夏は気まぐれ(上)
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恋は女を強くする?
いいえ、それは違うのです。女は例え恋じゃなくても強くなれるのです。
例えばどうしても欲しい物がある時なりふり構わず働いたりするでしょう?
恋というのは強化システムの一部な訳であって、もっと他にも強くなれる要素は日常にあるのです。
そしてそのきっかけは、思わぬ時にやってきます。
テレビを見ている時、ご飯を食べている時、お風呂に入ってる時、眠ろうとしている時、働いている時……どれも何気ない日常ですよね?女を強くするスイッチは、今刻まれている一分一秒に潜んでいて、結果的に私は、昨日スイッチを押されてしまったのです。彼の何気ない日常の一言で。
――お前、最近太った?
「は……腹立つぅぅぅううう!!!!」
彼の分身とも言える週刊少年ジャンプをまずは真っ二つに引きちぎってやった。
本日は月曜日。職場の休憩所に新しいジャンプが置かれたばかりで、恐らくまだ誰も読んでいないだろうけど、そんなもの知ったこっちゃない。今の私をコンビニなんかに連れていってはいけないよ?店先のジャンプを全部引きちぎっちゃうからね。
「何その怪力!?何その般若顔!?って言うかまだみんな読んでなかったのにィィイイ!!!」
周りの悲鳴を聞き流し、引きちぎってやったジャンプをゴミ箱に放り込んだ。少しは気が晴れたけど、まだ少し足りないな。誰かリンゴ、リンゴ持ってきて、今なら絶対に片手で捻りつぶせるから。
事の発端は昨日の午後、神楽ちゃんから電話をもらって私が万事屋さんに遊びに行った時だった。
新八君は買い物に出掛けていて、いつもながらキュートさ全開の神楽ちゃんが玄関で迎えてくれた。銀ちゃんも中に居るヨ、とサラリと言われて妙に照れてしまったものだ。この家の暖かい家族の空気にはまだ少し慣れなさそう。
…まあ、そんな感じで居間には銀さんがソファーに寝転びテレビを見ていた。私の顔を見て「よぉ」といつもの気だるそうな声で軽く手を上げられる。それに応えるように私も右手に持っていた袋を見せる様に返事をした。途端に良い年した大人の目が輝くのだ。この瞬間が見たいが為にお土産として甘い物を買っているといっても過言ではない。
同僚から美味しいと聞いていた水羊羹を早速切って、新八君が帰ってきたら食べようねと言おうとした矢先で銀さんと神楽ちゃんの取り合いの喧嘩が始まった。どっちも同じ大きさだから構わないと思うんだけど、と仲裁してみても、彼等はミリ単位の大きさで言い争っていたのだ。あーハイハイ、好きなだけ言い合いなさい。
と、よくよく見てみると、彼等の前に置かれている羊羹より私のものが少し大きい気がする。だったら一番大きいのを神楽ちゃん、次に大きいのを銀さんにするという形で収めれるんじゃないかという名案が浮かぶ。銀さんは大人なんだから、それぐらいはやっぱり我慢しなきゃね。
最初は渋々といった感じだったが納得はしてくれたみたいで、新八君が帰ってくるまでしばしお預けタイムとなった。テレビを見て、他愛もない話をして待っていると、銀さんは爪楊枝で羊羹をつつきながらこう言った。
――別に来る度に何か買ってこなくても良いからな?
あら、甘いものが大好きな銀さんがそんな事を言うなんて…。
――家族に会いにいくのにお土産なんて買わないネ!でもたまになら酢昆布よろしくアル
たまにはやっぱり買ってきて欲しいんだね、しかも酢昆布。
けど、そう言ってもらえたのは正直ありがたい。なにぶん一人暮らしなもので、毎月の生活は余裕があるものでもない。銀さんだけならまだしも、食べ盛りの子ども達の量を考えると結構な痛手に繋がるのだ。
私はその申し出を素直に喜び「ありがとう」と言った。毎回はもう買ってこないけど、評判のお菓子を聞きつけたら買ってきますと言えば、銀さんは口角を上げて笑った。
今でも少しずつ少しずつ、銀さんに惚れている。もの凄い表現に聞こえるかもしれないけど、彼の一つ一つの動作に一々ときめいている自分が居るのだ。今よりもっと魅力的な女になれるように頑張らないと…!
恋は女を強くするって言うけど、それは本当の事らしい。今の私なら何でも出来そうー!!!と、はしゃいでいた時だった。話の行方が青と白のコントラストがはっきりしている美しい晴れ間から、暗雲立ちこめる嵐寸前へ向かっていったのは…。
――それにしても、美味い甘味屋よく知ってるよな
――周りからそういう話をよく聞きますし、一時甘味屋巡りが趣味の時もあったんですよ
――へぇ
――休日になったら、雑誌とかで見かけた甘味屋さんによく出掛けてたなぁ…
――今は行ってねぇの?
――はい。どうしてですか?
――いや……これ言ったらお前に殺される
――やだなぁ!そんなに物騒な女じゃないですよ私は~
――そうか?
――そうですよ!気になるから言って下さい
じっと目を見つめ返せば、銀さんもジト目で視線を返してくる。神楽ちゃんが興奮した様子で「見つめ合って何するアルか!?チューか!?」とはしゃいでいるが、そんな羊羹みたいな甘ったらしい空気は微塵も無い。
そして銀さんから発された言葉はそのまま、私の強化スイッチを押したのです。
――お前最近太った?
「何でばれたのよォォオオオオ!!!!」
頭を打ちたい。頭を打って記憶を飛ばしたい。最近怠けて軽い運動(主に通勤中のウォーキング)をしなかったあの自堕落な生活の記憶を消し去りたい。そして埋めてほしい。そこに穴があるのなら誰か私を埋めてくれぇぇえええ。
「おい、今度は頭を抱えて項垂れてるぞ」
「今日の秋月おかしいよな」
「そう?いつもおかしいと思うけど」
「そう言われてみればそうかも」
「とにかく近づかない方が良いわよ。下手に刺激したら、ゴミ箱に捨てられたジャンプみたいに引きちぎられちゃうかもしれない!」
「おー怖」
それぞれのデスクに隠れ、好き勝手言っている周りの声なんて聞かないふり。
私が今しなければいけない事は、まずデリカシーを何処かに落としてきた銀さんへの怒りを発散させる事と、その後に明日に向かって頑張る力を蓄える事。
それ即ちダイエットへ成功への活路を歩いていく力と見つけたり!!!
「ちょっと、今度は天に向かって両手を挙げだしたわよ。どういう事?」
「天井か?天井に何かあるのか?」
「もしかしたら悪魔とか呼んでんじゃねぇの…!?」
「まさか」
「ジャンプを引きちぎったのもきっと悪魔を呼び出す儀式的な何かだよ」
「マジで。ちょ、もっと離れようか」
書類やクリアファイル、ゴミ箱の蓋などを盾にしながらコソコソと離れていく周り。好きに怯えるが良いわ!私はとにかくダイエットをするって決めたの!怒りのパワーをポジティブに変換して、本格的な夏に向けてパーフェクトボディを手に入れる為に私頑張る!!
「よしっ!頑張るぞ!」
いつもの声音で意気込んでみれば、正気に戻ったのか、と失礼な事を聞いてきながらも同僚達が集まり出してくる。
冷静になって見渡してみれば結構暴れてしまっていた様で、オフィス全員の人達が何かを盾にしながら私の様子を窺っていた。
「あー、どうもどうも、ご迷惑おかけ致しました」
「良かったー戻ったんだねー」
「うん!じゃあ取り敢えずコンビニのジャンプを全部引きちぎってくるね!」
親指を立てて言い切った私に「やめてぇぇええぇぇ」と止めてくれた周りの大絶叫は上下の階まで響いてたんだとか…。
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