待っているよ
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「酷いですよ坂田さん」
「酷いのはドッチだ」
「大人をからかうもんじゃありませんよ!」
「どこの世界に自転車を投げてくる大人が居るんだよ……」
「貴方の目の前に居るじゃないですか」
「うわ、開き直りやがった…」
サドルは無事に新しいのが見つかり、私の自転車はようやく普通の姿を取り戻した。こんなに簡単に直るのなら、もっと早く坂田さんの所を訪れていればと後悔をしたりもした。
って言うか別に依頼しなくても自分で行けば良かったんじゃ?と出てきた疑問は、あまりにも的を射すぎていて何も言えなかった。
そんなこんなで、今は坂田さんのお望み通り甘いモノを奢っている最中です。日本全国にあるであろうファミレスに入り、クリームとアイスとイチゴを乗っけただけのような安っぽいパフェを、坂田さんは目をキラキラとさせてどんどん口に運んでいる。私も甘いものは好きだけれど、きっと坂田さんの方が好きなんだろう。あっという間にパフェは無くなり、この調子だともう1つぐらい食べれるんじゃないかと思い追加注文をしてみれば、「神様!」と坂田さんに拝まれた。
「神様だなんてそんな大袈裟な…」
「も、ホント最高。秋月さん最高。パフェくれる秋月さん最高」
「あーハイハイ……」
どうやら秋月さんが"最高"と位置づけられるにはパフェが必要らしい。それを素直に言った坂田さんに苦笑いを浮かべながら、その幸せそうな顔をみたらなんとも言えなかった。肘をついて、冷め始めた紅茶を一口飲み込んだ。
「お前」
「はい?」
すると、イチゴを頬張ったままの坂田さんが、スプーンを私に向けながら視線を投げかけてくる。
「あんま寝てねーんじゃねぇの?」
「何でです?」
「クマが出来てる」
「見ないで下さいよ!」
「お前、この前会った時もクマ凄かったくね?」
「いつの話ですか!!」
「……あーいつだったけな……」
化粧にロクに時間をかけなかったせいか、私のクマはよっぽど顔に浮き出ているらしい。指摘される程酷いのかと思えば、すぐにでも化粧ポーチを取り出してファンデーションをしたい…!ミルフィーユのように重ねてやりたい……!
「俺達結構会ってなかったよな?」
「え、あ、そうですね…。タイミングが中々合わなかったですし」
「人に依頼しといて中々来ないとは良い度胸してるじゃねぇーか」
「う゛……!」
痛い所をつかれて視線を逸らすと、ケタケタと坂田さんが笑った。なんですか、万事屋の管理人が管理人なら住む人も住む人じゃないですか。皆が皆私をからかってばかりで、でも特に言い返せない自分が情けなく、思わずため息がでた。
「幸せが逃げるぞ」
「(貴方のその幸せそうな顔見てたら充分ですよ…)」
本当に子どものようにパフェを食べ進める。大人の男の人でも甘党は居るだろうけど、こんなに嬉しそうにパフェを頬張る人は江戸中を探してもこの人だけだろう。
「美味しいですか」
「美味い」
「それは良かったです」
報酬がこんなファミレスで良かったのだろうか、と少しは思っていた身分なので、こんなに喜んでもらえたら救われる。始めて会った時はもっと凛々しい顔をしていたような気がするけれど、今はどうだ。子ども顔負けの幸せぶりに、トイザラスの出演依頼がきてもおかしくないと思う。うん、坂田さんなら子どもの代役だってきっと出来る。あ、口の端にクリームついてる。
肘をつきながら紅茶を飲めば、坂田さんが己を見ている視線に気付き、しばし目が合った。と思えば、今度はニヤニヤと笑い出す。あ、嫌な予感。
「見惚れちゃってんですかァ?」
その瞬間、紅茶が喉を通らなくなった。
「オイィィィイイイ!!!!こぼれてる!紅茶零れてるから!!!」
「…え?…あぁあああ!!!」
正しくは喉を通らなくなったのではなく、喉を通る以前に、そもそも口に届いていなくて、傾けられた紅茶は無惨にもテーブルにこぼれていった。そしてそれは私の着物にもかかってしまった。
「おま、バカ!早く拭け!」
「シミになったら坂田さんのせいですからね!?」
「何で俺のせいだよ!」
「坂田さんが変な事言うから!」
「銀さんは秋月の気持ちを代弁しただけですぅー」
「み、見惚れた覚えなんかありません!」
「そんな真っ赤な顔して言われても説得力が無いんですけど…」
「う、五月蝿いです!!」
「ぎゃぁぁあ!!!俺のパフェがァァアア」
あまりの余裕ぶりに腹が立って、残っていたパフェに温い紅茶を全部かけてやりました。その温さに負けてアイスなんかとっとと溶けてしまうが良いわ!人をからかったバツだ!
「お客様、これでどうぞお拭き下さい」
「すいません…お借りしますね」
紅茶のまざったパフェを恨めしそうに見ている坂田さんをアウト・オブ・眼中にして、店員さんから笑顔でタオルを借りた。シミにならずには済みそうだけど、仄かに紅茶が香る着物というのはなんとも不自然だ。和と洋の融合か。
「クリーニング代は坂田さんでお願いしますね」
「マジでか!」
「ついでにここの代金も坂田さんでお願いします」
「それ酷くね!?」
パフェがダメージを受けたのがそんなに衝撃的だったのか、さっきの余裕な態度はどこへやら、凹みまくっている様子が失礼ながらも可愛いと思ってしまった。
「今日は散々だ……」
「?」
「自転車にどつかれたり、自転車にどつかれたり、自転車にどつかれたり…」
「どつかれてばっかりじゃないですか」
「挙句の果てにはパフェに紅茶をぶっかけられ」
「以外に美味しいかもしれませんよ」
笑ってそう言ってみれば、坂田さんは素直にそれをスプーンですくって一口。味が悪くなかったのは顔をみてすぐに分かった。
「ん。美味い」
「紅茶をかけた私に感謝ですね」
「お前のその暴挙は二度と忘れねぇからな」
「暴挙ですか!?」
まさかそこまで言われるとは思わず、大きな声が出てしまい、しかも言葉の意味が意味なもんだから周りの視線がざっと私達に集まった。
「あ、えっと、何もないですからね、あはははは…」
苦笑いを浮かべながらそう弁解してみれば、チラホラと周りも自分の時間へ戻っていく。また店にいつもの空気が流れ出しホッと息をつけば、呑気にスプーンをくわえている坂田さんが目に入った。さっきまであんなに落ち込んでたくせに…!
「忙しそうですねお姉さん」
「あーそうですね忙しいですね」
まるで他人事のような言いぶりに、腕を組んで口を尖らせながら嫌味たっぷりに言い返してみた。生意気な奴だな、と坂田さんは笑う。あぁ、もう、その笑顔を見ただけで私はどうでもよくなる訳ですよ!
「(……はぁ……)」
そろそろ宇宙が爆発してもおかしくないんじゃないだろうか。
――仕事と恋、どっちが大切?
耳障りないつかの社内暖房の音が消えて、ぼんやりと形が無くなりかけていた輪郭はいつの間にか戻ってきた。何を隠そう、私の目の前に居るじゃないですか。
今までモヤモヤと悩んできたものの、会ってみれば、悩んでいた日がとても馬鹿馬鹿しい。忘れてないだろうかとか、そんな次元の問題など会ってしまえばあっという間に色なんて落ちてしまった。なんて単純な奴なんだろう、私は。
会えば勝手に緊張して、喋り始めたら楽しくなって、さよならの時間が近づけば寂しさを感じて……。
「単純だなぁ…私……」
「あ?何か言ったか?」
「え!?あ、いや何も……」
清算を済ませて店を出た時、世は丁度昼過ぎを迎えていた。すっかり元の姿を取り戻した愛車を引きつれ、万事屋と私のアパートへの分岐点まで並んで歩いていった。
久しぶりの休みに、こうやって人と話すのは久しぶりだ。昨日のこの時間なんか、デスクに座って片付くどころか増えていく仕事に愚痴をこぼしてばっかり。残業代も入らないのに夜の遅くまで「こんな仕事辞めてしまいたい」とぼやきながら社内に残っていた。いやぁ、頑張ってるわ私…。
「万事屋業は順調ですか?」
「たまに儲かったり…かねぇ」
「たまにで大丈夫なんですか?新八君にお給料とかあげないと。って言うかその前に家賃を返さないといけませんね」
「だから家賃はいつか返す」
「(いつだ…)」
「お前は」
「はい?」
「お前は忙しそうにしてんじゃねーか」
「あー…そうですねぇ…。中々お休みもみらえないですね…」
「いつも何時ぐらいに帰ってんだ?」
「バラバラですよ。夕方だったり、夜遅くだったり…。でも何で急にそんな事?」
「いや、この前たまたま駅前を通りかかった時お前の事思い出したから」
神様駅前という道を作ってくれてありがとォォォオ!!!
思わずガッツポーズを作りたくなってしまった。まさか思い出してくれているとは知らず、私はのうのうと駅を利用していたらしい。
「いま思い返してみれば駅での出来事は中々衝撃的でしたねぇ…」
「お前泣いてばっかだたな」
「忘れてください」
真顔で、それから即答で言ってみれば坂田さんが軽く笑った。その横顔を盗み見しながら頬を赤くする私に、あの時の質問を聞いてみればきっと、私は宇宙が爆発する方の答えを言うのだろう。ホント、単純な人間だ、と痛感するしかない。
「じゃあ私道こっちなんで」
「あー、そう。じゃぁな」
「今日はありがとうございました!」
「いえいえ」
ペコリと頭を下げてみれば、髪を軽くかきながら坂田さんも小さく頭を下げた。その格好が可愛らしく、思わず小さく笑えば、顔を上げたときの彼自身も片方の口角を上げて笑っていた。
「じゃあまた今度な」
冬前だとは思えないぐらい程好いあったかい風が吹きぬけた気がした。暖房の風とは全く違う心地良いそれに髪はなびくが、私自身は動けずじまいで、去っていく坂田さんの背を黙って見送るばかりだった。
また今度?
何ですかその言葉は。また今度があるんですか。今日のサドルで終わりだ云々かんぬん考えていた私が凄い恥ずかしいじゃないですか。
「ま、また今度!」
その背中に精一杯の言葉をぶつけてみれば、振り向かないままヒラヒラと手を振ってくれた。
どうしようもなく、あっちのペースに乗っけられているような気がする。
「(うわーわーわーわー!)」
今日で一番赤くなっている頬に手を当ててみればやはり熱かった。
ああやって簡単に次の機会を作れる坂田さんはズルイ。たった一言で喜んだり、恥ずかしがったりする私は子どもみたいだ。
いつか、私がリードして坂田さんと肩を並べる日はくるのだろうか。
私はただその日を想って、全快になった自転車のハンドルをぎゅっと握ったのだった。
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