「ハァ……目には全く見えない傷が……」

「確かにフグ鯨を捌いたときも、0.1ミリの傷が毒化してしまう。だから包丁の異常は早く気づかないといけないんだ」

「一流の板前は目ではなく、食材を捌く際の感触で傷の有無を測るだろ？　研ぎ師もまた――」

｢｢！｣｣


メルクさんが包丁を砥石に置いた途端、まるで包丁が輝き出した錯覚を受け、さら光を受けた影響でメルクさん自身も輝いて見えた。


「目ではなく、音や触感で包丁を研ぐ！」


スッ――シュリイィィイイン！


包丁を手前に一瞬で引いたあと、砥石を刃物で擦った独特の音が聞こえてきた！


「擦った音が、あとから!?」

「あの一瞬で音を出させないならまだしも、あとから出すなんてこんな高度な技を……！」

「ハァ…ハァ……フゥ……」


ホッとするメルクさんの顔には、さっきまでなかった汗が一気に噴き出ていた。


「わっ、スゴい汗！」

「それほど集中してたって証拠だね」

「はい。僕も難しい料理に集中しているときは気がついたら汗だくになったりするけど……」

「これほど滝のような汗が噴き出るくらい、今の一擂りは全神経を集中させたものだったんだ……」

「よし……できた……！」


包丁をチェックしたメルクさんは安堵の息を漏らした。


「フフッ。師匠ならこれくらい、汗一つ流さず研ぎ上げるんだけどね」


私は先代メルクさんがどんな人なのか、どんな風に仕事をしていたかはわからないけど、今目の前にいるメルクさんの作業には全身にスゴさが伝わるほどの感覚がした。どうやら小松さんも同じらしい。


「と、鳥肌が立ちましたよ！　スゴい！　感動しました！」

「この集中を百本近くも毎回やってるんですよね!?　その集中力と技術に憧れます！」

「そ、そうか？」

「世界一の研ぎを見ることができて、僕最高に幸せです！」

「私も、トリコの反対を押し切ってまで残った甲斐がありました！」

「あ、ああ……ありがとう……！」


人の目の前で研いだことはないのか、メルクさんは少し恥ずかしそうに笑っていた。でもでもスゴさが溢れ過ぎて、さっきのはやっと言葉にできたってくらいなんだから！


「実際には目にも止まらぬ速さだったので、何が起こったのか全く見えませんでしたけど……」

「速さにも秘密があるんですか？」

「研ぐスピードは包丁の質や用途、そして砥石の種類。あとは使う人のクセによっても変わるんだよ」

「ゆっくりの研ぎ方も、ぜひ見たいです！」

「私も！」

「うん、もちろん！」


シュインッ！


「ウッヒョーヒョヒョー！　鳥肌立ちまくる――っ!!」

「ちょっと、もう少し静かに……」

「あっ、ああ……ごめんなさい……」

「フフッ」


もう外は夜になっているけど、私も小松さんもメルクさんの技術に目が離せなかった。小松さんはハシャギ過ぎて怒られちゃったけどね。