神様が笑ってる
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「な……長い間お世話になりました」
その言葉と共に繰り広げられている光景に、俺は顔を引き攣らせるしかなかった。
「達者で暮らせヨ~幸せになれヨ~」
「共に過ごした月日は忘れません…ううぅ…」
畳の上で正座になり向かい合って座る秋月と神楽は、手で顔を押さえながら別れを惜しんでいた。いや、別れというかこれはアレだ、結婚式前夜とかでよく見る家族の一場面だ。花嫁が秋月で、その母親が神楽ってか?
「俺より良い男を見つけやがってよ~ううぅ…」
「お前が父親か!」
「母親は新八アル」
「僕!?」
新八君は良いお母さんになりそうですもんね~、と嘘泣きを止めたこいつがニコニコと笑っている。顔の赤らみは消えて、声はまだ少しがらついてるが熱のピークは過ぎた。
「んで銀ちゃんは家に住んでるヤモリ役」
「せめて人間にしてェェェエエエエ!!!」
まさかのヤモリ役抜擢に反論すれば、また秋月がクスクスと笑う。その傍らには荷物が置かれている。
体調が悪かった数日間を万事屋で過ごしたが、今日、自分の家に帰ると言った。寂しがる新八と神楽を見て申し訳なさそうにしているが、こいつからしたらこのまま万事屋に居続ける事の方が申し訳ないと思っているのだろう。へんてこ且つ複雑に色んなものが絡み合う秋月の思考には大分悩まされたが、根本的に「遠慮」という大きなものが鎮座しているのが最近分かった。
真撰組の不愉快な面々に新八の姉貴や、神楽の親父、今まで出会ってきた人間達に欠けていた「遠慮」というものをこいつは持っていた。
こっちの顔色ばかりをうかがって、どうやったら迷惑をかけないかを必死に考える。ちょっとは図々しさを教え込んでやりたいが、この数日でだいぶ打ちとけた態度を取れるようになったのではないかと思う。
「本当に楽しいですねぇ、万事屋さんは」
「ならずっとここに居てれば良いネ」
「フフ、ありがとう」
まだ甘え足りない神楽が帰らないでと言うが、こいつには帰る家も仕事もある。笑顔で神楽の言葉をかわしながら荷物を持って立ち上がった秋月に続き、俺もよっこらせと腰を上げた。
「家まで送るわ」
「え!?い、良いです大丈夫です平気です!もうすっかり元気になりましたし!」
パチンコに行くついでですー、と言えば、何処にそんな金があるんですか、と小姑ならぬ新八が口をはさんできた。あーハイハイ、この万事屋にはパチンコに行く余裕もないですねーそうですねー、誰のせいだよ、ったく。あ、俺か。
玄関先でまだ別れを惜しんでいる秋月と神楽を見て少し呆れてしまった。今生の別れじゃあるいまいに。そんな野暮な茶々は心の中だけで呟いて、ブーツに足を通した。そしたら「パチンコは禁止ですからね」と小姑に釘を刺されてしまった。1回言われれば分かりますー、と気だるげに反論してからあまり重くない荷物を持ってやった。
「おい、そろそろ行くぞ」
「私のお家にも遊びに来てね神楽ちゃん!」
「絶対行くアル!!泊まりに行くアル!」
「新八君も家計が苦しくなったら言ってね!お姉さんが養ってあげるから!」
「今日から私秋月神楽になるアル!」
「うんうん、おいで!ファミリーになろう!」
ファミリーて…。どこかのマフィアかここは、と突っ込んでからいつまで経っても別れを惜しむ2人に終止符を打った。
「またね!新八君、神楽ちゃん!お世話になりました」
「また会いましょう」
「お仕事頑張ってネ~」
細っこい腕をぐいぐい引っ張ってようやく玄関から出す事に成功。
万事屋からこいつの家まで自転車で20分、バスなら10分、徒歩なら……あー、何だ、取りあえずいつでも来れる位置にある。それでもあれだけ離れたがらなかった神楽を見ると、こいつが万事屋に居てよっぽど楽しかったのだろう。お姉ちゃん、と嬉しそうに呼び、こいつもまた嬉しそうに反応する。姉妹にしては歳が離れすぎていると思うが、こいつにとって神楽はもう妹的ポジションに位置づけられたに違いない。新八は母親ポジションだな。
最初、神楽に半ば誘拐される様な形で万事屋にやって来たが、誘拐して本当に良かった。このご時世な訳だし?よからぬ事を考えて人を拾う奴だって居る筈だ。
「って、人が落ちてる場面がそう中々ねぇわな…」
斜め後ろに居るこいつにも聞こえないぐらい小さな声で呟いてみる。改めて言葉にしてみれば、地面に倒れてたとかありえねえ。神楽に拾われてなかったら一体どうなっていた事か。想像してみたら恐ろしいものがあった。
無警戒心というスーツがあるならば、こいつは間違いなくそれを着ていると宣言できるほど警戒心が無さ過ぎる。それを誰かが利用する為にこいつを拾う場面を考えてみれば妙に腹立たしかった。
「坂田さん」
銀さんって呼べっつってんのにこの女は頑なに坂田さんで通している。俺も別にしつこく強要はしないが、ここまで坂田さんと呼ばれるとこっちまで意地を張りたくなってしまう。
と言いつつ無視する訳にはいかないので、「なに」ぼんやりと返事をしてみれば歩調を合わせて隣までやって来た。
数日前より断然良くなった顔色だが、頬には若干の赤みがあった。
「お前まだ熱あんのか?」
「え!?いや、そんな事無いと思います!はい!」
肩を強張らせてやけにデカい声で話される。その態度があまりにもぎこちなさ過ぎて、どうして、とまた聞いてやりたいが原因は薄々分かる。と言うか俺のせいだろう。
無警戒心スーツを見事に着こなす上に、超絶鈍感女心を胸に飼っているこいつは中々俺の気持ちに気付こうとはしなかった。
大概世話焼きな俺だが、只の依頼者の女を、しかも厄介な病人を数日間面倒みるなんて事する訳がない。秋月千早という人間が万事屋に来たからあれだけ心配して口うるさく面倒を見たのだと、俺が正直に口から言えば理解してくれるだろうか?ああ、実に面倒くさい女だ。
好きな人の事を考えたら仕事も手につかない、というのは聞いた事があるが、まさしく俺の事だからねソレ。隣を歩くこいつより俺の方がよっぽど乙女という称号が似合う筈だ。
隙あらば仕事どうしようと呟いて、熱でフラフラの体に鞭打ってまで家に帰ろうとしていたこいつを見た時、俺の腹の中で黒いものが渦の様に暴れ回っていた。
仕事を頑張るのは結構な事だが、非常事態にはそれ相応の言動・行動もある筈だ。
仕事に行かなければいけないのに、体がいう事をきかない。自分で何とかしなければいけないと思っていたのだろうが、目の前にはどうだ、俺が居たじゃねーか。
何日前になるかは覚えてないが、あまりにも頼ってこないコイツに腹が立って言ってしまった事がある。俺に頼ってこねーお前が一番ムカツク、と。これは紛れもなく俺の本心で、言った直後は「しまった」とも思ったが、ずっと腹の中で暴れられても俺が苦しい。こんな苦しみは慣れてねーし耐えられない。
気付かれたか、と思えば多少の恥ずかしさはあったが俺も良い歳した大人だし、年下の娘1人にいつまでもウンウン頭を唸らせていては先に進めない。
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