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「あ、松川くん」
卒業式前の自由登校日。来てる奴はあんまりいないけど、俺はせっかくなので来てみた。クラスに、というよりは部活に思い入れがあって、この校舎に来るのも、体育館が見られるのもあと数日なんだな、と柄にもなく感傷に浸っていた。自分の教室でこの3年間の思い出にふけって、後輩たちに顔でも見せてから帰ろうかと廊下に出たら、話しかけられたのだった。
2年の時だけ同じクラスだった久原さんだ。話した記憶はほとんどない。久原さんはどちらかといえばおとなしい方で、クラスの中ではわりと元気なやつらとつるんでいた俺とは接点がなかった。
「お、久しぶり~。どうしたの?」
「よかった、会えて。これ、渡したくて」
そう言って久原さんが差し出したのは手の平サイズの白い紙袋。
「・・・?開けてみていい?」
「どうぞ」
中身を出すと、四つ葉のクローバーがラミネートされたしおりだった。端に空いた穴に緑色のリボンが通してある。
このクローバーを見て、3年生になってから一度話したのを思いだした。
◇
明るい時間に帰っていたので、部活のない月曜日のことだったと思う。帰り道にの途中にある公園の隅でうずくまる久原さんを見かけたのだ。遊具の少ない小さな小さな公園で、その時は遊んでいる子どももいなかった。
家近かったんだなーと思いながら通り過ぎようとしたが、足を止めてしまった。
久原さんが泣いていたのだ。
その泣き顔がなんだかきれいで、吸い寄せられるように近づいた。
「久原さん?ダイジョーブ?」
「ま、つかわくん、なんで・・・?」
「俺もこの近くに住んでるんだよね」
「あ、そう、なんだ」
ずず、と鼻をすする久原さんの横に一緒にしゃがむ。ティッシュを出して久原さんに差し出した。
「で、どうしたの。無理には聞かないけどさ」
そう言った俺を、涙を溜めた目で見上げる久原さん。いや、その顔はちょっとやばいな。ていうか久原さんかわいくないか?
そんな邪な考えなどつゆ知らず、久原さんはありがと、と言ってティッシュを受け取ると前を向いて鼻をかんだ。
「進路のことで、親とケンカしちゃって。家、帰りたくないなって」
「あー、なるほど。そういう時期だよなぁ。俺もたまに揉めるよ」
「・・・やっぱり?」
「うん。俺も受験勉強しなきゃいけないけど、1月の大会出たくてさ。インハイ予選終わってもまだ部活やってるから」
「バレー部、だよね」
「そうそう。何を選ぶかって、難しいよな。正解があるわけじゃないし」
話ながら、俺は足元の雑草を眺めていた。白詰草が群生している。学校のグラウンドとかでも、つい四つ葉を探しちゃうんだよな。
「・・・ほんとだよね。親が言う道が幸せとは限らないし、自分で決めた道だってそう」
「だなー。後悔の少ない方を、選べればいいんだけどな」
四つ葉があった。大抵見つからないのに。運がいいな。
「ありがとう、松川くん。元気出た。親と、もう少し話してみる」
そう言って久原さんは立ち上がった。その目にはもう涙はなく、頬にその跡が残っているだけだった。
「おう。がんばれよ。ほい、これ」
俺も立ち上がって、さっき見つけた四つ葉のクローバーを渡す。
「めずらしく見つかったわ。なんか縁起いいからあげる」
久原さんはそれを受け取ると、俺を見上げた。
「いいの・・・?私、なんにも持ってないや」
「いーって、俺のものってわけでもないし」
「・・・ありがとう」
久原さんがくしゃっと笑った。この顔、初めて見た。やっぱ、久原さんってかわいいな。
「松川くんもがんばってね!ばいばい!」
「おう。じゃあな」
◇
そうだ、あの時、クローバーを渡したっけ。久原さんとの短くも濃い思い出がよみがえった。
「もらったクローバーね、もったいないからラミネートして、今も取ってあるの。これは、あの公園で私が見つけたやつ。本とか読むかわからないけど、しおりにしてみました」
久原さんが控えめに笑った。わざわざ俺のために探してくれたのか。
「読む読む。ありがとな、久原さん」
「あの時何も返せなかったから、渡せてよかった」
「でも何で今日?」
受験で忙しかったからか四つ葉が見つかったタイミングか。でも卒業式なら確実に会えるのにな、と不思議に思った。
すると久原さんは固まって、頬を染めた。
「今日、誕生日でしょ?・・・2年の時、クラスでお祝いしてたの、急に思い出したから」
それだけだから、と帰ろうとする久原さんの手首を掴む。
何でこの子をずっと放っておいたんだろう。久原さんともう少し一緒に過ごしてみたいと思った。
「帰るんでしょ?一緒に帰ろうよ」
驚いた顔をして、より一層頬が赤くなる久原さん。えと、あの、と言いながらも最後は何を諦めたのか、「うん、帰る」と言ってくれた。これは脈アリというやつか。
この後俺たちがどうなったかは、また別のお話。
2019.3.1
title:ユリ柩
卒業式前の自由登校日。来てる奴はあんまりいないけど、俺はせっかくなので来てみた。クラスに、というよりは部活に思い入れがあって、この校舎に来るのも、体育館が見られるのもあと数日なんだな、と柄にもなく感傷に浸っていた。自分の教室でこの3年間の思い出にふけって、後輩たちに顔でも見せてから帰ろうかと廊下に出たら、話しかけられたのだった。
2年の時だけ同じクラスだった久原さんだ。話した記憶はほとんどない。久原さんはどちらかといえばおとなしい方で、クラスの中ではわりと元気なやつらとつるんでいた俺とは接点がなかった。
「お、久しぶり~。どうしたの?」
「よかった、会えて。これ、渡したくて」
そう言って久原さんが差し出したのは手の平サイズの白い紙袋。
「・・・?開けてみていい?」
「どうぞ」
中身を出すと、四つ葉のクローバーがラミネートされたしおりだった。端に空いた穴に緑色のリボンが通してある。
このクローバーを見て、3年生になってから一度話したのを思いだした。
◇
明るい時間に帰っていたので、部活のない月曜日のことだったと思う。帰り道にの途中にある公園の隅でうずくまる久原さんを見かけたのだ。遊具の少ない小さな小さな公園で、その時は遊んでいる子どももいなかった。
家近かったんだなーと思いながら通り過ぎようとしたが、足を止めてしまった。
久原さんが泣いていたのだ。
その泣き顔がなんだかきれいで、吸い寄せられるように近づいた。
「久原さん?ダイジョーブ?」
「ま、つかわくん、なんで・・・?」
「俺もこの近くに住んでるんだよね」
「あ、そう、なんだ」
ずず、と鼻をすする久原さんの横に一緒にしゃがむ。ティッシュを出して久原さんに差し出した。
「で、どうしたの。無理には聞かないけどさ」
そう言った俺を、涙を溜めた目で見上げる久原さん。いや、その顔はちょっとやばいな。ていうか久原さんかわいくないか?
そんな邪な考えなどつゆ知らず、久原さんはありがと、と言ってティッシュを受け取ると前を向いて鼻をかんだ。
「進路のことで、親とケンカしちゃって。家、帰りたくないなって」
「あー、なるほど。そういう時期だよなぁ。俺もたまに揉めるよ」
「・・・やっぱり?」
「うん。俺も受験勉強しなきゃいけないけど、1月の大会出たくてさ。インハイ予選終わってもまだ部活やってるから」
「バレー部、だよね」
「そうそう。何を選ぶかって、難しいよな。正解があるわけじゃないし」
話ながら、俺は足元の雑草を眺めていた。白詰草が群生している。学校のグラウンドとかでも、つい四つ葉を探しちゃうんだよな。
「・・・ほんとだよね。親が言う道が幸せとは限らないし、自分で決めた道だってそう」
「だなー。後悔の少ない方を、選べればいいんだけどな」
四つ葉があった。大抵見つからないのに。運がいいな。
「ありがとう、松川くん。元気出た。親と、もう少し話してみる」
そう言って久原さんは立ち上がった。その目にはもう涙はなく、頬にその跡が残っているだけだった。
「おう。がんばれよ。ほい、これ」
俺も立ち上がって、さっき見つけた四つ葉のクローバーを渡す。
「めずらしく見つかったわ。なんか縁起いいからあげる」
久原さんはそれを受け取ると、俺を見上げた。
「いいの・・・?私、なんにも持ってないや」
「いーって、俺のものってわけでもないし」
「・・・ありがとう」
久原さんがくしゃっと笑った。この顔、初めて見た。やっぱ、久原さんってかわいいな。
「松川くんもがんばってね!ばいばい!」
「おう。じゃあな」
◇
そうだ、あの時、クローバーを渡したっけ。久原さんとの短くも濃い思い出がよみがえった。
「もらったクローバーね、もったいないからラミネートして、今も取ってあるの。これは、あの公園で私が見つけたやつ。本とか読むかわからないけど、しおりにしてみました」
久原さんが控えめに笑った。わざわざ俺のために探してくれたのか。
「読む読む。ありがとな、久原さん」
「あの時何も返せなかったから、渡せてよかった」
「でも何で今日?」
受験で忙しかったからか四つ葉が見つかったタイミングか。でも卒業式なら確実に会えるのにな、と不思議に思った。
すると久原さんは固まって、頬を染めた。
「今日、誕生日でしょ?・・・2年の時、クラスでお祝いしてたの、急に思い出したから」
それだけだから、と帰ろうとする久原さんの手首を掴む。
何でこの子をずっと放っておいたんだろう。久原さんともう少し一緒に過ごしてみたいと思った。
「帰るんでしょ?一緒に帰ろうよ」
驚いた顔をして、より一層頬が赤くなる久原さん。えと、あの、と言いながらも最後は何を諦めたのか、「うん、帰る」と言ってくれた。これは脈アリというやつか。
この後俺たちがどうなったかは、また別のお話。
2019.3.1
title:ユリ柩
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