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「おはようございます、岩泉先輩!今日もかっこいいです!」
「・・・・」
「あずさちゃん、おはよー!今日も元気だねぇ」
毎朝恒例、私の挨拶に答えてくれたのは男子バレーボール部の主将である及川さんだった。しかし、私が好きなのはその隣で眉根を寄せているバレー部副主将の岩泉一先輩だ。
私は1日1回は必ず岩泉先輩に「かっこいいです!」と憧れの気持ちをぶつけに行く。今日のように朝練終わりの昇降口や、昼休み中の廊下などで人目も気にせず突撃する。及川さんはおもしろがってくれるが、友人は「すごい勇気・・・」といつも絶句しているし、知り合いでもなんでもない人たちは軽く、いやドン引きしているようだ。
◇
岩泉先輩を好きになったのは昨年。私が高校1年生、岩泉先輩が2年生の時だ。
その日、うっかり寝坊した私は朝ごはんを食べる暇もなく、従って天気予報を見る余裕もなかったのだ。朝はとてもいい天気だったし、放課後のバドミントン部のロードワーク中も肌が太陽に焦がされそうなほど日がよく照っていた。それがどういう訳か、自主練で居残っていたら雨が降ってきたのだ。こんな日に限って折り畳み傘すら持っていない。同じ方向へ帰る友だちのいなかった私は昇降口で立ち尽くしていた。
その時、岩泉先輩が現れた。一緒に自主練をしていたと思われる及川さんも一緒だった。
「どうした。傘ねぇのか」
外へ出ない私を不審に思ったのか、岩泉先輩は声をかけてくれた。下を向いてはい、と小さい声で答えると岩泉先輩の手がにゅっと眼前に現れた。その手には黒いシンプルな折り畳み傘が握られている。
「これ使って帰れ」
「え、そんな、悪いです」
「じゃあ手ぇ出せ」
困惑しながらも岩泉先輩の指示に従って手を出すと、折り畳み傘がぽんと置かれた。
「え!?」
「気をつけて帰れよ、お疲れ」
そう言うと岩泉先輩は及川さんの肩をつかんで引きずって行った。「俺たち濡れちゃうよ!?どうするの岩ちゃん!」という及川さんに「うるせぇ。濡れて帰ればいいだろうが」と強気に返すのを、私はドキドキしながら見つめていた。
◇
「岩ちゃん、返事くらいしてあげなよ」
私の毎日の行動にすっかり閉口していた岩泉先輩に、及川さんがからかうような口調で言った。うっせーな、と及川さんに毒づくと岩泉先輩は私に向き直った。
「おはよう、久原。じゃあな」
そう言って上履きに履き替えると3年生の階へと消えていった。私の名前を知ってくれている。それだけで心が弾む。
「今日も岩ちゃん照れてるね~」
「いつも照れてるんですか!」
「そ。岩ちゃん、嫌なことは嫌って言うから、少なくとも嫌ではないみたい」
及川さんの言葉で私はますます舞い上がる。そんな私を見てニヤッとすると、及川さんは私に貴重な情報を提供してくれた。
「岩ちゃん、来月の10日、誕生日だよ」
「6月10日ですか!?心のノートに刻みました!あっ、でも手帳にも書きます」
鞄から手帳をだしていそいそと書き込む私を見届けると、及川さんは「がんばってね~」と言ってひらひらと手を振りながら去っていった。
岩泉先輩の誕生日、何をあげようかな。
◇
6月10日。私は悩んだ末、スポーツ用のタオルをあげることにした。岩泉先輩はバレー部だし、タオルならあっても困らないだろう。そう思って今日、シンプルなラッピングの施されたプレゼントを持ってきたのだった。
しかしほんの数日前、青葉城西のバレー部は県の決勝戦で敗れた。だからここ数日は、岩泉先輩も及川先輩も暗い顔をしており、いつものように「かっこいいです!」なんて能天気に声をかけられるはずもなく、でもやっぱり好きなので「おはようございます」とだけ声をかけていたのだ。
今朝も挨拶したけれど、朝練が終わるのはいつも始業ぎりぎり。プレゼントを渡す暇がなかったので、勇気を出して岩泉先輩の教室を訪ねた。教室まで押し掛けたことはないので、私だってさすがに緊張する。
「岩泉先輩、少しいいですか?」
「おう」
クラスの人に岩泉先輩を呼んでもらい、時間をくれるようお願いすると先輩はあっさりと体育館横まで一緒に来てくれた。ありきたりな場所を選んでしまったなぁとは思ったものの、他に人のいない場所が思い付かなかった。
「岩泉先輩、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとな。知ってたのか」
「及川さんが教えてくれました」
私がお祝いの言葉を述べると、岩泉先輩はふっと笑った。
「それで、これ、プレゼントです!よかったら使ってください」
そう言ってタオルの入ったラッピングを渡すと、先輩はありがとな、と言って私の頭をくしゃっと撫でた。
そんな先輩の大胆な行動に心臓をばくばくさせていると、先輩は「それで」とさらに衝撃的な言葉を口にした。
「お前のことはいつになったら貰えんだよ」
「え」
聞き間違いかと思って目をぱちくりさせていたら、岩泉先輩のまっすぐな視線にからめとられてしまった。しばらく見つめ合ったが、先輩が何も言わないので、私が沈黙を破った。
「い、いつでも差し上げますが...」
「おう、じゃあ今貰う」
先輩はそう言って、顔を真っ赤にした私を優しく、でも力強く抱き締めた。
初夏の風が、祝福するように私たちの頭上を吹き抜けた。
2019.6.10
title:誰花
「・・・・」
「あずさちゃん、おはよー!今日も元気だねぇ」
毎朝恒例、私の挨拶に答えてくれたのは男子バレーボール部の主将である及川さんだった。しかし、私が好きなのはその隣で眉根を寄せているバレー部副主将の岩泉一先輩だ。
私は1日1回は必ず岩泉先輩に「かっこいいです!」と憧れの気持ちをぶつけに行く。今日のように朝練終わりの昇降口や、昼休み中の廊下などで人目も気にせず突撃する。及川さんはおもしろがってくれるが、友人は「すごい勇気・・・」といつも絶句しているし、知り合いでもなんでもない人たちは軽く、いやドン引きしているようだ。
◇
岩泉先輩を好きになったのは昨年。私が高校1年生、岩泉先輩が2年生の時だ。
その日、うっかり寝坊した私は朝ごはんを食べる暇もなく、従って天気予報を見る余裕もなかったのだ。朝はとてもいい天気だったし、放課後のバドミントン部のロードワーク中も肌が太陽に焦がされそうなほど日がよく照っていた。それがどういう訳か、自主練で居残っていたら雨が降ってきたのだ。こんな日に限って折り畳み傘すら持っていない。同じ方向へ帰る友だちのいなかった私は昇降口で立ち尽くしていた。
その時、岩泉先輩が現れた。一緒に自主練をしていたと思われる及川さんも一緒だった。
「どうした。傘ねぇのか」
外へ出ない私を不審に思ったのか、岩泉先輩は声をかけてくれた。下を向いてはい、と小さい声で答えると岩泉先輩の手がにゅっと眼前に現れた。その手には黒いシンプルな折り畳み傘が握られている。
「これ使って帰れ」
「え、そんな、悪いです」
「じゃあ手ぇ出せ」
困惑しながらも岩泉先輩の指示に従って手を出すと、折り畳み傘がぽんと置かれた。
「え!?」
「気をつけて帰れよ、お疲れ」
そう言うと岩泉先輩は及川さんの肩をつかんで引きずって行った。「俺たち濡れちゃうよ!?どうするの岩ちゃん!」という及川さんに「うるせぇ。濡れて帰ればいいだろうが」と強気に返すのを、私はドキドキしながら見つめていた。
◇
「岩ちゃん、返事くらいしてあげなよ」
私の毎日の行動にすっかり閉口していた岩泉先輩に、及川さんがからかうような口調で言った。うっせーな、と及川さんに毒づくと岩泉先輩は私に向き直った。
「おはよう、久原。じゃあな」
そう言って上履きに履き替えると3年生の階へと消えていった。私の名前を知ってくれている。それだけで心が弾む。
「今日も岩ちゃん照れてるね~」
「いつも照れてるんですか!」
「そ。岩ちゃん、嫌なことは嫌って言うから、少なくとも嫌ではないみたい」
及川さんの言葉で私はますます舞い上がる。そんな私を見てニヤッとすると、及川さんは私に貴重な情報を提供してくれた。
「岩ちゃん、来月の10日、誕生日だよ」
「6月10日ですか!?心のノートに刻みました!あっ、でも手帳にも書きます」
鞄から手帳をだしていそいそと書き込む私を見届けると、及川さんは「がんばってね~」と言ってひらひらと手を振りながら去っていった。
岩泉先輩の誕生日、何をあげようかな。
◇
6月10日。私は悩んだ末、スポーツ用のタオルをあげることにした。岩泉先輩はバレー部だし、タオルならあっても困らないだろう。そう思って今日、シンプルなラッピングの施されたプレゼントを持ってきたのだった。
しかしほんの数日前、青葉城西のバレー部は県の決勝戦で敗れた。だからここ数日は、岩泉先輩も及川先輩も暗い顔をしており、いつものように「かっこいいです!」なんて能天気に声をかけられるはずもなく、でもやっぱり好きなので「おはようございます」とだけ声をかけていたのだ。
今朝も挨拶したけれど、朝練が終わるのはいつも始業ぎりぎり。プレゼントを渡す暇がなかったので、勇気を出して岩泉先輩の教室を訪ねた。教室まで押し掛けたことはないので、私だってさすがに緊張する。
「岩泉先輩、少しいいですか?」
「おう」
クラスの人に岩泉先輩を呼んでもらい、時間をくれるようお願いすると先輩はあっさりと体育館横まで一緒に来てくれた。ありきたりな場所を選んでしまったなぁとは思ったものの、他に人のいない場所が思い付かなかった。
「岩泉先輩、お誕生日おめでとうございます!」
「ありがとな。知ってたのか」
「及川さんが教えてくれました」
私がお祝いの言葉を述べると、岩泉先輩はふっと笑った。
「それで、これ、プレゼントです!よかったら使ってください」
そう言ってタオルの入ったラッピングを渡すと、先輩はありがとな、と言って私の頭をくしゃっと撫でた。
そんな先輩の大胆な行動に心臓をばくばくさせていると、先輩は「それで」とさらに衝撃的な言葉を口にした。
「お前のことはいつになったら貰えんだよ」
「え」
聞き間違いかと思って目をぱちくりさせていたら、岩泉先輩のまっすぐな視線にからめとられてしまった。しばらく見つめ合ったが、先輩が何も言わないので、私が沈黙を破った。
「い、いつでも差し上げますが...」
「おう、じゃあ今貰う」
先輩はそう言って、顔を真っ赤にした私を優しく、でも力強く抱き締めた。
初夏の風が、祝福するように私たちの頭上を吹き抜けた。
2019.6.10
title:誰花
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