「やっと一発ぶち込むことができたぜ」

「ハァ…ハァ…ハァ……」

「いや、正確には十発か」

「トリコ……貴様どうやって虫の攻撃から……!?」

「お前が瑞貴の匂いを嫌がる理由がわかったからだ。何か感じねぇか？」

「まさか！　この匂いは――精油！　エッセンシャルオイルか!?」


エッセンシャルオイル――植物が葉や幹を食べる虫から自分を守るために発散させている殺虫効果のある物質。千匹近くの昆虫に襲われて死を覚悟したトリコの体がフィトンチッドを発したのだ。グルメ細胞の自己防衛本能が働いたのである。

フィトンチッドは昆虫には害をもたらすが、人体には極めて優しい物質……森で癒しや安らぎが感じられるのは、このフィトンチッドのおかげなのだ。

トミーロッドが瑞貴の匂いを気にしていたのは、瑞貴が住んでいるのが『癒しの森・ヒールフォレスト』だからだ。入るだけで癒しの空気に包まれている森に住むから匂いが自然と染み付いているのだろう。


『よく戦ってくれた。ありがとう』

「戦いの最中(ｻﾅｶ)……俺たちの労を労ったトリコ……。あのときすでに、トリコの体からこの匂いは立ちのぼっていたのか！」


トリコと瑞貴が発する癒しの空気は、虫が嫌がる森の香りと同じ。トミーロッドの攻撃に脅威を覚えたトリコの本能が、自分の身を守るために発した成分だ。

命の危険を察したトリコのグルメ細胞が懸命にその成分を生産、フィトンチッドの成分である精油に近い匂いを体内で着々と分泌していたのだ。エッセンシャルオイルはアロマテラピーにも使われる癒しの香りでもある。


「俺の目の前に美しい森林が見えた理由は、この香りによる癒し効果によるものだったのか……。それに、フィトンチッドは森の中で木から木へ伝染する。トリコや瑞貴から俺にわずかな量が伝染したために、昆虫の動きが急に鈍くなったというわけか……」


マッチはトリコと瑞貴と共に行動をしていたため、木から木へ伝染するように、人から人へとフィトンチッドが伝染したのだ。


「これでもう、虫たちは襲って来ねぇ！　やっとお前とサシだ――トミーロッド！」

「…………」

「覚悟しな、こっからがガチの勝負！　本当の野生の俺は今までみたいに優しくねぇぜ！」


本気になったトリコにトミーロッドは今まで隠してきた牙を剥き出しにした。


「バカが！　僕の最も嫌いな匂いを垂れやがって……！　あの女の微かな匂いですら苦痛だったというのに！」


虫はもう使えないトミーロッドは、トリコと生身で勝負するしか他なかった。