないことを言った。
「じゃあ誕生日プレゼントで俺と付き合って」
まるでハートマークが語尾についてそうな言い方だったが、そんなことは気にならなかった。
すぐには声が出なかったが、私の選べる選択肢はひとつしかなかった。
2019.7.24
title:誰花
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