神様が笑ってる
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ところがどうだ、言った後も展開なんてものはなかった。恋の神さまとやらが存在するのなら、あれぇ!?と声を上げて驚いたに違いない。
何だコイツは、小学生か、幼稚園児か。俺のあの言葉を聞いて多少は態度を見せてくれても良いじゃねーか。一方的に気持ちを押し付けて相手に答えを求めるのも可笑しな話だが、イエスならイエスなりの、ノーならノーなりの態度を取ってくれれば俺も動けるというのに…。思い切って何度かそれなりのカマをかけた事はあるが、その度にコイツは顔を真っ赤にするだけ。そんな反射的反応を見せられても、俺は都合よく受け取っていいのかそれとも「照れ屋なのかコイツは」と冷静に分析して良いのか分からない。困った、というレベルではない。参った。
「…ん、……さん!坂田さん!」
「へ?あ、何?」
何度も呼ばれていた事にどうやら気付いていなかったようだ。大丈夫ですか、と何故か心配されてしまった。俺から言わせたらアンタの方が心配の対象だと胸を張って言える。
「ボーッとしてますね。疲れてらっしゃるんですか?」
「(誰のせいだと思ってんだ)」
「しっかり休まないと駄目ですよ」
「どの口が言いやがる」
自分の体を顧みず頑張る選手権たるものがあるなら、こいつは間違いなく上位入賞を果たすだろう。口を開けば相手の事ばかりで、数日間己が熱で苦しんでいた事などいとも簡単に宇宙に飛ばす。明日から早速仕事に行くのだろう。もう倒れても今度は頼ってこねー限り面倒は見ない!!
「坂田さん」
だから銀さんだって。
「お世話になったお礼に、甘いものでも食べていきませんか?」
思いがけない誘いに、一瞬足が止まってしまった。どうしました、と言いたげに小さく首を傾けて秋月も止まった。
喜んで良いのか、期待して良いのか、それともただの社交辞令なのか分からない。複雑なものを腹に抱えた今、正直糖分を摂ろうという考えには至らないが、せっかくの誘いを無下に扱う訳にもいかなかった。私の奢りです。秋月は綺麗に笑ってそう言った。
近くにあった甘味屋に入れば、店内は忙しさのピークを終えた後なのかひっそりとしている。天井の裸電球が柔らかく店内を照らしていて、思いがけず良い店を見つけたと喜んだ。通された場所に座り、品書きを適当に眺めてみればこれまた嬉しそうにそれを眺めている秋月の姿が目の前にある。
そういやクソ暑い時に神社の境内でかき氷食った事もあったっけ?降り注ぐ蝉しぐれを聞きながら、風流に、とは言わないが他愛のない話をしながら口に運んだ氷。あの時にはもう、俺はこいつに惚れてたいたのだろうか。
「坂田さんは何食べます?」
「苺パフェ」
「じゃあ私は抹茶白玉にしようかな…。…すみませーん、注文良いですかー」
しばらくして出てきた苺パフェは甘酸っぱさ加減が絶妙で、どうやら抹茶白玉も美味かったらしく、一個口に運ぶ度に顔が綻んでいる。餅みたいに柔らかそうな頬だが、その中に白玉でも詰め込んでるのだろうか。両頬が若干ふくふくしてきた様な気がする。社会人とは言っても、時折見せられる幼さの欠片に思わず「可愛い」とか思ってしまう俺のバカ!それこそこいつの思うつぼになっちまうじゃねーか!………ん?思うつぼ?
「……………(坂田さんさっきから難しい顔してるけど、どうしたんだろ…)」
いやいや、思うつぼってのはおかしな話だ。この頬のふくふく加減が計算された可愛さなら、俺ァ怖いものランキングで1位を堂々と「女」って言うね。腹の中によく分からん思いを抱えさせられるのも、恋する乙女の様にウンウン頭を唸らされるのも、一挙一動にときめかされるのも全てが計算だというなら、俺はどうすりゃ良いんだ。俺はそれに都合の良い解釈をつけて良いのだろうか。それとも、只のオトモダチとして軽く受け流しておけば良いのだろうか。あぁぁぁああ分からん。
と言うか段々腹立ってきたんですけど。もう無理やりでも良いから、この前キスしときゃ良かったと後悔した。まずそれには神楽と新八からのフルコンボと、秋月からの平手打ちというオプションが付いてくるだろうが、袋小路にとじこめられたままなら一瞬の痛みの方だ断然マシだ。
たまには憎まれ口を叩いて、街中で会った時は少し話して、そんな距離が楽だと思った時もあった。離れすぎず近すぎず。恐らく一生中途半端な立ち位置に居たらずっとこいつとの関係は続くと思う。でもそれは何と言う名前の関係だろうか。
御近所さん?いやいや家近くないし。
オトモダチ?そんなに仲良くないと思う。
万事屋のお得意さん?そうだ、これだ。でも、それは嫌だ。
新八や神楽みたいなポジションも楽そうだが、俺は嫌なのだ。
「…坂田さん?どうしました?アイス溶けちゃってますよ?」
ホントにね、どうしちゃったんでしょうね。呑気に食ってますけどもね、原因はチミだって事を大声で言ってやりたいですよ僕は。せめて、期待して良いのか駄目なのか、それぐらいを聞く心構えはもう十分出来ている。なんとか平常心を保たなければと臨む姿勢にも慣れた。
あの時、衝動的に「愛しい」と思ったのには驚いた。新八と頼まれていた依頼を終わらせてちょうど昼飯の時間に帰った時、玄関に入れば思わず腹が鳴ってしまったぐらい良い匂いがした。せっせと手伝う神楽が居て、おかえりなさいと笑う秋月が台所から出てくる。驚いたのは、別に昼飯を作ってくれていたからではない。もちろん多少は驚いたが、それ以上に驚いたのは暖かい何かが胸を占めてきたこと。この店内を照らす様なぼんやりとした温かみが広がって、どうしようもなく抱きしめたくなった。
理由はいまいち分からないが、こいつの事が好きだ、と改めて感じてしまったが最後。俺が悩まされるのは仕方のない事らしい。
「……秋月千早さん」
「………何デスカ急に改まって……フルネームで呼ばれると恥ずかしいんですけど……」
最後の白玉を綺麗に口に運んで、居心地悪そうに視線をそらす。頬にはやはり若干の赤らみ。照れてんのか熱がまだあんのかどっちなんですかねお姉さん。
「ちょっと“銀さん”って言ってみ」
「!きゅ、急に何言い出すんですかぁ!」
オーバーリアクションとはまさにこの事。顔をこれでもかというぐらい真赤にして、どうしたんですか、と声を裏返させている。……俺そんな難しい事言ったか?
「坂田さんと呼ばれるとむず痒い」
「じゃ、じゃあ坂田ちゃんにします!」
「イヤそういう問題じゃなくてね?」
ちゃんとか君とかの問題じゃなくてよ。じゃあどんな問題なんですか。と真赤な顔で小さくにらみ返される。なんなのこの小動物。
「坂田さんは」
空になった器にスプーンを置いた秋月が、いまだ顔を真っ赤にさせたまま俺を坂田さんと呼ぶ。ただその声音がいつもと少し違っていて、眉間に皺を寄せている顔は困っている表情の様に見えた。なんだ、俺は別に困らせる様な事を言った覚えはない。仮に、俺の名前を呼びたくない程嫌いだというなら、若しくは名前を呼べば困る様な事が起こるのならもう良い。俺だって腹くくって洗いざらい話してやる。
「突然変な事を言いますね」
「そうかァ?」
「そうです」
「例えば」
ああもう、ここまできても気付いてもらえないとは悲しいっての。
「急に銀さんって呼べって言ってきたり!」
「だって坂田さんって呼ばれるの好きじゃねーし」
もっと分かりやすく態度で示せ、とか言ってくるんじゃねーよな。
「頼ってこないのがムカツクとか言ってきたり!!」
「だってホントの事だし?」
っつか分かれよ。あー、イライラする。何だこの女は。
「この前なんかキス未遂事件起こしそうになったり!!」
「おま、大声でそんな事言うんじゃありません!」
店内に人が少なくて良かった。下手すりゃ警察に突き出されても仕方ないんじゃないかと言うぐらいの事を叫ばれた。