いつか2人で1日を想う
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仕事と恋、どっちが大切!?
そんな見出しを飾っている雑誌の1ページを見ていたら、##NAME2##に取り上げられ躊躇いなく真っ二つに引き裂かれた。
「な、何でェェェェエエエ!?」
「胸糞悪いページを見てるからよ」
「ちょ、これ今日買ったばかりの雑誌なのに……!」
「恋にうつつを抜かしてる奴なんか皆死んでしまえば良いわァァアア!!!」
「どうしたのこの子!何で急にひがみキャラになっちゃったの!」
只のファッション雑誌の中に、たまたまそういった特集の記事があっただけで、別に恋にうつつを抜かして買った訳ではない。断じてそうではない。それでも破れたページが戻ってくる事はなく、実は裏はお気に入りのお店の特集をやっていたとは知らず、私は泣く泣くそれをデスク横のゴミ箱に捨てた。
彼女は最近私に厳しい。
「わ……わたし何か悪い事した…?」
恐る恐る隣の彼女にそう言ってみれば、鋭い視線が向けられる。あまりの鋭さに「ヒィッ!?」と小さな悲鳴をもらしてしまった。
「##NAME1##は、仕事と恋どっちが大切なの!」
急に詰め寄られ、思わず唖然。そんな突拍子のない質問を私にしてなんの意味があるのだろうと思った。そんなの決まっているじゃないか。
「仕事」
答えた私に容赦なくチョップがふって来た。
「いったァァア!!!ちょ、もうホントに何!?」
「駄目だ駄目だ!日本の未来は終わりだ!」
私の一言なんかで日本の未来が終わってたまるか。涙目で反論してみれば、彼女は口を尖らせてまた詰め寄ってくる。一体何だと言うのだ。
「駄目よ##NAME1##」
「何が」
「仕事が大切だとか言ってちゃ」
「何で」
「それは恋人が居る人だけが言って良い言葉なんだから」
「何だそれ。って言うか何で私チョップされた?」
「##NAME1##を見てるともどかしいわ」
「ちょっと人の話を聞きなさいよ」
「どうしてそう決定打に欠けるの!?」
「もしもーし、お姉さーん」
「ちゃんと勢いに乗りなさいよ!!」
「人の話を聞いてェェエ!!」
結局私がチョップされた理由は教えてもらえず、でも彼女がモヤモヤした気持ちを抱えているのだという事は分かった。しかもその中心に私が居るのだから、ほっておく訳にはいかない。何かをした覚えはないし、"決定打"という意味も分からなかった。
ブオォ、と暖房が唸るような音を上げて社内を暖めている。少し暑すぎる中で、##NAME2##の言葉に首を傾げれば再びチョップがやってきたので、今度は両手で咄嗟に止めた。何この暴力的な子ォォオ!
「待って!落ち着いて話し合おう!暴力はよくない!」
「決定打が足りない……!」
「アンタの決定打(チョップ)で私の息の根が止められるっつの!」
ひとまず落ち着かせようとデスク椅子に座らせる。すると彼女は腑に落ちないような顔を浮かべて自身のデスクに戻り、仕事を再開しはじめたのだ。全く持って意味が分からない。
「ねぇどうしたの?」
「………##NAME1##は…」
「うん?」
「………かれこれ何連勤ですか…」
「(ですか?)……覚えてないな…」
「お休みを最後に貰ったのはいつ……」
「お休み?……あー、いつだったっけなぁ……」
「それじゃ駄目だァァアアァ」
しまいには頭を抱えて「駄目だ駄目だァア」と騒ぎ出す友人。いよいよ壊れてしまったかと思った時、ガバリと突然顔を上げる。
「び、ビックリしたぁ…」
「そんな事じゃ愛想つかされるよ」
「は?」
愛想をつかされる?一体誰に、と言いたげな視線を送れば、分かってるくせに、と彼女。いやいや分かりませんよお姉さん。私には愛想つかされるような相手も居ませんし、そりゃ親に中々連絡取ってないからその内怒りの電話の一本や二本はきそうですが、それはまた愛想とは別の話で……。
悲しい事に、私には愛想をつかされる相手などいない。頭上で、暖房の音が少し耳障りだ。なんとなくだけど、彼女が抱えていたモヤモヤが私の方に移ってきたような気がした。
「あー……ホラ、誰だっけ……」
思い出しているかのようなその言葉。
それにつられてか、私の脳裏にもたった一人、ぼんやりと影だけ思い出す人間が出てきた。暖房の風向きが変わり、じかに風が当たっているのか前髪が小さく揺れ出した。
そして彼女はポンッと手を打った。
「そうそう!万事屋さん!」
確かそんな会社名だっけ、と言っているが、あそこは会社というほど大きな組織ではない。坂田さんが自由気ままに人を助けるお仕事をしているだけだ。私から見れば、あの人のお人よしさは最早ボランティアの域に達していると思う。あれで儲けが出ているのかが本当に不思議に思う時期もあった。
また暖房の風向きが変わる。あの唸る音が少し遠ざかると同時に、浮かんでいたその人の影がもっと濃くなった。
最後に会ったのはいつだったっけ?
さっき彼女がしてきた質問に似たものを自分にぶつけてみた。悲しい事に、思い出せない。ただ思いだせるのは、季節はまだ夏で、祭でテロが起きた時あたりじゃ無かっただろうか?……あれ?でも私この前万事屋に行かなかったっけ……?
「………」
「…おーい##NAME1##さーん?戻ってこーい?」
正直、忘れていた。何もかも。
サドルの事で万事屋さんに行かなきゃいけない事。この前はそうだ、確か不運にも不在で、下のスナックのママさんに散々からかわれて帰っただけだった。思えばあれから随分な日数が経っている。
仕事優先な女というのはこういうものなのか、それが改めて実感されたようで妙に悲しくなった。深夜のコンビニ前で急な依頼を頼んだのは私だというのに、足も運べないというのは失礼すぎる。自分に頼んでおいた事も忘れ、仕事が忙しいからを盾に私はずっとこの場に居たのか。あのスナックにも呑みにいけずじまい、駅から自宅までは徒歩、そして多忙な日々に飲み込まれていく私。それがさも当たり前のようになっていた。
途端に、胸にポッカリ穴が開いたような気分になった。風向きがまた私に向く。唸る音に紛れあの人の影が薄くなった。
「……………駄目だ」
「ちょっと##NAME1##さん今度は貴女が私を無視ですか」
消える、と思った。浮かぶあの人の影が薄くなっていくように、もう二度と思い出せないぐらい霞んで、最後には消えてしまうのではないかと。
「……もう駄目だ……私は終わった………いや、特に何も始まってなかったけど…」
「勝手に呟いて1人で突っ込むのはやめてくださーい」
悲しい事に気付いてしまった。
終わるも何も、私とあの人とでは何も始まっていなかったのだ。"サドル"というちっぽけなものがなければ会いにもいけないのか。
仕事と恋、どっちが大切?
そんな見出しにまさかこんな事を気付かされるなんて思いもしなかった。あぁ、なんか気分が沈んできたな、雑誌なんて買うんじゃなかった……。
今週の日曜日、私にようやく休日がやってくる。その時に万事屋さんに行こう。新しいサドルがやってきて、それで私と坂田さんの関係性は全くなくなるのか…。それならずっとお客でも良いと思ってしまう辺りなんて駄目な私……。
「うわぁぁあぁー………来週の日曜なんて来るなぁぁああー……………」
「久しぶりの休みのクセに何言ってんの」
暖房がまたこっちを向いて、不細工な音を立てている。いつもは仕事の邪魔だとしか感じないその音も、今では全然苦じゃなかった。静か過ぎるより、騒がしい方が楽だと思った。脳裏のあの人の影がまた薄くなって、私は肘をついたまま目を閉じた。ポッカリと空いた穴に生ぬるい風だけが吹き抜ける。
**********
最悪だ。
銀時はそう思いながらスクーターを走らせていた。今日もファンである某アナウンサーの天気予報を欠かさず見たのだが、雨という単語が一切出てこなかったので安心していたらこの様。オレンジと黒が混ざり合ったような色合いの空の下、降り注ぐ雨にうたれながら銀時はスクーターに乗っていた。そんなに強い雨ではないが、これに乗っていては大雨にうたれているように感じてしまう。ゴーグルをすれば水滴で前は見えないし、かと言って裸眼でも目を細めて運転しなければいけない。濡れた髪が顔に張り付く感覚に顔を歪めながら、帰宅ラッシュで賑わう駅前を通る。
「(ったく…!何でこんなに車が多いんだよ…)」
それは勿論迎えにきた車の列であり、そこへ公共バスも加わるのだからその混雑ぶりは見事であった。いつもなら車の隙間を通って走り抜けるのだが、雨が降っているせいか、思うように抜ける事が出来ない。
そしてまた一本電車が駅についたのか、改札の方からドッと人が押し寄せる。銀時はいつも思うのだが、こんな人数がよくあんな乗り物に入りきるな、と改めて考えながら顔を改札の方へ向ける。
電車は何度も利用した事がある身だが、ラッシュは基本避けるようにしていた。あんなにもみくちゃにされるのは御免だと思っているのだ。
「………アイツも今頃帰ってきてんのか……?」
一度だけ、帰宅ラッシュに入る前の人が居ない車内で会った事を銀時は覚えていた。
この駅を見ると、1人の女がすぐに思い出せた事に銀時は苦笑い。最近は顔も見ていないというのに、すぐに思い出せるという事は相当印象が強かったらしい。
初めて会った時は確か、朝の通勤・通学で賑わう駅のホームで、顔面蒼白で立っていた彼女をたまたま銀時が見つけたのだ。今にも飛び込むんじゃないか、というぐらいの悲愴な顔をしていたので、銀時が思わず「早まるな小娘ェェエエ」と急いで腕を取ったのが最初の依頼の始まり。
「……結局サドルの依頼はどうなったんだか……」
銀時の独り言が雨と一緒に地面に落ちる。こんなに人が多くては彼女を見つけるのは一苦労だし、そもそも今が帰りなのかすら分からない。
車はあと少しで進みそうで、この駅前を抜けたら後は万事屋までスムーズに帰れるだろう。それなのに、何故か視線が改札の方から離れない。
――貴方は私を覚えてくれていますか…っ!
「(あー……なんかそんな事言ってたな…)」
正直な話、知り合ったキッカケがキッカケだっただけに"変わった女"だと銀時は思っていた。スーツを着て、私凄く仕事できる女です!という雰囲気は持ってなくもないのだが、実際は小さなヘマをやらかす事もあるし、思えばこの夏にたまたま町で会った時は日傘でぶつかられた事もあった。
それから、駅で見かけた時は、大体泣いていたような気がする。
銀時はそう思いながらまだ改札を眺め、睫毛から滴り落ちる水滴に目を細めた。
あの日、駅の清掃員という事で、その格好をしながら箒と塵取りを持っていたところ、大勢の人の中で何故か彼女の姿だけが鮮明に目に入ったのだ。周りの人間は朝の混み具合に苛々していたり、若しくは眠そうな顔をしていたりが殆どなのに、彼女だけは違っていた。銀時も思わず人の多さに苛々しながら顔をしかめていたが、あまりにも彼女の表情が浮いていて、目が釘付けになった。
泣いている、とすぐに思う事が出来た。
それから気が付いたら、腕を引いていたのだ。
「(そういや俺いっつも腕引っ張ってばっかじゃね?)」
この前は運悪く入れ違ったせいで、もう随分と2人は会わずじまい。頓珍漢な依頼も一体どうすれば良いのか分からなかった。
流れるようにどんどん改札から出て来る人の波。それでも、その中にあの時のように目を引く人物の姿を見つける事は出来なかった。徐々に車も動き出し、銀時の乗るスクーターもようやく前に進みだした。
「(あいつ俺の事忘れてんじゃ……?)」
有り得ない話ではない。何処かぬけている彼女なら有り得る。今度の休みはいつで、何曜日に万事屋に来るのか……。それが分からない限り、銀時もどうしようもない。待つというのが苦手な銀時であるが、仕方ないか、と珍しく納得し、ハンドルを強く握ったのだった。
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