待っているよ
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しかし、よくもまー……。
自転車を引っ張る私を…、と言うか自転車を見て坂田さんが呟いた。
「こんな状態でよく乗ってたな」
「駅に行くにはやっぱり自転車が一番便利なんですよ。」
「免許取れよ」
「色々お金がかかるじゃないですか」
「あん?1人暮らしの女はケッコーな額貯めてるらしいじゃねぇか」
「どこ情報ですかソレ」
歩き始めてはや数分、私の心配はよそに、会話は驚く程スムーズに進み始めた。それはもう友達のように、口から勝手に言葉が出ては2人で笑った。
「アポ取らないで大丈夫でしたか?さっきヘルメット持ってましたが、何処かに行く予定があったんじゃ…?」
「いや、特にする事無かったし、まぁ、タイミング的には良かったんじゃね?…この前はババァに会ったんだろ?」
「ババァ……?あぁ、お登瀬さんですか!…坂田さん家賃滞納してるらしいですね」
じとーっとした目で見てみれば、いつかまとめて返しますー、となんの信頼も感じられない言葉が返ってきた。いつかっていつですか、ホントに。
やれやれといった感じにため息をついてみれば、坂田さんがおもむろに「今日は」と呟いた。
「今日は、スーツじゃねぇんだな」
「?…あ、格好ですか?そうですねぇ、毎日スーツって訳にはいきませんよ。窮屈ですし」
「着物は窮屈じゃねぇのか?」
「……実はいうとスーツより窮屈ですね……」
お恥ずかしながら、日本女性のくせにヤマトナデシコという地位は到底無理な私です。着物も完璧にきれて、礼儀も知っていて、日本人らしい奥ゆかしさが私には全くもって足りないのです。
それが何やら恥ずかしくて小声で言ってみれば、ちゃっかり聞き取った坂田さんが「何だソリャ」と小さく笑った。
あぁ、笑った顔を見るのも久しぶりだ。思わずときめいた胸に、十代の頃に置いてきた青春を思い出す。今じゃこうやって仕事の合間を見つけてしか自分の自由が無いのだから、忙しいったらありゃしない。
そんな事を考えていると、坂田さんがタイムリーに仕事の話をしてきた。お前この頃忙しいのか、と聞かれてすぐに頭を縦に振った。
「仕事をまかされる機会が多くなりまして…」
「どおりで来ねぇ訳だよ。俺ァてっきり忘れてるもんかと…」
「す、すみません……でも忘れた事はありませんよ?」
「マジでか」
「?マジですけど」
「そりゃ光栄」
と言って、大きな手が遠慮なしに頭を撫でてくる。ちょ、髪が乱れる!と思ってみたものの、あまりの突然の行動に思考はついていけなかった。口は「あ」の形を保ったままで、顔に熱が集まってきたのかとてつもなく熱い。そんな私の顔を見た坂田さんがニヤリと笑う。
「顔が真っ赤ですけど?お姉さん?」
スッと温もりが去って、坂田さんは何事も無かったかのように先を歩いていってしまう。
な、なな、何だ今のはァァアア!!!恥ずかしさのあまり再びヘッドをシェイキングしたかった私は、なんとか、なんとか理性という鎮静剤により深呼吸を繰り返す。
まるで子ども扱いされているのが気にくわないけど、今の私達を見ていれば一目瞭然。大人で余裕をこいているのは死んだ魚のような目をしている坂田さんだ。悔しい!
「そんなキャラじゃなかったじゃないですかァァアア!!!」
「ごふっ!!!」
私の手から発進された無人自転車が、見事に坂田さんの背後に衝突した。彼の悲鳴が聞こえ、がしゃーんと愛車が倒れる。
「お前こそ自転車を人にぶつけるようなキャラでした!?そうでしたか!?」
「ハッ!すみません!つい!」
「"つい"で人に自転車をぶつけるほど物騒な世の中なのか今は!」
涙目で背中をさする坂田さんを見てようやく我にかえる。危ない危ない、社内のデスクのようなノリだと駄目だ。もう既に少し手遅れである現実は敢えて見ないようにしておこう。
「ったくよー……」
「だって、坂田さんそんな感じのキャラじゃなかったじゃないですか…」
「俺はホントはこんな感じなんですぅー秋月が知らないだけなんですぅーテンションが上がってるだけなんですぅー」
「………テンション?」
「そ。テンション」
倒れた自転車を起こしながら坂田さんが言う。何かテンションが上がるような出来事なんてあっただろうか?あ、もしかしたら私の会う前に万事屋で何か良い事があったのかもしれない。
そう決め付けていた私に、坂田さんはとんでもない事を言った。
「始めての着物姿が見れたしなぁ。……まぁ俺はどっちかっつーとスーツの方が好みだけど、着物姿も良いんじゃね?」
と言って、再びニヤリ。
数秒後、だからキャラが違うぅぅぅう、という私の叫びと共にまた坂田さんに自転車が発射されたのであった。