「匂いで過去の記憶や感情を呼び起されることがある……。嗅覚は感情を司る大脳辺縁系で処理されるからだというが、匂いじゃねぇ……声だ！　さっきの微かな声のインパクト、記憶が甦るのに充分な情報だぜ！」

「忘れられない恐怖感……！」

「見事に私たちの記憶も感情も呼び起こしたってわけだね……！」

「まさか、こんな場所でお会いできるとはな……」


トリコは一歩一歩ゆっくりと男性の元へ行く。何事も起きなきゃいいけど、私は代わりに小松さんの前に立った。


「食事中だったか？」

「ある食材を探してるんだ」

「食材？　なんの食材だ！」

「さあな……食べたらきっと思い出すと思うが……」


奴がロウソクに手をかざすと火がさらに強くなった。あいつの手、まるでマグマのように熱いっていうの!?　あのとき触れられても私が熱く思わなかったのは環境適応能力の成果、それともあいつ自身で調整してくれたのか……。

すると奴がこちらに顔を向け、一瞬のような気がしたけど観察するように私たちを見ていた。


「美食屋としても、料理人としても、あのときよりさらに成長しているな。直に見るとさらによくわかる……いいコンビだ。いや、いいチームと言うべきか」

｢｢｢！｣｣｣


立ち上がってこちらに来た奴はトリコよりも少し身長が高いから見下ろすように言った。でもそのせいで私たちの緊張はさらに高まり、トリコは拳を構え、私はブレスレットを薙刀に変形する。


「まさか、ここでやる気か!?」

「ああ……それもいいな」


二人の気が高まったのか……店が揺れてヒビも入り、皿もグラスも割れた。


「遅い……臨戦態勢に入るまでに0.5秒……軽く十回は死んでいるぞ」

「っ……！」


あんなにパワーアップしたのに、相手にとってはトリコの実力なんて足元にも及ばないってこと!?　トリコの顔には大量に汗も流れ、奴に比べて冷静を保つこともできないし、これが直接対峙したときの実力の差ってわけか……！


「心配するな、トリコ。今お前とやる気はない。その娘を連れて行く気にもな」

「っ！」

「誰が瑞貴を渡すか！」

「どうかな。さっきまでの時間の間、私はその娘を連れ去ることが何度もあった。よくそう言えるな」


私だって戦闘態勢になっているのに、運が悪ければあの短い時間で私はこの場にいなかったかもしれない……そう考えるとゾッとしてくる。


「私は本当に食事をしに来ただけだ。ただし、そう遠くない未来……必ず戦争が起こる。そのときは豊潤な産声を上げるＧＯＤと、濃厚に復活するアカシアのフルコースを賭けて――勝負だ、トリコ！」

「望むところだ――スタージュン！」


美食屋四天王・トリコと、美食會副料理長・スタージュン――この二人がいつか再び勝負するのも確実に来る未来。それは私たちや他の四天王が手を出すことができない、壮絶な戦いになるだろう。


「娘、私はお前にも純粋に興味がある。――美食會に来る気はないか？」

「ない！」

「相変わらず強情だ。なんならあのときの言葉を実践してやろうか？　『トリコの前から奪ってこそ、さらい甲斐がある』と言っただろう」

「『あのとき』？」

「っ、今のあんたは私をさらう気はないんでしょ！　だったら今すぐ美食會に帰って！」


トリコが何か勘づいたかもしれない。だけど、今はそれどころじゃないから私は奴に向かってそう言った。