神様が笑ってる
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真赤な顔で握った拳を机の上に置き、多少前のめりになって俺を睨んでくる秋月。なんだっつんだよ。
「何で、訳分かんない事ばっかり…」
「悪かったな訳の分かんない事ばっかりで。反省すりゃ良いんデスカー?」
「バカにしてるんですか!?」
「誰がするかよ」
俺がおちょくってるとでも思ってたのかコイツは。そもそも俺は睨まれるような事はしたか?そんなにキスが嫌だったってか?あ~未遂で良かったですね~、そう言えば満足かバカヤロー。
「なんで、そんなに、私に対して……!」
「仕方ないだろ」
間髪いれずに突っ込んでやった。
仕方ないだろ。他人行儀みたいに呼ばれるのも、頼ってもらえないもどかしさも、全部全部お前のせいだ。お前がこの世の中に、俺の近くに居る限り、それは仕方ないんだよ。
「仕方ないって何がですか…!」
「好きなんだから、仕方ねーだろ」
言葉に出せば、何故だかホッとした。
好き、誰が、俺が、コイツを。
餓鬼みたいに一つずつ確認。好きだから仕方ないだろ。我ながらなんて自分勝手な言い分だろうか。
すっかり溶けたアイスは器の中でジェラート状になっている。苺のソースと絡み合ってマーブルみたいになって、俺がスプーンでかき混ぜてみれば徐々に色が馴染んでくる。左手で頬杖をつきながら食べる気がうせたアイスを弄ぶ。さて、目の前の女はどんな顔をして俺を見ているだろうか。きっと口を「あ」の形にしたまま固まっているに100円。
目線だけをずらしてみれば、なんと顔の赤らみがひいた秋月の姿があった。え、マジでか、と口にして驚きたかったが、そんな言葉さえも胃に引っ込む程の光景が目の前にあった。
それはもう夏の夕立ちの様な大きな水の粒が双眼からボタボタと零れている。嗚咽も声も上げずに泣いているから、目の前の女が「泣いている」と気付くのに少し時間がかかった。
「ちょ、おま……!」
瞬時に頭の中で巻き戻しが起こった。どの場面でこいつの涙の地雷を踏むような言動・行動があったのか。どれだけ巻き戻しをして、たまに再生して過去を振り返っても情けない事に原因が分からない。思わず机の端にあったナプキンを数枚渡した。
「うぅ……化粧が崩れる…」
「んな事どうでも良いっつの!取りあえず泣きやめ!」
「駄目です化粧が崩れたら坂田さんに顔向けられないぃぃいい」
「この数日で散々お前のスッピン見てますけど?」
さすがに寝込んでいる時にまで化粧をする力は無かったらしく、布団にくるまってスヤスヤと眠る姿は想像以上に幼かった事を思い出す。その事実に今更ながら気付いたこいつは「そうだったぁぁあああ」と嘆いている。
と言うか化粧だ何だというのは別に良い。俺が今話したい事はそうではなくて、何故急に泣き出したかが知りたいのだ。
「………坂田さんは」
「………なんだ」
鼻を啜る音に混じり、こいつは頑なに俺の事を坂田さんと呼ぶ。もう訂正するのも面倒になって、こいつの言葉の続きを待った。
「……ずるいです」
「はぁ?」
「いつも、飄々としてるくせに、言う事は言うし」
「誰がいつ飄々としてたんだよ」
「年がら年中してるじゃないですか!」
「失敬な!鈍感な奴にとやかく口出しされたくねーわ!!」
「誰が鈍感なんです!?」
「お前だよ!」
「失敬な!」
急に始まった口喧嘩に店の女将らしきオバサンも遂に出てきて「まあまあ」と宥めながら茶を二つ出してくれた。
「お茶でも飲んで落ち着きなさい。痴話喧嘩かい?」
喉の所にまで押し込んだ冷たい茶を思いっきり噴き出してしまった。汚い、というこいつの悲鳴は俺の咳こむ声で聞こえなかった。痴話喧嘩と例えられる様な喧嘩を今までした事がない。そもそも女とこんなに張りあった事がない。
小娘だなんだと心の中で言っておきながら、俺は結局感情をむき出しにしてしまう程こいつに必死なのだ。
「ゲホ…。…あー、これは痴話喧嘩とかじゃなくて…」
一体なんという名前の喧嘩だろうか。
相手の欠点を言いあう大会?そんな趣味の悪い催しを開いた覚えは一切ない。俺は、俺にとって随分大切な言葉をこいつにぶつけた様な気がするが、結局気のせいか?いつの間にか話がレールからずれてしまった事を感じる。もう良い、今日はこの話は一切止めだと諦めた瞬間、思わぬキッカケで再び話は戻って来た。
「ええ、痴話喧嘩です。今ケリをつけるんでもう少し我慢して頂けたらありがたいです」
「あっはっは!今は他にお客さんがいないから構わないよ。好きなだけおやり」
何故か楽しげに笑いながら女将は店の奥に引っ込んでいってしまった。ついでに俺の頭に浮かぶいくつもの疑問符も一緒に持っていって欲しい。
目の前に居る女が、今何を肯定したかが分からなかった。俺は相当間抜けな顔をしてるのだろうが、涙で目と鼻を真っ赤にさせてズビズビ言わせているこいつに意識を全て取られてなんの対処も出来ない。
「ではお言葉に甘えて。とことんやろうじゃないですか痴話喧嘩」
「……痴話喧嘩…」
「そうです、痴話喧嘩です」
「…………お前意味分かって言ってる?」
「分かってますよ。"男"と"女"のするたわいない喧嘩でしょう。私と貴方がする喧嘩に名前をつけるなら、“痴話喧嘩”になるじゃないですか」
「……いや……なってくれたらそりゃ有りがたいが……ん?有りがたい?」
「何ですか。有りがたくないって言うんですか。今更取り消しですか、クーリングオフですか、私は誰に返品されれば良いってんですか」
ボロボロと涙が目から零れ落ちている様に、こいつの口からも言葉がどんどん飛び出してくる。一体それはどんな意味で言っているのか。聞いてしまうのは酷く恥ずかしい様な気がして、俺は取りあえず驚いた顔のままこいつを見る事しか出来なかった。
「………グスン………急に言うなんて吃驚するじゃないですか…」
「俺も色んな事に吃驚しすぎてついていけてないんですけども…」
さっきまで程良く口の中に広がっていた甘味が、今じゃとんでもなく甘く感じた。世界中のありとあらゆる甘味が粘膜を通して染み込んでんじゃねぇかと疑ってしまう程甘い。水を飲んだってそれは変わらず、その甘味が遂に心臓や脳にまで達したのが分かった。視界がピンクになるのは押さえようと奮闘するが、染み込んでくるこの甘さはどうにか出来るものではないらしい。
秋月は俺から視線を逸らし机に突っ伏してしまった。今なら羞恥で死ねる、と呟いたのを聞いて思わず笑ってしまった。
都合良く解釈して良いのだろうか、期待していいのだろうか。その想いも今の笑いで全て外に吐き出されてしまった。髪からのぞく耳が未だ真赤なのも妙に面白くて散々笑った結果、心に残った想いは「良かった」という気持ちに似た安堵勘だった。中々どうして近くに居るようで居なかった奴に、今やっと手が届く範囲にまで近付けた気がした。
「いっその事一思いに止めをさして……!」
「そんなもったいねぇ事誰がするか」
やっと鈍感の城壁をぶち破って伝わったというのに、そんなもったいない事誰がするか。暫くの間鼻をすする音が聞こえていたが、ややあってゆっくり上げられた顔は泣きぬれていた。
今まで出会ってきた人間で、こうも泣かれた事は中々無い。こいつが泣き虫なのか、それとも俺が泣かせてしまっているのか理由は定かではないが、こいつが泣く目の前に俺が居て良かったと思う。誰か他の男の前で泣かれるなんざ理由がどうであれ胸糞悪い。あの時、駅のホームで俺が腕を取ったのは間違いではなかったのだ。
「それはつまり、どういう事ですか」
一瞬ずっこけたい気分になった。ここまできといて更に言葉を求めますか貴女は!?俺だってなァ、恥ずかしいんじゃァァアアア!!……と叫んでやりたかったが、涙に濡れた瞳を見て、これ以上余計な、遠まわしな言葉は必要ないと思った。近づきすぎず離れすぎずの距離で見ていた瞳は俺の本当の気持ちを全く写していなくて、どうしてくれようこの女、と何度頭を抱えた事か…。それでも今、まっすぐ俺を見てくれている。居心地悪そうに視線をそらす事もなく、真っ直ぐに坂田銀時という人間を見てくれているのだ。遂に体全体に広がった甘さの余韻はここ数日取れないのだろうなぁとボンヤリ考えた。
しかしこの期に及んでどういう事ですかとは言ってくれる。どうもこうも無いだろう。お前が一番よく分かってくれてるんじゃねーの?
雰囲気もへったくれも無いが、この際そんなのはどうでも良い。もともとの出会いに雰囲気も何も無かったのだ、今改めて場所や周りの空気等よんでも仕方がない。耳の穴をかっぽじってよーく聞けよ、俺の苦悩の日を終わらせると同時に、報われさせてくれる言葉だ。余計な言葉は今更要らないが、いつもみたいに真っ赤な顔で、それでも笑ってくれたらそれで良い。
「それはつまり、好きって事ですね」
一瞬瞳孔が揺らいでいるのが見える。俺の言葉を何とか飲み込んで腹に収めたのか、数秒の沈黙の後首から額まで徐々に赤くなっていくのがまじまじと分かり思わず笑ってしまった。怒られるかと思ったが、それにつられてコイツも綺麗な顔で笑ってくれたから、まぁ良しとしてやろう。
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