ほしほしと恋に落ちる
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「どっこいせ」
「!!!!????」
これまた軽い掛け声が聞こえたと思ったら、私の体が浮遊感に襲われる。急なことに驚いて坂田さんの首に抱きついてしまった。
「おー、落ちないようにそうしとけ」
「そうしとけって…!お、降ろして下さい!…あ、私が離さないと駄目なのか…」
「お前が離しても俺は降ろさねぇけどな?」
「イヤァァアアア!!!」
大パニックになる私をよそに、坂田さんは私を抱え上げたままずんずん歩いていく。今の状態は俗に言うお姫様抱っこというやつでして、心の準備が出来ていなかった私は口から胃が出るんじゃないかというぐらい驚いた。
「く、口からなんか出そうです!」
「吐くか?」
「いや、そういう意味じゃなくてです!」
「あんま暴れんな。また熱上がるぞ?」
上がるぞ?って、坂田さん!またそうやって小さく首をかしげる!貴方のそういう可愛らしい一面にこっちはもう口から小腸がデロデロと出そうなんですってば!
「あ、あの!」
「んー?」
「私自分で歩けます…!!」
「銀さんは嘘つく人嫌いでーす」
「本当ですってば…!」
ちょっとはフラフラして危なっかしいかもしれませんけど…、と本当の事を付け足せば、小さなため息がすぐそこで聞こえた。また呆れられてしまった事が少し悲しくて、自然と唇を噛み締めた。
坂田さんはしばらく黙った後、私を静かに下ろしてくれた。その事が嬉しい様な寂しい様な…。下ろしてくれ、と自分で言っといて本当に我が侭な人間だな私は。
「こけても知らねぇぞ」
「そ、その時はその時です!」
「何だそりゃ」
困ったように坂田さんは笑って、持ってくれていた私の鞄を渡してくれた。
「じゃあ行くぞ」
「は、はい!」
玄関でブーツを履く坂田さんの横で、私は差し出された下駄に指を通す。これで行く準備はバッチリだ、となった所で、坂田さんが「あ」と声をもらした。続けて「しまった」とも言った。
「どうかされましたか……?あ、もしかして仕事がありましたか!?私1人で行けるので大丈夫ですよ!」
「だぁーかぁーら、お前はそういう事気にしくて良いっつの。仮に1人で行かせたらなんか道端で倒れてそうじゃねぇか」
「もうそんな失敗はしません!」
「そんな言葉信用しまセン。……じゃなくて、病院までどうやって行くかを考えてなかったな…」
「え?」
ここら辺で行く病院って言ったら大江戸病院だろう。私も何度か受診した事があるし、行き慣れている所に連れてってもらえるのは非常にありがたい。
私の家からなら徒歩30分ぐらいで着くけれど、万事屋さんからじゃ30分以上はかかりそうだ。でも歩けない距離ではない。
「歩いて行けば良いと思うんですけど…?」
「はぁ?歩いてぇ?ここからぁ?病人の足じゃ1時間近くかかるっての」
「そんなに遠くないですよ!」
「お前の今の足取じゃそれぐらいかかるって言ってんの」
「なら私に良い案があります!走りましょう!」
「バカ!!」
私としては全然歩けると思っていても、坂田さんはとことん私を歩かせたくないらしい。まあ病人にそこそこの距離を歩かせるのは可哀想かもしれないけれど、私の場合熱が出ているだけで、足にはなんの支障も出ていない。歩こうと思えば歩けることが出来るのに、それは坂田さんを納得させる材料にはならなかった。
「神楽だったらスクーターの後ろに乗せれんだけどなー……」
座り込んでいる坂田さんの目が私を見上げる。
「……今のお前乗せたら落ちそうだしな」
「落ちませんよ!!!」
なんだか随分と失礼な事を言ってきた坂田さんに「乗れます!」と思わず強く言ってしまった。今にして思えばなんと大胆な発言をしてしまったんだろう。坂田さんのスクーターに乗るなんて、今度はもう絶対心臓がもたん!
「……じゃあスクーターで行くか」
「(いやぁぁあぁあああああ)」
かくしてスクーターの後ろに乗り込み、破裂しそうな心臓が口から出ないように踏ん張っていたなんて彼はきっと知らないのだろう。風を切る音を聞きながら、熱で火照っている顔を冷まして、ボンヤリと流れていく景色を少し眺めていた。安全運転を心がけてはくれているのだろうけど、着ている羽織りがバタバタと風で揺れる度に"落ちるんじゃないか、飛ばされるんじゃないか"という不安が膨らみ、申し訳ないと思いながらもソッと坂田さんの腰を掴んでしまった。(ホント顔から火が出るってこの事だわ……)
スクーターが信号で止まって、慣性の法則に倣い頭が軽く坂田さんの背にぶつかってしまう。すみません、と謝れば、おぅ、と小さな返事。それから、もっとしっかり捕まっとけ、という声と手に冷たい感触。なんだなんだと思っている間に、坂田さんは私の手を自分の腰に巻きつけるような形にして、これでよしと呟いた。
「………」
「………」
「……いやいやいや良くないです!!!」
「あんな持ち方じゃ落ちるだろ、お前」
「落ちないです!セクハラの容疑で私を起訴するつもりですか坂田さんは!!」
「……ちょ、おま、ときめくとかしろよ…」
「これ決してセクハラじゃないですよね!?……ハッ!もしかして強制猥褻罪で…」
それだったら俺が犯罪者になんだろーが!!坂田さんはそう怒鳴って、スクーターを発進させる。また流れ出す景色と頬を冷ます風は変わらないが、只一つ違うのは、ぐんと近くなった坂田さんの背にそろそろ本気で火が出そうだったという事だけだった。