引力に揺れて
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手はいよいよ秋月の腕を掴む事はない。すんなりと立ち上がった秋月は、そのスーツ集団に「おーい」と言いながら手を振っている。そんな秋月の姿を見たスーツ集団は、サボりですか、と叫んでいる。
「千早先輩が来てくれないと会議が進まないんスよ!」
「早く戻ってきて下さいよー。私たちも手伝いますからー!」
半ば泣き言を叫んでいるあいつ等は秋月の後輩にあたるのだろうか。アハハ、と軽く笑った秋月はさっさと俺の分も含めた代金を店に払い、荷物と日傘を椅子から拾った。
「すみません坂田さん。また仕事に戻りますね」
「暑いなかご苦労さん。ちゃんと水分摂れよー」
「アハ、アハハハハー…」
やけに気の抜けた笑い方が気になるが、秋月は足取り軽く走っていった。そして部下と合流して、ほんの少し話してから、くるりと俺の方を向いた。
「よい夏休みをー!」
「…………お前、左肘の所に宇治金時の色が染みついてんぞー!」
「……へ?……ぁぁぁあああ!!!!」
気づくのが遅い、と呟いた。
「うわ、ちょ、コレ、取れないんじゃ!?シャツから甘い匂いがするよー!」
「千早先輩!それは後でクリーニングに出して下さい!」
時間が迫ってきているのか、集団の中に居た1人の男がぐいぐいと秋月の腕を掴んで石段まで引っ張っていく。残りの部下も背を押したり、とりあえずあいつを現場に向かわせたい気持ちがよく分かる。
…………が、どうも変な気分だ。駅のホームで会った時、俺は簡単に秋月の腕を引っ張って人混みの中を進めたのに、今日になってあんなよそよそしくならなくても良いじゃないか。今は部下が掴んでいる秋月の腕は、つい最近まで俺が引っ張っていたような気がするのに……。
「………巣立ちの時か?」
秋月の親になった覚えは無いが、巣立つ子供を見送るのはこういう時なのかもしれない。あまり嬉しいものでは無いような気がする。秋月達の姿はもう境内には無く、気持ち悪いぐらい静かになったこの場所で俺は1人だ。奢らせてしまった、と後々思ったが、今はそんな事どうでも良いような感じだった。
「…千早先輩……か…」
部下に慕われるのは良い事だろう。でも妙に気になる。呼ばれ方とか、腕引っ張ったりとか…。
「(あいつ結局俺のこと銀さんって呼ばなかったな…)」
いつまで経ってもメソメソ泣いてる女じゃ無ェってか。んな事、分かってらぁ。残っているかき氷をまた食べながら、雨のように降り注いでくるような蝉の声を聞き、とある事を思い出す。
「新八の件で礼言うの忘れてた…」
くしゃり、とかき氷の山が崩れた。
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