歌舞伎町美禄物語【三】
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何この状況、と銀時が呟いたのは、奇妙な4人(1人瀕死状態)の酒盛りが始まって2時間が経とうとしていた時だった。
「おかわりぃい!!!」
「よ!姉御!日本一!!」
「お妙さぁぁあああん何故俺の愛が届かないんですかぁあああ!!!!」
顔をアルコールで赤らめた3人が、妙に冷静な銀時を取り残して酔っ払い道を突き進んでいく。近藤に至っては、立ちあがり頭を抱えて唸っている。頼むから大人しく座ってくれ、という銀時の声は居酒屋の喧騒に紛れてしまう。
しかしまあ百歩譲って、近藤の奇行は置いておこう。問題は銀時の隣に座る彼女である。頬はチークを塗りたぐったようにピンクに染まり、緩みきった笑顔で終始声を上げて笑っている。典型的な笑い上戸に出来あがっていた。
「次は焼酎のロックいっちゃおうかなー!?」
「オヤジー!姉御が焼酎を御所望でィ!!」
「ちょーっと待とうか沖田君」
空にしたジョッキの数はもう分からない。全て華奢な彼女の胃と肝臓に吸収されたのかと思えば恐ろしかった。
おかわりを催促する彼女の手からジョッキを奪い取り、沖田用に頼んでおいたウーロン茶を代わりに持たせれば、口を尖らせて「え~」と言う。
「お前飲みすぎだから」
「まだまだですよ~」
確かに呂律もしっかりしているし、目の焦点もちゃんと合っている。変化した点を強いて上げるとなれば、多少の恥じらいというものが無くなった様な気がする。今もそうだ、じーっと銀時の顔を見つめて視線だけでアルコールを催促している。ここまで長く見つめられると逆に銀時がいたたまれなくなってしまい、油断した隙に運ばれてきた焼酎を奪い取って一気に半分まで飲みきった。
「おま…!」
「ぷひゃー、おいしー!銀さんも飲みます?」
「今日は近藤さんの奢りですからねィ。流石近藤さん!」
「何故だお妙さぁぁああああん!!」
何が楽しくて酔っ払いの面倒を自分が見なければいけないのか…。こんな事になるなら、自分も潰れるぐらい酒を飲んで酔っ払えば良かった、と後悔しても遅い。隣に座る彼女を見ていると、どうも家まで送るハメになりそうで、自分だけはしっかり意識と理性をアルコールに持っていかれないように心がけてしまう。
ようやく座った近藤の顔は相変わらず泣きぬれていて、彼女がケラケラ笑いながら彼のビールジョッキに自分の焼酎を注ぎ込んだ。それいけチャンポンだー、とはしゃぐ彼女に、良い飲みっぷりですぜィ、と沖田。たちが悪い。
「駄目だこいつ等、完全に出来あがっ…………ん?」
そう言えば、何気なく交わした言葉の中に感じるフとした違和感。
「お前、今……」
聞き間違いでなければ「銀さん」と呼ばれた様な気がした。
「?どうかしました?」
「……ちょっと俺の事呼んでみ?」
「坂田銀時さん」
「じゃなくて」
「銀さん」
「………」
「?間違ってました?」
「……合ってます」
いつもは散々照れるくせに、今夜に限ってはサラリと言いのける。照れという感情は完全に何処かへ消えてしまったらしい。
銀時はしばらく考えて、おもむろに彼女に右の掌を見せてみる。それを見た彼女は小首を傾げて、乗せろという事なのかと判断して少し赤く染まった小さな手を重ねた。数時間前まではろくに手も触れない・繋げない状態だったというのに。
「(…こりゃ…相当酔ってんな……)」
呆れ顔で自分を見てくる銀時に彼女はヘラヘラ笑いかけ、呑気に「さあ飲みましょう」と上機嫌で酒を煽る。
今回の目的はそもそも眠れる獅子にあった訳だが、そんな事彼女にとってはどうでも良いらしい。同じく上機嫌の沖田と一緒に近藤の心の傷を広げている。
「元気出して下さい!女の人なんかこの世には沢山居るんですよ!失恋がなんだって言うんですか!って言うかゴリラでも失恋するんですね!あははははは」
「酷くない!?俺だって好きでゴリラ顔に生まれてきた訳じゃねーやい!!」
「ゴリラじゃない近藤さんなんか近藤さんじゃありやせん」
「俺の存在価値って何かな総悟君!?」
「大体もう何度もフラれてるんですよね。キング・オブ・失恋ですよ近藤さん!凄い!」
「全然凄くないからァァアア!!もう何この子ォオ!!」
「悪ィな、この姉ちゃん酒が入ると笑いながら刃物を持って(心の傷を)ブッ刺してくる癖があるみてーだわ」
「ごめんなさい近藤さん、傷ついちゃいましたよね。取りあえずごめんなさい。近藤さんは失恋したけど、私は今幸せですから安心して下さい!!」
「どの要素に安心感があるの!?何一つ安心出来ないんですけどォ!?」
「私の幸せを分けてあげます!!ね、銀さん!」
「あ?」
「特別に銀さんを貸し出しても良いですよ近藤さん!!」
「え~?銀時を~?」
「あははは、絶対ェいりやせん」
「ブッ殺すぞテメー等!!!!!!」
勝手に貸し出しOKとされて、しかし拒否されて、踏んだり蹴ったりな銀時。
その隣で彼女が机上にある酒という酒を飲み干し、やがて突っ伏してしまった。気分が悪いのかと声をかけてみたが、返ってきたのは穏やかな寝息だけ。
どうやらバッテリーが切れたのと、アルコールの睡眠作用が相成って眠り上戸へと変わったらしい。振り回されっぱなしの時間からもようやく解放される時が来たのだ。
「あり?寝ちまいやしたかィ?」
「こんだけ飲みゃ眠くもなんだろ」
「え~つまんねぇの~」
「君ね、調子乗って飲ませんな」
「姉御が勝手に飲んだだけでさァ。しっかしよく飲みやしたねィ…」
こちらも睡眠状態に入った近藤の懐から再び財布を取り出し、足りなかったら旦那も出して下せェよ、となんとも恐ろしい事を言われた。
居酒屋の中は相変わらず賑やかで、沖田の声も油断すれば聞き逃してしまいそうなぐらいの盛り上がりの波があちらこちらで発生している。急に彼女の酒から解放されては妙に寂しい気もしたが、起こしたら起こしたでややこしそうなので、若干此方側に倒れ込んで来ても体勢を戻させたりはしなかった。右腕に寄りかかる頭の重みに思わず頬が緩みそうだったが、沖田の手前なのでおちょこを煽って誤魔化した。
「にしても、まさかお二人が付き合ってるたァ驚きですねィ」
「…………」
「何ですかィその目は。俺は最初から知ってやした」
「ああそう」
やはり、からかわれる為にこの居酒屋に引きずり込まれたのだろう。
ならば、彼女が素面でなくて良かったと改めて思った。いつも通りの彼女が沖田の冷やかしを受けていたなら、それはもうオーバーリアクションを通り越してカメハメ波も撃ち出せるんじゃないかと思う。へたしたらドドン波だってありえる。
呑気に銀時の右腕に頭をすり寄せて眠っているが、目を覚ましたら今夜の事を覚えているのだろうか。さっきまでの会話を思い出してみれば散々惚気ていた様な気がする。それはどうやら沖田も気付いていたらしい。
「姉御は今幸せらしいですぜィ」
「らしいな」
「旦那を貸し出しても良いって言ってやしたね」
「そーですね」
「つまりは、姉御の幸せは旦那にあると」
「そーですね」
「今度また姉御をからかって良いですかィ?」
「いいともー、…な訳あるかァァアアア!!!おま、こいつの照れ隠し半端ねーから!道端で関節技かけてくるぐらいだから!その内ドドン波出してくるから!!」
「そりゃ楽しみでさァ」
沖田の唯一の誤算は、彼女がお酒を飲むと少し人格が変わる事だった。理性と恥じらいはアルコールに飲まれ、銀時の方が寧ろ大人しい様に見える。ありとあらゆるお酒を華奢な体に取り込んで、今眠っているのはバッテリーが切れたのか、はたまた充電中なだけなのか…。
肘をつきながら、銀時は自分のペースを保ちながらお猪口を煽る。時間的に、そろそろ家に帰した方が良いのではとも考えていた。
「万事屋で寝かせるんですかィ?」
「いや、こいつの家の玄関に放り投げてから帰る」
「へぇ~……ベッドに寝かせてやるのが紳士ってもんでしょう」
「駄目駄目、ンな事したら優しくしてやれる自信がねーから」
「店員さァァアアんここに狼がいまァアァァアす!!!」
「うるせェエ!!!!!…ったくよー、これで今日の事覚えてねーっつったら銀さん泣くぜオイ」
「貴重なデレでしたねィ…。大丈夫でさァ、俺が覚えとくんで。姉御が忘れてたら俺が言います」
「なんて」
「ベッドでは優しくしてやれない」
「お前ほんっと死ね!!」
何でそこを掻い摘んで話すんだよ、と大声で突っ込めば、彼女が身じろいだ。タクシーを使って帰るのもバカにならないので、可愛そうだがこのまま起こして腕を取って帰る、という方法を選んだ銀時は声をかけながら肩を控えめに揺らしてやった。
「あー、起きそうですねィ……。…そもそも、旦那達は何で歌舞伎町なんかに…?」
「今日、眠れる獅子の話になって、それで探すがてら飲みに行こうって事になったんだよ」
「眠れる獅子に会いたいんですかィ?」
「コイツがな。俺は別に」
「ああ、それなら無理な話ですぜィ」
「何でだよ」
何かを知ってる風な言いぶりに、銀時は怪訝そうな顔で沖田を見る。一方彼は王子様スマイルで笑いながら、銀時の隣で眠る彼女を指差している。
「姉御」
「は?」
「姉御が、その眠れる獅子でさァ」
「へー、そうなんだ。こいつが伝説の眠れる……え、えぇぇぇえぇぇえええぇぇ!!!!??」
ひときわ響く大声に、流石の彼女も目を擦りながら眠そうな顔を腕から少し上げた。まだ寝ぼけている様で、比較的ゆっくりな瞬きをしながらぼんやりとしている。
そんな事よりも、隣で大酒ショーを繰り広げていた彼女がまさかの歌舞伎町の伝説とは知らず、銀時は驚きのあまり思わず後ずさった。
「知らなかったんですかィ?…でもまあ、知ってる人って少ないんでさァ。姉御と飲んだ事はあっても、巷の噂じゃあ眠れる獅子は大男ですから」
「か、仮にこいつが眠れる獅子だったとしよう沖田君」
「仮じゃなくて本物ですぜィ」
「っつっても、そんなに驚く程飲んでた訳じゃなくね?大酒飲みならもっと飲むんじゃねぇかなー、って……」
一般的に考えたら彼女はよく飲んだ。だが、伝説に残るにはまだ足りない様な気がして、徐々に体を起こし始めた彼女のぼんやりとした目に「本当にお前なのか」という視線を投げかけてみる。
冷や汗混じりの銀時と、寝ぼけている彼女の奇妙な見つめ合いは数秒続いた。
「旦那~、残念ながら真実でさァ」
「信じらんねー…」
「……あ、一つ言い忘れてやした」
一体何を言い忘れていたというのか。銀時は彼女から目そそらさずに、何だ、と返事をした。
「眠れる獅子は、起きた後が怖いんですぜィ」
ポツリと落ちた言葉に一瞬時が止まる。再び動いたのは銀時の懇親の叫びからだった。
「はよ言えやァァアアアア!!!!」
既に80%は頭が起動してきた彼女を急ぎ腕の中に閉じ込めて、手は幼子をあやすように背中を一定のリズムで優しく叩いた。
「おま、こっからどうやって寝かしつけりゃー良いんだよ!!」
「知りやせん。旦那が勝手に姉御を起こしたんでしょうよ。…眠れる獅子の名前の由来は、その通り獅子が寝る、からついてんでさァ。起きている間は鯨飲の如く歌舞伎町の酒を飲み尽くし、眠ってる間は嵐の前の静けさの様に静まりかえる、まさしく生きる伝説でさァ!」
「何その良い笑顔!すんげー腹立つんですけど!!他人事はやめよう!寝かしつけるの手伝って!!」
「え~面白そうだから起こしやしょうよ~」
「冗談じゃねぇ!歌舞伎町の伝説に、2人で太刀打ちが出来る訳が……!!」
こうなったらやけくそで子守唄でも歌ってやろうかと思ったが、銀時のあやしも虚しく、彼の暖かい腕に包みこまれて至極上機嫌な”獅子"が目を覚ましていた。自分を見上げてくる潤んだ瞳、程良く赤に染まった頬、目と目が合った瞬間は思わずときめいた。ときめいたが、それも一瞬の話。満面の笑みでほほ笑んだ彼女は、銀時にこう告げた。
「この店のありとあらゆるお酒を持ってきて下さい」
これからがパーリィの始まりだぜ、とも取れる発言に銀時は目眩を覚えた!疲れが10上がった!無気力が2上がった!返事がない!ただのしかばねのようだ!!
眠れる獅子を探しにきたつもりが、まさか眠れる獅子と共に酒を飲んでいたとは!!
銀時の不幸に向かいに座る沖田は爆笑!!
さて、歌舞伎町を闊歩する眠れる獅子謁見作戦はどうなる!!
次回へ続く!!
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