夏は気まぐれ(下)
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スナックお登瀬に彼女が到着して、まず出迎えてくれたのはさっきの女性…つまりは、たまであった。
全く表情が変わらない美人に見つめられ、10秒ぐらいは対抗して目を合わせる事が出来たが、それ以上は無理だった。
「ぎ、銀さん!可愛い人が凄く見つめてくるんですけど!」
「あー、データでも取られてんじゃねぇの?」
カウンターに座り、既に酒を飲んでいた銀時がケラケラと笑った。たまがロボットという事は知らない彼女にとったらデータと言われても何が何だか分からない。
取り敢えず喧嘩を売られてるみたいにガンをつけられている訳ではなさそうなので、彼女はそそくさと銀時の隣へ座った。
「おや、久しぶりさね」
「あ、どーも。先日は急な頼みだったのにありがとうございました」
「家賃回収のついでだよ」
「で?ババアにミイラにされそうになったってか?こいつは既にミイラ化してるけどな。見ての通り死後200年は経っ……――」
「何言っとんじゃワレェェエエエ!!!!」
怒りの鉄拳もといウーロンハイのジョッキを銀時の脳天へ振り下ろした。
そして仕留めたウーロンハイを彼女へと渡す。
「え?銀さんが最初から頼んでくれてたんですかね?」
「あんたウーロンハイが好きなんだってね」
「ええ、そうなんですよ!でもどんなお酒だって飲めますよ~!」
全くそんな風には見えない無邪気な笑顔。てっきり酒は弱いと思ってたよ、とお登瀬は言った。何しろそのウーロンハイは銀時の注文によって特別な割合で作られたものだからだ。
「ウーロン茶が99.9%のウーロンハイで良かったのかィ?」
「それ最早只のウーロン茶じゃないですか!!!!」
「銀時がそれを作れって言ったんだよ」
「酷いです銀さんお酒が大好きな私に対する嫌がらせですか!!」
机に沈んだ銀時を無理矢理起こし、胸ぐらを掴み半泣きで揺さぶった。ミイラチョップを受けて瀕死状態だった銀時も、彼女の声を聞いて少しずつ目が覚めてくる。
まあ酒好きの彼女からしたら只のウーロン茶を飲まされるというのは寂しいだろう。
だがしかし。
彼女の中に眠っているなまはげはある一定のアルコール量を超えたらむくりと起き上がり、そして店の酒という酒を飲み尽くすのだ。それも周りをなんやかんやと巻き込みながら、普段は見せない満面の笑みでボトルを振り回す。真撰組局長にも無理矢理酒を飲ませたし、穏便派であれど攘夷志士との飲み比べ対決を繰り広げていた。あな恐ろしや。
スナックという環境で酒を我慢させるというのは拷問に近い。なので0.1割のチューハイは銀時のせめてもの優しさだった。
残念ながら彼女は納得出来ず、ほぼウーロン茶のそれを軽く飲み干しハイボールをたまへと要求した。忠実なたまがそれに逆らう筈も無かった。
「たま!やめろって!」
「何がやめろなんですか。酷いですよ銀さん」
「確かにスナックで普通にウーロン茶飲まれんのも味気ないさねぇ…」
「割り方はいかが致しましょう」
「貴女のオススメで!」
「了解しました」
今やキャサリンよりも仕事を覚えているたまは、酒飲みが好きな酒の作り方をよく分かっている。
出来上がったハイボールを彼女は笑顔で受けとり、3分の1までいっきに煽いだ。ご機嫌に彼女の顔は赤らむが、隣の銀時の顔は青ざめるばかり。銀時に全く興味のないお登瀬も「どうしたんだィ」と声をかけてしまう程に…。
「素敵な飲みっぷりです」
「美味しいお酒を作って下さったからですよ~!」
「銀時様とお付き合いしている女性は酒飲みというデータを記録致しました」
「あ、千早っていう名前もついでにいれておいて下さい~」
そしてまた煽る。
「しょっちゅう飲みに行ったりするのかぃ?」
「そうですねえ……同僚とはたまに行きますね!」
再び煽る。
「あ!でもお酒は好きなんです!飲み会の空気とかも良いですよね!」
お約束で煽る。
「お酒を飲むと冬でも体がポカポカしますよね!」
最後の一口をあお……
「待て待て待て待てェェエエエエ!!!!」
彼女の手からジョッキを奪えば「ああん」と可愛らしい声を出して口を尖らせる。まだ一口分残っているので、返してくれと言わんばかりに手をのばす。
「未だかつて無いぐらいのスピードで飲んでませんかお姉さん!!?」
「銀さんが飲もうって言って下さったんじゃないですか!言葉に責任を持って下さいよね!」
「まさか最初からこんなに飲むとは思わねぇだろーが!!」
「フフフ、私を舐めてもらっちゃ困りますよ」
「いや舐めてなんかいません寧ろ危険視してます」
「どういう意味ですかそれぇー!」
残りは銀時が一口で飲み干した。泣き真似をする彼女の前にはウーロン茶が出される。
「時間はまだまだあります。ゆっくり飲めば良いのですよ」
「うぅ……」
たまがご丁寧にストローまでさしてくれていたので、彼女はそれをくわえて大人しくお茶を飲み始めた。隣には何故か勝ち誇った様な顔で自分だけ酒を飲んでいる銀時の姿が。
子どもでもあるまいに、風流に浴衣を着た大人2人が揃いも揃って何やってんだ、とお登瀬は思う訳だが、夏の夜は静かにしなければいけないという決まりは無い。似てる様で似ていない銀時達を観察しているのは何処か楽しかった。
いつまでもしつこく銀時がニヤニヤしているので、怒った彼女が反撃に出る。乾き物として出されていたピスタチオを手のひらに乗せ、ありったけの怒りを人差し指にこめたデコピンをピスタチオに込める。その怒りの弾は見事に右眼に直撃して、店に絶叫が響き渡った。
「ちょ、てめっ、この野郎ォォォオオオオ!!!!」
「あーっはっはっは!!意地悪する者は最後に痛い目見るって決まってんですよ!」
「お二人はとても仲がよろしいのですね」
「仲が良い様に見えました!?」
「ええ、とても」
ギャーギャー騒いでいた2人だったが、たまの言葉を聞いて思わず動きが止まる。5発目として発射されようとしていたピスタチオもお皿の上に戻された。
取り敢えず彼女が乱れた襟元をただし、隣に座る銀時を見た。彼はわざとらしく目をさすり痛い痛いを言っている。あまり気にせずに、もう一度たまへ向き直った。
「私達仲が良いですか…?」
「はい、羨ましいぐらい仲が良いと思います」
「でも私いつもからかわれてばっかりなんです」
「ですが銀時様が千早様の事を大事に思ってらっしゃるのは端から見てもよく分かりますよ」
たまは表情を大きく変えたりはしない。どんな言葉でも、いつも整った素の表情で話すのだが、嘘をついていないのは何故か相手に伝わるのだ。
それはもちろん彼女にも伝わった様で、決して目を離さないたまの瞳に捕まってしまい、言葉の意味を理解した途端足元から恥ずかしさが込み上げてきた。
「そ、そんな事をそんな綺麗なお顔で真っ直ぐ言わないで下さい……!」
遂には耐えられなくなって顔を背けてしまった。
「嘘ではありませんよ千早様」
「照れているんですか千早様」
「どさくさに紛れてうるさいですよ銀さん!またそうやって私をからかう!」
真っ赤な顔で言い返してみるが、完全にペースを掴んだ銀時はニヤニヤとするばかり。本人が否定も肯定もしないあたりがずるいが、兎に角たまは嘘は絶対につかない。
その時、店のドアが開いて新八が入ってきた。
「あ、居た居た。銀さん、お仕事の電話が入ってるんですけど…」
「えぇぇええ」
「はいはいそんな事言わずに行ってあげて下さいっ!」
渋る社長の背を押して、心優しき眼鏡の子に引き渡す。恨みがましい目で見られたがジョッキを持った手でにこやかに笑い返した。
お登勢はそんな2人の様子を見て、間柄にずいぶん変化が起こったもんだと感心した。初めて彼女と会った時は、銀時に対する言動はモゴモゴとじれったいものばかりだった様な印象だったからだ。
「千早様は」
「はい?」
ハイペースで既に4杯目のチューハイを煽る彼女に、たまが声を掛ける。今日は珍しく客が居ないので、誰かにプライベートな内容を聞かれる心配が無い。
「銀時様のどこに惚れたのですか?」
「………………はい?」
坂田銀時という男は、たまの中で色んなデータを日々蓄積させる。わかりやすく言うと、幾つもの顔を持っているのだ。
時に自堕落で、時に乱暴で、無鉄砲でお金にだらしなくて、いつまで経ってもジャンプから卒業出来なくて………そんな反面、情に厚くて、周りを放っておけなくて、自分の事より誰かを優先する面だって持ち合わせている。
機械であるたまにとって人間というのは不思議な生き物。そのど真ん中に当たるのが、沢山の顔を持つ銀時だった。一体どこに惹かれて惚れたのかは、単純にデータ蓄積の為に気になる事だった。