明るいほうへ
夢小説設定
ご利用の端末、あるいはブラウザ設定では夢小説機能をご利用になることができません。
古いスマートフォン端末や、一部ブラウザのプライベートブラウジング機能をご利用の際は、機能に制限が掛かることがございます。
**********
「うん、うん……ホントにごめんね。…うん、ありがとう。……じゃあ、また…」
ガチャン、と受話器を置けば、万事屋にまた静けさが戻ってくる。
今回の無断欠勤は何とか事無きを得た。まず上司に受話器越しでも一応謝罪して、それから繋いでくれた同僚にも謝っておいた。私が居ない間、たまっていた仕事を少し処理してくれていたらしく、なんと言って感謝すれば良いか分からなかった。
「…何とかなったのか?」
「……いち、おう……。……数日休んで良いって…言って下さいました…」
「良かったじゃねぇか」
そう言って、坂田さんはテレビに視線を移す。
果たしてそれが良かったのだろうか。心配してくれて休みをくれたのか、それとも罰や厄介払いを兼ねての休みなのかよく分からない。純粋な心配を疑うのはよくないが、風邪で滅入ってるせいかネガティブに捉えてしまいそうで怖い。
「……あの」
「なに?」
「………」
坂田さんの目だけが私に向けられる。
従業員の子達は?
そう聞きたかったけど、何故だか言葉が出なかった。
「………」
「……お前サ」
「!は、はい」
「自分が熱何度あるか知ってんのか?」
「……37度くらいですか?」
「バカ。40度近くあんの」
「えぇ!?」
「ちょ、うるさい。もう黙って寝とけ。風邪菌を撒き散らすな」
「あ、はい、ごめんなさい……っていやいや、そうじゃなくて」
「着替えはワリーけど俺の着流ししかねぇや。サイズは大きいだろうけど我慢しろよ」
「え、あの」
「じゃ、おやすみ~」
ぐいぐいと背をおされ、半ば閉じ込められるかのようにまた戻ってきたこの部屋。襖越しに「着流しは適当にあさって着とけ」と言われてしまった。………なんと強引な…。
いつもの坂田さんに比べれば少しチクチクした言い回しが珍しい。機嫌でも悪いのだろうか、と呑気に考えながらお言葉に甘えて着流しに袖を通した。
申し訳ないが、今はとてつもなくしんどい。何でここに居るのか、誰が運んできてくれたのか、聞きたい事は一杯あるけれど口に出すのは酷く面倒くさい。目が潤んで、唇も乾き、忘れていた気分不良も出てきてしまった。
会社に連絡がついたのに対し少し安心してるのだろう。布団に横になった途端すぐに瞼が落ちた。
淡く差し込んでくる木漏れ日のお陰で体がゆっくりと温かくなっていく。お日様の匂いのする布団に包まって、またあの黒い闇に溶け込んでいく夢を見るのだろうか。それはちょっと嫌だな…。
それでも睡魔には勝てずうとうとし始めた時、玄関から賑やかな声が聞こえた。可愛らしいあの声は、きっと従業員で唯一女の子の神楽ちゃんの声だ。会って話してみたいな、とか我が侭を言ってみたいけど体がどうにも言う事がきかない。思考はゆっくりと沈んでいく。
――お姉ちゃんは生きてるアルかー
そんな声がまどろんでいく意識の中でも聞こえてきた。お姉ちゃんって私の事なのかな…?…お姉ちゃんはなんとか生きてますよー……。
「待て神楽。まだ熱高そうだったし横にさせとけ。また寝たかもしれねーし」
「新しい冷えピタ貼っとくアルか?」
「あー…そういやはがれてたな……貼っといてやれ」
「アイアイサー!」
「新八は?」
「定春の散歩ついでに夕飯の買出しに行ったアル」
「ふーん……」
万事屋さんていつもこんな平和な会話してるんだー…、と思いながら咳を一つ。迷惑をかけない為にも、すぐにでもここから出ていって家に帰りたいんだけど、今回の風邪はとても厄介そうだ。
暫く目をつむって待っていると、静かに襖が開けられて誰かの気配が遠慮がちに近付いてきたのが分かった。
もう起きてるのか寝てるのか曖昧な意識だったけど、坂田さんとは違う小さな手が額に乗っけられたのが分かった。次いで、冷えピタの感触が貼り付いた。
早く良くなってネ。
優しい女の子の声を最後に、私はようやく夢の世界へと飛び立った。
3/3ページ