寸の夢
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"訳の分かんねー事"を考えてるつもりなんて一切無いんです。もう恥ずかしいくらい万事屋さんの事を考えてて、そりゃぁ夜も眠れなくなるくらいと言ったら大袈裟ですが、そう表現しても可笑しく無いぐらい大事な貴方達の事を、大好きな貴方の事を考えてるんです。あ、やば、なんか泣きそうになってきた…。
「"訳の分かんねー事"なんか考えてないですよ…」
「ふーん……」
「……何ですか、ちょっと、近いですってば」
「…何でそんな泣きそうになってるのか不思議でたまんないんですケド」
「私だって不思議ですよ」
この頃駄目だな、涙腺が緩みっぱなしだ。ちゃんと気を引き締めていかないと社会の荒波には戻れないぞ秋月!オールを持っていかれるぞ秋月!…なんて自分を励ましていたら、坂田さんが不意に声をかけてくる。
「千早」
何度目になるか分からないが、下の名前を呼ばれ、ゆっくりと顔を上げてみる。
それはもう、スローモーションの様によく分かった。坂田さんの匂いが、髪が、空気が自分に近付いてきていると分かった時には、唇は触れ合うか否かまできていて、咄嗟の事に空気を読んで目をつむる事も出来なかった。只、ずっと握り締めっぱなしだった手拭いをぎゅっと掴む。
何故キスをしてきたのか、終わった後に聞けるだろうか。何を思って、私なんかに。
果たして、聞く勇気を私は持っているだろうか?
距離としては本当に数ミリ。私が少しでも体を前にすれば、真意が掴めないまま触れ合って、やがてそれが胸中に大雨を降らす結果となるのだ。分かっている。けど、逃げられない。
後戻りが出来ないぐらい、私はもうこの人に惚れてしまっているのだ。
諦めたその時だった。
「銀ちゃーーん、準備出来たアルよぉ?」
お約束の展開にやっと目を覚ました私は、真っ赤な顔で後ずさった。リビングからひょっこり顔を出している神楽ちゃんは「お腹すいたアルー」と言って私達を催促している。
そして坂田さんはというと……
「神楽ァァアア!!!てめ、何て事しやがんだァァアア!!!」
「は?何言ってるアル」
「空気読め!!!お前はやれば出来る子だ!!!さあ読んでみろ!!!」
「何で泣いてるアルか、気持ち悪い」
年下の女の子に馬鹿にされた坂田さんは怒った後に、オヨヨヨと嘘泣きをはじめた。それを更に「良いから早く来いヨ」と一蹴され、彼のHPは真っ赤の瀕死状態のようだ。そんな私も、真っ赤の顔をおさえ軽く壁にもたれた。
「(わ、私今何してた!?いや、何されようとしてた!?えぇ!?)」
混乱する頭でなんとか整理しようとしてみるが、頭がどうにも追いつかない。
「空気読めっつんだよ。…お前もそう思うだろ?」
「え!?」
急に話題を振られても何が何だか分からない。大きな声を出して驚いた私に、銀さんがニヤリと笑う。
「残念。後少しだったっつーのに…。……なァ?」
「~~~~ッッ!!!?」
こ、このオッサン!あ、間違えた、このお兄サン!病み上がりの私に更に熱の上がるような挑発をしかけてやがるのですか!こちとら只でさえ坂田さんの事で頭が一杯一杯なのに、更に踏み入ってこられたら今度こそ爆発するんです化学反応起こして自爆しちゃうんですつまりは自爆テロを起こしちゃんですってばー!!!!
「~~~~~~!!!!」
「あらあらお姉さん顔が真っ赤ですよ~?」
ニヤニヤと笑ってくる坂田さんの横を、わざと大きな足音を立てて通り過ぎてやった。
「お~い、千早チャ~ン?」
と、呼び止められたので、
「この猥褻物!!!!!!」
と振り返り叫んでやった。
「どんだけ失礼なシャウトだテメェ!!」と怒声が聞こえたけど今は無視無視。か、からかうのも大概にせぇよ!この、オジサ…、じゃなかった、お兄さ…
「秋月」
するとまた呼び止められたので、キッと睨みを利かして振り返ってみれば驚くぐらい近い距離に坂田さんが立っていて、「あ」と言わせてもらえる間もなく耳元に唇が寄ってきた。
俺ァ、冗談であんな事はしねーから。
それだけ言って、何事も無かったかのようにリビングに向かっていく坂田さん。困った、これじゃあ当分熱が引きそうにないじゃないですか…!!
「こ…この猥褻物陳列罪!!!」
「誰がいつ陳列したァアア!!!!」
魂の込めた照れ隠しに坂田さんがまた怒鳴れば、五月蝿いんですよアンタ等、と新八君が冷めた目で私達を見てくる。その隣ではお腹すいたアルと嘆く神楽ちゃん。
やだやだ、こんな穏やかな日々は。
いつか大雨を降らすと分かっていて、それでも動けずじまいの私に傘などない。
笑い声と怒声が耐えないこの場所に、今この瞬間居る事が嬉しくて、それから、4人で食べた野菜炒めはとても美味しかった。ポツリポツリと水滴が落ちても、今はまだ、小さな波紋が3つ4つ広がるだけで何の支障もない。
そしてゆっくりと、万事屋で過ごす最後の昼が流れていったのだった。
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