真夜中のイジワル
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**********
散歩に出た神楽が秋月を拾ってきてかれこれ十数時間が経った。
拾い物したアル、と何食わぬ顔で言ったものだからリカちゃん人形でも拾ってきたのかと思えば、定春の上に乗せられているのはその人形より遥かに大きい物。っていうか人。朝の万事屋に俺の絶叫が響き渡った。
「………」
まだ熱が下がらないのか、だいぶ寝てる筈なのに起きる気配が一向に見られない。様子見と称し部屋に入ってみれば、寝汗を掻き苦しそうな表情に自然とため息がこぼれる。
もう意味を成していない冷えピタをゆっくりと剥がして額に触れれば、昼間と変わらず熱を孕んでいた。
神楽が拾ってくれて、本当に良かった。
それはつくづく思う。
昼間一度起きた時、普通に話していたものの立つ事もままならないぐらい体力は落ちていた。会社への電話の最中、しきりに米神をおさえていたから頭痛も酷いのだろう。すみません、と謝る声はしゃがれていた。
そんなこいつの姿を横目で見ていれば、不思議と"心配"という気持ちは生まれなかった。その反対に、少し腹が立った。いつまでも仕事仕事と、何かね、お前は仕事が友達か。それとも恋人か?家族か?
思い返してみればそうだ、こいつと話す時はいつも「仕事」という単語が飛び出してくる。こいつどれだけ仕事に汚染されてんだ、もっと他に楽しい事とか色々あんだろーが。
「………」
そりゃ確かに仕事も大切だと思うが、自分の体を壊してまで働かれると複雑な事この上無かった。
「ゲホッ…」
「…!……よぉ、やっと起きたか」
「…あ…さかたさん……」
ワンテンポ遅れておはようございますと言われた。いや、今は朝じゃなくて夜中の3時なんですけどねお姉さん。
「…熱、まだ下がってねぇな」
「そ、ですか…?寝て、だいぶ楽になったんですけど…」
「今日ぐらい病院に行っとくか」
「!そ、そこまでして頂かなくても大丈夫です!もう私、帰りま…――!」
「また道端で倒れられても後味が悪い。せめて熱が下がるまで大人しくしとけ」
「でも…!」
「往生際の悪い奴だな…」
「………」
すみません。
昨日、上司に謝っていた同じトーンで秋月は言った。少しは元に戻ってきた声だが、いつもの様な元気は無かった。
「…取りあえずなんか食うか」
「………」
「お粥ぐらいならすぐ作れっけど」
「……」
「………オイ、何とか言えっての」
何も言葉が返って来ないのがじれったくて、妙にイライラして、言葉が思わず強くなる。
すると、月明かりでぼんやりと見えていた目が俺の方を向いたのが分かった。熱のせいで潤んでいるのか、びびって泣きそうになっているのかは分からなかった。泣くなら勝手に泣け、バカ。
「……ここでへばってる訳にはいかないのに……」
「……」
「…どうして私っていつもこうなんでしょう……」
「………知らねぇよ」
寝ながら目を腕で隠したのは、せめて半泣き顔を見られまいとする抵抗だったのだろうか。…泣き顔を隠すなんて今更だろう、と駅での思い出が脳裏に浮かぶ。
優しい言葉はかけられないな、と冷静に判断してすぐに腰を上げた。
「リビングで待っとけ」
ぶっきらぼうな言葉しか出せない俺は、台所に入ってお米を煮立てて粥を作る。万事屋の数少ない貴重な米だからな、と付け加えながら秋月の目の前に置いてみれば、形の良い眉の端がだらしなく下がる。本当に申し訳なさそうな顔で「いただきます」と言った。
「………」
紅をさしている訳でもないのに唇が赤いのは熱の花が咲いている証拠。潤んでいる目は風邪が体から去っていない証拠。
どれを見ても痛々しくてたまらなかった。その上申し訳無さそうに粥を食べられても作った甲斐がない。どうせなら「美味しいですねぇ」とか何とか言って、いつもの様に大人とは思えない緩い顔で笑ってくれたほうが幾分マシだ。
「……ごめんなさい」
で、また謝罪だ。
「何が」
「ご迷惑をおかけして…」
「お前にご迷惑をかけられるのは今に始まった事じゃありまセーン」
「う…!」
図星を突かれ、そいつの肩が少しすくんだ。
向かい合うように座ったものの、妙な沈黙が居心地悪い。適当にテレビをつけてみたが、この時間帯はテレビ局も休みだった。
あれ?こいつと会話をするのはそんなに難しかっただろうか?
食べ初めて数十分、見事に全てをたいらげた秋月は食後のお茶もしっかり飲んだ。
「食欲はあるみてーだな」
「はい、万事屋さんのお陰です」
看病という看病をした覚えは無いが、それでも秋月はようやく小さく笑った。ただ熱に浮かされる頼りない笑みではあったが。
「取りあえず今日は病院に連れて行くからな」
「……」
「保険証とかは財布に入ってんだろ?なんなら家まで取りに行けば良いじゃねーか」
「………」
「……もしもーし?聞いてるー?」
病院がそんなに嫌ってか?子どもじゃあるめーし。
俺がそう言った瞬間、そいつが太ももの上で握っている拳が軽く震えているのが分かった。何事だ、と思ってみれば俯き気味だった顔に涙の筋が流れている。……え?泣かしたの俺?
「ちょ、おま、泣くな!」
「泣いてません!!」
「いや泣いてるから!!」
泣いてません!泣いてるじゃねーか!そんな押し問答を何回か繰り返した所で、秋月はまた涙をボロボロと流す。さっきまで下がっていた眉は、今度は何かを堪えるかのように眉間に寄っていた。
一体なんだというのだ。
俺がぶっきらぼうな言葉をぶつけたのは……そりゃ病人にはきつかったかもしれないが、そもそもこの苛立ちの原因は秋月、お前だ。口を開けば仕事仕事と、そんなに仕事が好きなら仕事と結婚してしまえ!と思うこの親心がお前には分かんねーかね。そりゃ仕事中毒という言葉がある以上、それに対し心血を注ぐのは良しとして、それで体を壊していては元も子もない。お前はもう子どもじゃなくて大人だ。自分の体調ぐらいしっかり管理してみろよ、と銀さんは思う訳。行き場のないイライラをお前にぶつけた事に対しては謝ってやらねー事もないが、事の発端がお前である事はせめて分かって欲しい。どうだ!言い訳があるなら言ってみろ!
そう想いをぶつけてやりたい衝動を何とか飲み込み、目の前で泣く女に対し些か睨むような態度で腕を組んだ。これ以上泣かれたらどうしようかな、という気持ちも多少はあるので冷や汗だって流れた。夜中の3時に俺達何やってんだ、という呆れた視線を送る第三者的な俺も実は居た。
小さな嗚咽をあげて、秋月が手で何度も目をこする。あぁ、そんなにこすったら腫れてしまうというのに。
「わ、たし……!」
「な、なんだ!」
貴方の事嫌いです、とでも言われるかと思い、多少身構えた。すると、秋月は俺の想像をはるかに超えた言葉を紡ぐ。
「私、自分が情けないです…!」
「……はぁ?」
我ながら素っ頓狂な声が出たと思う。
自分が情けない?
それは間違いなく、俺ではなく自分に対する罵倒だった。
「いっつも仕事仕事って言っときながら、人様に迷惑かけて…!…勝手に熱とか出しちゃって、1人で寝込む事も出来なくてっ、病院に連れてってもらうのが申し分けなくて、でも、1人で行くのはしんどいなぁとか思ったりもして…っ、ホントにかっこ悪い……!」
「………」
脱力。肩の力が一気に抜けたような気がした。俺が止めなければ、こいつはいつまでも目をこすり続けて自分を罵倒するような気がする。いい加減いいだろう、と思って俺が伸ばした手は確かに秋月の右手首を掴んだ。その力は予想以上に優しいものだった。
驚いたように顔を上げる秋月の目は案の定真っ赤で、こんなにも無防備な顔を見せていいのかと苦笑いが出た。
「もう良い。よーく分かった」
「な、何がですか……」
「まー、あれだ、銀サンがちょっと餓鬼すぎたな」
「へ?」
弱りきっている自分を更に攻め立てる姿は流石に見ていられなかった。だから、手が自然と伸びたのだ。
情けないのも知ってるし、仕事に一生懸命なのも知ってる、変な所で遠慮する奴だって事も知ってる。改めて考えてみたら、俺はこいつの性格を驚くほどよく知っている。そう分かっていたくせに、妙なイライラをぶつけた俺の方がお前よりずっとかっこ悪い。それでも、お前にも悪い所はある。
しんどかったら素直に、俺を頼れば良かったのだ。