夏は気まぐれ(上)
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坂田家では夏の昼ご飯は素麺が多い。簡単だし、一気に沢山の量を作れるし、冷たいし。味には飽きてくるが、作る側としてはクソ暑い昼から手の込んだ料理なんて作る気にならなかった。
と言う訳で万事屋のお母さん(新八)は今日も大量の素麺を食卓のど真ん中へと置いた。
「え~今日も素麺アルか~」
「我が儘言わない!まだ沢山あるからおかわり自由だよ」
反論をピシャリと言いのけて、坂田家の昼食が始まる。部屋の隅では、少しでも体を冷やそうと壁に体を押し当ててばてている定春の姿があった。そろそろ扇風機では乗り切れないぐらい、江戸の夏も毎年厳しいものになってきている。
「お姉ちゃんの家ならクーラーがあるのにな~良いな~私も欲しいアル~」
定春と同じく若干バテ気味の神楽は、だるそうに語尾をのばしながらも、やはり素麺を皿に取り寄せる事は止めない。食欲があるのは良いが、頬は熱中症患者の様に真っ赤っかだった。
「クーラー買う金なんて無ぇーの」
「リサイクルショップで安いの買いますか?これじゃあ家の中に居た方が熱中症になっちゃう可能性が高いですよ」
そう言って新八が玄関から持ち出してきた気温計は37℃を示していた。湿度も70%超えていてかなり蒸し暑い。熱中症を引き起こす好条件が万事屋に揃っている。
銀時だって買えるものなら買いたいが、今月は仕事があまり無いのだから仕方ない。ここは彼女に甘えて冷房の効いた家にお邪魔したいが、掃除してないから駄目、と断られそうな気がした。
だがそろそろ神楽が限界を迎えそうだ。相変わらず素麺をすすっているが、この食欲もいつ止まるかは分からない。
頭の中で脳みそが蒸されているのがよく分かる。一生懸命考えてもお金が降ってくる訳もなく、今はただ素麺をすする事しか出来ない。その内暑さにやられて鼻から素麺をすすってもおかしくないぐらい意識が朦朧とした瞬間がきたが、テレビから聞こえてきたCMの声にフと目をやった。それは夏ならではの物を宣伝しているもので、女性達の楽しげな声が蒸し暑い万事屋に響いていた。それは暑さでうなだれている銀時の頭に、一つの猛暑逃避法を浮かばせたのだった。
その日の夕方、アパートの前までたどり着いた時、彼女の携帯がおもむろに鳴った。かけてきている相手にまた若干の怒りを思い出しながらも、軽く呼吸を整えてから通話ボタンを押した。
「もしもし?」
――あ、お姉ちゃん?今から万事屋遊びに来るヨロシ!
「あら、神楽ちゃん。…って、今から?」
――お祭りネ!
「祭?」
はて、今日は夏祭りの日であったかと思いながらも、用件だけを言われて電話はすぐに切られてしまった。昨日も遊びに行った身ではあるが、神楽に頼まれてしまっては断るのも少し可哀想な気がしたのだ。
着替えるのは面倒で、彼女は家に入らないまま駐輪場まで行き、慣れた感じでスーツのまま自転車に跨り万事屋を目指した。言われた通り、土産は今日は止めておこうと思いながら。
万事屋についても日はまだ落ちていなくて、寧ろ暑すぎる夕暮れを突っ走ってきた。流れ落ちてくる汗を腕で拭いながら、万事屋の階段下に自転車を止める。盗られない様に鍵もしめて、籠に突っ込んでいた荷物も持った時ちょうど1階にあるスナックから1人の女性が出てきて見事に目が合ってしまった。しばらく2人で見つめ合い、どちらからともなく「こんばんは」と頭を下げた。
「あ、もしかして階段下に自転車止めない方が良かったですか」
「いいえ、銀時様もたまにスクーターを止めていらっしゃるのでよろしいかと」
「(銀時様!?)そ、そうですか…ありがとうございます。じゃあ私はこれで…」
まばたき一つせずに見つめられ、少々怖じ気づいた彼女は逃げ腰で階段を上がっていったのだった。
「(様付けとは中々だったな………っていうか今の可愛い子は一体誰?)」
見た事ある様な無い様な、取り敢えずご近所さんだろうと勝手に納得して、昨日も来た万事屋のインターホンを押した。すると中から足音が聞こえて、ドアを開けるや否や腰元に抱きついてきたのは神楽だった。
「いらっしゃいアル!」
「昨日ぶりだね~。あ、今日はまた可愛らしい格好してるじゃないですか~」
いつものお団子ヘアは後ろで一つに結い上げられ、チャイナ服よりは動きにくそうだが真っ赤な金魚があしらわれた紺生地の浴衣姿の神楽が嬉しそうに顔を見上げてきた。
「似合うアルか?姉御にもらったネ!」
「姉御…?ああ、新八君のお姉さんか。うんうん、よく似合ってるよ!可愛い!」
「じゃあお姉ちゃんも着るアル!」
「うんうんそうだね~。……んん!?」
聞き捨てならない台詞に眉を潜めたものの、神楽の怪力によって背を押され既にリビングに足を踏み込んでいた。
そこにはいつもの袴姿とは違う浴衣姿の新八が居て「こんにちは」と声をかけてくれた。
「わー!新八君もよく似合ってるね!」
「ありがとうございます。1年ぶりに着たんで、少し丈が短くなっちゃって不格好じゃないかなって心配してたんです」
「いやいや!寧ろその成長加減がお姉さんとしてはとても嬉しいよ!」
「今日は浴衣祭アル!」
「あ、祭ってそういう意味ね…」
自治会が行う大それたものではなく、坂田家の坂田家による坂田家の為の浴衣祭。確かに暑苦しい洋服よりは通気性も良いし、何より気分的に涼しく過ごせそうだ。
彼女はてっきり神楽の発案だと思いきや、CMを見て思い立ったのは銀時らしい。
「へぇ、意外だね」
「どうしてです?」
「銀さんって浴衣とか着ないイメージがあったから」
「俺だって浴衣ぐらい着るっつの」
手前の襖が声と同時に開けば、なるほど確かに浴衣姿の銀時が暑そうに団扇で仰ぎながら出てきた。顎には汗がつたっている。
「お前らなぁ!着付けてやった俺への配慮は一切無しか!」
冷たいお茶用意するとか色々あんだろ、とぶつぶつ文句を言いながらソファーへ座る。そしてスーツ姿の彼女を見て一言。何その暑苦しい格好。
カーン、と頭の中でゴングの音が鳴り響いた。恐らくは昨日の怒りスイッチが再び押されたのだろう。
細い腕で浴衣の胸ぐらを掴んだその素早さといったら中々のものだった。
「あと3秒以内に謝罪しなければ私の鉄拳が唸ります」
「そんなに怒る事かよ!?」
「さーん…」
「お、俺は暴力には屈しねぇ!!」
「にーち」
「にーち!?何それ!2なの!?1なの!?どっち!?」
「くらえスペシャル右ストレー…――!!」
「悪かった俺が悪かった何に対して謝ってるかよく分かんねぇけど悪かった!!!!」
彼女の迫力に負けて物凄い勢いで謝った銀時はなんとか一命を取り留めた。
そそくさと新八の後ろに隠れた「何あのお姉さん超怖いんですけど」とヒソヒソ耳打ちをしている。
「喧嘩しないで下さい。余計に暑くなっちゃうじゃないですか」
「俺は静かに過ごしたいのにあのお姉さんが勝手に暴力を振るってくるんです助けて下さい」
「今こそ私のロケットパンチを喰らうがいい」
「ホラ!今の聞きました!?ロケットって言いやがりましたよ!拳をこっちに飛ばす気ですよ!」
「はいはい」
2人の(と言うか彼女からの一方的な)喧嘩を相手していたら、せっかく気分的に涼しくなったものが台無しになる。少しずつ日も陰ってきたので、ここは気を利かして新八は神楽をつれてスーパーへ出かける事にした。昨日買い込んだ食品が全て彼女のブラックホール並の胃に収まってしまったのだ。
「じゃあ僕たちスーパーに行ってきますね」
「え!?あ、私も行くよ!寧ろ私が…」
「お姉ちゃんは浴衣着て待ってるヨロシ」
夕方になっても暑さでへばっている定春だけは残し、2人はさっさと夕飯の調達に行ってしまった。
それよりも気になるのは神楽の言葉だった。
「浴衣…?え、私も着るんですか?」
「こっち来て好きなの選べ」
「えぇ!?」
先程銀時が出てきた部屋には、ずらりと並べられた女物の浴衣があった。色やデザインは今流行っているものとは違い時代を感じられるが、保存の仕方が良いのか、逆に年季の入ったこっちの着物の方が浴衣らしい不思議な魅力が漂っている。
「こんなに沢山……どうしたんですかコレ」
「下のスナックのババァに貰ったんだよ」
「へぇー」
「折角だし、何着か貰ってけば。残ったもんは質屋に売るし」
実家に一着だけ浴衣はあるが、今借りている部屋に浴衣は無い。並べられた日本が誇る夏の衣装を前に素直に目を輝かせていると、それを眺めていた銀時が「それで?」と急に顔を覗き込んできた。
