寸の夢
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名残惜しいと表現をするには少し恥ずかしく、要するに、まぁ、寂しいと感じる事を素直に認められないでいるのだ。
「お姉ちゃんは何でそんなに料理が出来るアルか?」
「それはお姉ちゃんだからですよ」
1人暮らしで培った生きる為の術が、まさか万事屋さんで発揮出来る日がくるとは思っていなかった。
穏やかな昼過ぎ、力仕事の依頼を頼まれた坂田さんと新八君がそろそろ帰ってくる頃だ。
私の熱はここ数日で随分と下がり、それでも無茶をするんじゃないかと心配した坂田さんが神楽ちゃんを置いていったのだ。こんな可愛い彼女ですが、力勝負をすると万事屋は誰も勝てないんだとか?(ホントかな……)そんな神楽ちゃんと仲良くお昼の番組を見ていた時、不意に彼女の腹が鳴る。お腹すいたアルー、と腕に抱きついてくる神楽ちゃんにキュンとしながらも、一瞬考えた。
神楽ちゃんは瀕死状態だった私を万事屋さんまで運んでくれた、いわば命の恩人。彼女の訴える事は出来るなら全て叶えてやりたいのが私のせめてものお礼。しかし!ここは万事屋。私の家ではない分、勝手に冷蔵庫をあさって勝手に料理を作って良いのでしょうか?図々しい女とか思われないかな…?
そんな事をつらつらと考えている間にも、極限の空腹に追い込まれた神楽ちゃんが目を虚ろに私の腕をかじり出したので、すぐに台所に駆け込んで包丁を握って今に至ります。あ、別に包丁を持ったのは迎撃の為とかじゃなくて……。
「野菜炒めでも食べようか」と言った私に満面の笑みを見せてくれた彼女は、意気揚々に食器の準備をしはじめる。
カチャカチャとそれらがぶつかる音を聞きながら、切った具材をボールにいれていく。その横に並べられていくのはお茶碗だ。数は、全部で4人分。
1人暮らしの前はもちろん実家で暮らしてて、夕食の時はこんな風に数人のお茶碗が並んでいた。
いつの間にか1人の食事に慣れ、数人分の料理を作るなんて本当に久しぶりだ。風邪をひいて弱りきっていた心に、ぼんやりとした暖かい何かが広がっていく。
1人じゃないと感じる瞬間は、こんなに幸せに溢れているものなどと改めて感じさせられた瞬間だった。
「……………」
「…?お姉ちゃんどうしたアルか?玉ねぎが焦げそうネ」
「へ?あ!?」
後もう少しで黒こげになろうとしていた野菜炒めを、大きめの皿に盛りつける。
「所々焦げてるのは気にしないでね」
「銀ちゃんが食べるから大丈夫アル」
山盛りのご飯を盛りつけながら神楽ちゃんが言う。ちょうどその時玄関の戸が開いて、手が離せない神楽ちゃんの代わりに私が玄関から顔を出した。
「おかえりなさい」
「ただいま帰りました!」
「あ、てめっ!また布団から出やがって!!」
「坂田さんは心配しすぎなんですよ!今朝熱はもう無かったじゃないですか!」
「はいはい、玄関で痴話喧嘩はやめて下さい」
痴話喧嘩なんかじゃない、と声を揃えて反論する私達を「あー、はいはい」と新八君は大人の対応で横を通り過ぎていく。なんだあの眼鏡の子は、本当に子どもか!
「お前のせいで銀サンの大人度が下がっていく一方じゃねぇか」
「それは私のせいじゃありません!新八君は大人すぎるだけですよ……………多分」
いや、私達が子どもすぎるだけなのか?ま、どっちでも良いや。
「ごめんなさい、冷蔵庫にあるもの勝手に使っちゃいました…」
「構わねぇよ。むしろ作ってくれて有り難ェ。腹ペコペコなんだわ」
良かった、と安堵した同時に顔が緩んだ。
誰かの為にご飯を作る事なんて滅多に無くて、だからお礼を言われる事なんかも無くて、こんな些細なやり取りが"嬉しい"と感じさせられる。
つい数日前まで働き詰めだった毎日が嘘の様に塗り替えられていく。4人分の食事を、神楽ちゃんと新八君がせっせとリビングに運んでいく様子が愛しくてたまらなかった。
「どうした?」
黙って彼等を見ていた私を不思議に思ったのか、坂田さんが少し屈んで覗き込んでくる。
「えへへ、何でもないです」
そう誤魔化してみたものの、頬はにやけた。それと並行して、胸の中に冷たい一滴が落とされた。やがてそれは大きな円となり水面を揺らし、薄くなり消えていく。今はまだたった一滴だけの"寂しさ"が、いつか大雨となって降り注ぎ、沢山の波紋を生むのだろうか。
離れたくない、まだ皆と一緒にいたい。
穏やかな日々に慣れてしまった我が侭を口に出してしまったら最後。私はきっと、駄目になる。
甘えてはいけない。
今まで散々お世話になったのだから、私がすべき事は早く元気になって日常に復帰する事だ。それは重々分かっている。
この数日で色んな事があった。その中でもよく分かったのは、私が坂田さんの事をどうしようもなく好きになっていた事だ。
口には絶対に出さないから、心で思う事は許して欲しい。
「………また訳の分かんねー事考えてんだろ」
「え…?」
貴方は千里眼でも持ってるんですか、とふざけて言いたかったのだが、坂田さんの顔があまりにも真剣味を帯びていて何も言えなかった。リビングから聞こえる2人の声も何処か遠くに聞こえる様な気がした。
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