つまずいた時間の過ごし方
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いやね、お兄さん、私は至って普通の人間ですから。決して怪しいものじゃ御座いません。幕府の人間でもありませんし、攘夷志士でもありません。ごくごくフツーの働き者ですから。
「雨やみませんねぇ……」
「………」
「あ、そうだ、傘要りますか?」
「持っているならお前が使えば良かろう」
「そうしたいのは山々なんですが、私自転車でここまで来てるので、折りたたみの傘じゃ多分なんの意味も無いんですよね……」
スーツで自転車に乗る気か、とエリザベスに突っ込まれ、笑顔で「そうですよ」と答えておいた。
スーツでも自転車は案外こげるものなんです!スカートならちょっとこぎにくいですが、パンツスーツなら問題なし!着物で自転車に乗る方がよっぽど難しいですよ!
と、熱弁してみたら、呆れたようなため息を吐き出された。
「いつか怪我をしそうだな」
「もう既にしてます」
「………」
自転車に怪我はつきもの。そんな覚悟が無ければ自転車は乗れませんよ!
「物騒な事をいう奴だな」
ここで初めて彼が固い表情を崩して笑ってくれた。やはり男前…。
「で、傘はどうします?」
「……いや、遠慮しておこう」
「そうですか…。では雨がやむまで雨宿り続行ですね」
シャワーのように降り注ぐ雨が、一体いつ止むのかは分からない。昼間に発達した積乱雲の恵みなのでしょうか?灰色の空の隙間を、青光りした稲妻が龍のように走っている。
「……よく今まで捕まりませんでしたね」
「何がだ」
「刀を腰にさして歩いてたら、すぐ真撰組に見つかってしまうでしょう?」
「………」
またもや沈黙。これも肯定の意味として受け取って良いだろう。
もしかして、とは思うけど、さっき言ってた"逃げていたら"という意味は真撰組からって事なのだろうか?……まさかね、そんな訳ある筈ない。
刀みたいな物騒な物を持たないでも、それならあの人みたいに木刀にすれば良い。いつ振るってるか私は見た事は無いけれど、刀じゃなくて敢えて木刀にしているのは深い意味があるのだろう。決して聞いた事のない話であり、全ては私の憶測だけど、あの人にはあの人なりに考えての"木刀"なんだ。廃刀令だとか、そんな法令に縛られて従うような人ではないと思う。それぐらいは、私にも分かる。
「……木刀じゃ駄目なんですか」
「それではどこぞの甘党とかぶってしまうからな」
「キャラの問題か!」
「…それに、俺が居る場所はまだこれが必要なのだ」
「居る場所…?」
「アイツはアイツなりに考えての"木刀"なんだろうが、それでは護れるものも護りきれん」
ちょっとした提案が小難しい話に発展してしまった。既に働いてきた私には頭を使って物事を考えるのはもう出来ない。あ、言い方間違えました。出来るけどしたくないです!
護れるものも護れない?
私にとったらスケールの大きすぎる言葉で考えても考えても分かりませんが、彼の居る世界には大きな意味を持つ言葉なのでしょう。もうさっきの鬘のように彼のプライバシーを傷つけるような失態は出来ませんから、ここは大人として口を閉じておく事にしておきましょう。
でも、あの人の場合の話なら私だって出来るんです。
ざーざーと音を立てて降る雨が地面にあたって、その飛沫がパンプスにかかる。濡れたエナメル素材がいつもより輝いて、ピンヒールのせいで実は足が少し痛い。動くには不向きな靴で、走る事もジャンプするのも難しい靴。でもあの人は、私の腕を取って上手に前へ前へと引っ張ってくれたのだ。
護る護らない、なんて壮大な話にはついていけませんが、仮にあの人は私をいつも元気にしてくれる。まあ私が勝手に舞い上がって元気なってるだけなんですけどね。あれ、自分言ってて悲しくなってきたぞ。
「っていう訳でねお兄さん」
「口にしろ口に。自己完結するな」
「あはは、読心術はお持ちではないですか」
「そんなものがあれば苦労はせん。それに俺はお兄さんではない、桂だ」
「ちょ、もーー!人がそこには触れないようにしておいたのに!」
この人自分で自分の事"カツラ"だって言っちゃったよ。私の気遣いが全部パーだ。あれか、このお兄さんは天然なんだな。
「…変わった奴だ……」
「それを言うならこっちの台詞です!」
「…確かにお前のような奴は幕府の人間な訳がないな」
「あ!まだ信じてくれてなかったんですか!」
酷い方ですね、と口を尖らせれば柔らかい笑みを以て「すまんな」と謝られる。
なんだか打ち解けあってきたのが嬉しくて、私も小さく笑った。
「……お兄さん」
「だからお兄さんではない桂だ」
「ちょ、だからもう傷口をえぐらなくて良いですから。…じゃなくて、刀はやっぱり危ないです。お縄につく前に手放しても良いんじゃないですか?」
そこで今まで黙っていたエリザベスが「捕まるようなヘマはしない!」と主張してくる。でも真撰組という組織を知っている私にとって、あれから逃げるのは相当大変な事だと思う。
「見た感じ悪い人じゃなさそうですし……危ない事はやめといた方が良いと思います」
「悪い人、か……。俺が言うのも何だが、もう少し新聞を読むように心がけろ。後、ニュースも少しは見るが良い」
「はい?何でです」
「俺はお前が思っている以上に良い人間では……」
「…?どうされました?」
話が中途半端な所で切れたかと思えば、お兄さんは私越しに何かを見つけたのか、鋭い眼差しでそこばかりを睨んでいる。最初は私が睨まれているのかと思ってビックリしたけど、その視線を追うように首を後ろに向ければ、帰宅ラッシュで賑わう人混みの中に黒の制服を着た人間が見えた。真撰組だ。
「…ふむ、もう少し話してたかったがそうはいかないみたいだな」
「ですねー……残念です」
「では俺達はこれで失礼しよう」
「あ!なら傘をどうぞ!」
濡れますし!そう言って差し出せば、ありがとう、とエリザベスがお礼を言って(書いて)頭を下げてくる。なんと出来たペットでしょうか。
「怪我はしちゃ駄目ですからね!刀を振り回すなんてしちゃ駄目です!木刀でも十分護れるんです!現に私は何度もその人に救われてるんです!」
拳を握って最後に熱弁をふるってみる。てっきり「俺には関係ない事だ」なんて冷たくあしらわれるかと思えばその逆。そうか、と言って納得してくれた。
「偶然だろうが、俺の知り合いにも一人木刀を腰にぶらさげている人間が居る。木刀には少々勿体無い男だとは思うが、あ奴はしっかり護れるべきものを護っている」
「でしょう!その方はさぞ立派な方なんでしょうねぇ」
「いや只の甘党だ」
「ほぉ、また可愛らしい方なんですね」
そんな平和な話をする時間すら無いのか、お兄さんは「これで失礼する」とご丁寧に言ってくれた後、人混みを縫うかのようにして足早と去っていってしまった。一人ポツンと残された私がやけに虚しい。それでもまぁ、なかなか充実した時間に、たまには雨宿りも良いかと納得した。
そんな私の前を横切ったのは、さっき話題にあがっていた真撰組。隊士の2人が、逃げていったお兄さんを見つけ「カーツラァァアア」と叫びながら追いかけている。ちょっとちょっと、公衆の面前で鬘なんて叫ばなくても良いじゃないですか。
こうして、私は雨が止むまでの数十分間、話に出てきた木刀のあの人を思い出し頬を緩ませた。
「(……ん?カツラカツラ……なんか聞いた事あるな………ま、良いか。……雰囲気が少し坂田さんと似てたなぁ…)」
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