ほしほしと恋に落ちる
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「あー、風邪ですね」
「風邪ですか」
「リンパも相当腫れてますよ?こりゃ当分熱がひかないんじゃないですかねー…」
「えぇ!?」
「取りあえず薬を5日分出しておきますね。朝・晩としっかり飲むようにして下さい」
「は、はい…」
当分熱が引かないというのはどれぐらいかかるものなのだろうか?そんな事をウンウンと唸りながら診察室を後にする。
さすが総合病院とでも言うべきか、沢山の医療関係者や患者さんが行き交っている。ざわざわという雑踏に頭が働かないのか、それとも当分熱がひかないという現実に眩暈がしているのか、病院に来た筈なのに何故か症状が悪化しているような気がする。うぅ、お仕事どうしよう…。
少々肩を落としながら玄関ホールの広い待ち合い場に行ってみれば、足を組んでジャンプを読んでいる坂田さんが居た。その姿を沢山の人の中から見つけてホッと安心することが出来た。
「……坂田さん」
「!終わったか?」
「はい。処方箋もお金も出してきたので、後お薬をもらうだけです」
近くにあった本棚にジャンプをなおし、坂田さんが少し場所をずらして座る。素直に隣に座った私は、お医者さんの診断内容を告げるべきかどうかで頭がいっぱいだった。
「…で?」
「…フツーの風邪でした。お薬も5日分出してもらいました。明日にはすっきり熱も下がってるだろう、って」
「……ふーん…」
「だから、」
だから今日中に家に戻ります。そう言いたかったのに、何かを言いたげな坂田さんの目に心臓がドキリと鳴った。赤くて綺麗な目はまるで全てを分かっているようで、それに負けそうになった私は咄嗟に目をそらした。自然と膝を掴んでいる手の力も強くなる。
「それで……何?」
「あ、えと……」
どうして言葉が続かないか分からなくて、1人で勝手にしどろもどろしていると隣から小さなため息が聞こえた。
嗚呼、まただ。
また私、坂田さんを困らせてる。
「……ごめんなさい…」
「謝るぐらいなら嘘なんか最初からつくなっての……」
そっと目線を上げると、「あー」だとか「うー」だとか言葉にならない声を上げながら銀色の髪をガシガシと掻いている坂田さんの姿があった。その横顔はどこか納得していないような面持ちで、恐らくは嘘ばかりを吐く私に嫌気が差しているのだろう。
「……ホントは何日ぐらいで治るって?」
「……曖昧な言い方でしたけど、当分は熱は引かないだろうって……なんかリンパが腫れてるみたいで……」
「そうか……」
「………どうしてですか?」
「あ?」
「どうして坂田さんは、私の嘘が分かるんですか?」
「……俺にも分かんねぇよ」
「……なら私が分かる訳が無いですねぇ…」
その時、受付の方から「秋月千早さーん」と案内の声がかかる。それを聞いて立ち上がろうとした時、有無を言わさず坂田さんが先に立ち上がる。
「?坂田さ…」
「まぁよく分かんねぇのは事実だけども、"頼られたい"って思う俺の気持ちは分かっとけ」
「え?」
「この事に関してなら理由も説明できっけど、どうする?」
「ど、どうって……」
振り返ってニヤニヤ笑う坂田さん。彼の言った言葉の意味を頭で先に理解するよりも、肌でその暖かさを感じ取ったというか、意味が分からないなりにも反射的に顔に熱が集まった。湯気が出そうな勢いで、それから口を金魚のように動かしプチパニックになっている私を見て、坂田さんは可笑しそうに笑って、受付の所まで颯爽と歩いていく。
大きなガラス張のフロアには、午後の太陽の光が惜しみなく降り注いでくる。それにじんわりと暖められながら、私は軽く俯いて、垂れてくる髪を耳にかけた。その時に触れた耳は、驚くぐらい熱かった。
「(どうしよう、困った)」
じゃあ帰るぞ、と手を差し出してくれた坂田さんに、躊躇いながらも自分の手を乗っけてみれば少し目を見開かれて、それからくすぐったそうに小さく笑っていた。その顔を見てホッとした気持ちを感じ、確信してしまった。
私、自分では想像もしていないぐらい坂田さんが好きなのか。
私の手を引いて歩く坂田さんは、コツコツとブーツの音を響かせている。歩調を合わせてゆっくりと進むその音は、今の私の穏やかな心音のリズムとよく似ている。
嗚呼、これが恋に落ちる音か。
私はきゅっと、手を強く握り返した。
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