今日という日が
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夕方の賑わいの中歩いていく人の中で、坂田さんは不意に私に声をかける。
「さっきの看板な」
「はい?」
「神楽が妙に気に入っててよ」
「神楽…?あぁ、従業員の神楽ちゃんですか」
まだ顔は見た事が無いけど、15にも満たぬ天人の少女らしく、出稼ぎの為に地球にまで来たんだとか。その年齢でそこまで行動力があるとは本当に凄い。さて、その少女があの看板を気に入っててくれてたなんて喜ばしい事です。
「そうなんですか」
文字だけで見れば無愛想な返し方だが、私は精一杯の喜びを含んだ声音で呟いた。それを聞いた坂田さんはまた言葉を続ける。
「ま、キッカケつったら俺が最初に気に入ったのが事の発端で…」
その発言を聞いた瞬間に、私の足は地面に根を張ったようにその場に立ち尽くしました。
キッカケは坂田さんが気に入ってくれたから?
「(…………仕事してて良かったかも…)」
坂田さんからこんな言葉がもらえるとは思ってもいなくて、仕事疲れでボロボロの私の体は、その言葉に感動してしまい泣きそうになっていた。この一言の為に仕事を頑張った訳じゃないけど、この忙しかった数日間と今までの仕事は、無駄じゃなかったと思えた。
「何て言うか色使い?が、好きっつーか…」
あれこれと余計な事も考えたりしたけど
「俺、けっこーああいう色に惹かれててよー…」
まあ、それはそれで、無駄じゃない時間を過ごしてきた、らしい。
「……秋月?何やってんだお前」
「…………か、」
「か?」
振り返った坂田さんはキョトンとした顔をしている。何だその可愛らしい顔は!!
「帰る!!」
「はぁ!?」
さっき社内でそう叫んだ時のように、立ち上がる代わりに私は思いっきり走り出した。すれ違う瞬間に、「おい!」と声をかけられて一応立ち止まって振り返ってみました。
「坂田さん、スクーター引っ張ってまで一緒に居て下さってありがとうございましたもう迷わずに家まで帰れます!!!」
「俺はおまわりさんか!!迷わずに家に帰れて当たり前です!!」
せっかく隣に歩いてくれていたのに、何とも失礼な仕打ちかもしれませんが、私は家に帰らないといけません。
「私、仕事しないと!」
「うん!?」
ヘルメットをかぶり、スクーターに跨った坂田さんは首を傾げる。貴方が褒めてくれたから仕事を頑張る、なんて凄くゲンキンな女だと思われても仕方ないけど、只、取りあえず働かなきゃって思えたんです。
「いっぱい働いて、いっぱい良い物作ろうと思います!」
「……」
「もっと働いて!それから」
「まぁ、無理はすんなよ」
「…」
「体壊したら元も子も無ェしな。働くのは結構だが、どうしようもなく困ったら万事屋銀ちゃんへ駆け込みを」
その言葉に、私は久しぶりに満面の笑顔を作れたような気がした。目元のクマもすっと白に溶け込んでいきそうな幸せの中、私はようやく前へと向き直った。さて、仕事!
「サドルの件、忘れんなよ~!」
スクーターで追い抜かされる瞬間、坂田さんは声を若干大きめにしてそう言った。忘れないで、は私の台詞です。背中越しにヒラヒラと手を動かしていく坂田さんの背中を見送り、持っていたコンビニの袋をぎゅっと強く握った。
うん、頑張ろう。
夕陽が、徐々に姿を消していき、藍色の空にようやく月が見え隠れしてきていた。
**********
「壊された?」
ごくありふれた日常生活を過ごしているなら、中々出てこないであろう発言。一体何が壊されたかって?そりゃ、上司からかかってきた電話の内容ですから仕事に関係する事です。もう答えを言うと、看板、です。只今の時間深夜の2時。更に詳しく言えば、坂田さんとコンビニで出会って嬉しい発言をされてから二日後の事です。つまり、祭が終わって、数時間しか経っていない夜の事です。夜だというのにけたたましくなった電話に只ならぬ雰囲気を感じ取り出てみれば、疲れたような声音でたった一言告げられたのだった。
壊されちまったよ。
意味が分からなくて聞き返したのは、冒頭の私の台詞です。今の今まで寝ていましたが、起きていてもこの言葉だけじゃ全てを理解する事は出来ないでしょう。布団から這い出し、部屋の明かりをつけて、相手が見えぬ事を良いように大きな欠伸をしてから私はまた聞き返した。
今な、真撰組から連絡が入って…。いや、会社がテロで壊されたとかじゃなくて……まぁ、テロっちゃーテロなんだが、その被害を受けたのがウチの看板で……。全てが壊された訳じゃないんだが、祭に関するものが結構壊されたみたいでよ……。祭のテロに関わったのは過激派攘夷志士の高杉晋助らしいが、看板を壊しまわったのはそれに感化された下っ端の攘夷志士だろう、って真撰組は言ってるが……。悪いな秋月、今日からまた回収作業とかで忙しくなるぞ。でも業者にはもう連絡してあるから、お前はまず普通どおりに出勤してくれて構わないから。全員が揃ったら振り分けを決めよう。それじゃあお休み。
「(………そうか、壊されちゃったんだ)」
怒る訳でもなく、悲しむ訳でもなく、一息吐いて布団にまた倒れこんだ。そのまま電気をつけっ放しのまま朝を迎える事となり、アラームで起きた私は急いで出勤の支度をした。起き上がろうとした時、手に握られてあった私の携帯。まるで深夜の会話が夢であったかのような心地のまま家を出たけど、電車の中で確認した着信履歴には確かに上司の名前が。そうして社内に入れば、ドアを開けずとも分かる殺気が外にまで滲みでていた。ちょっと臆しながら中へ入ると、その殺気はどうやら例の過激派攘夷志士に向けられているらしい。
「おのれ高杉め………!」
そんな声がチラホラと聞こえる。そりゃ真面目に仕事してああいった宣伝を作ったのに、一晩のうちに壊されたら腹は立つ。けれど私は一人落ち着いているように感じた。
「(別に、その高杉って男が直接壊しまわった訳じゃないんだけどな……)」
いつものデスクに荷物を置いて、すぐにパソコンの電源をいれる。既に出社していた同期がイスに乗ったまま無言で近づいて来た。目は、自分が持っている書類に向けられているままで、私はそれを横目で見ながら、敢えて聞いてみた。
「どうしたの?」
「………疲れたわ私」
「うん、そうね」
「いやー、お姉さん。昨日祭に行かなくて良かったよね。もう少しでテロに巻き込まれる所だったわ」
「うん、行く相手が居なくて万々歳だわ」
淡々とした会話は、この苛立っている空気にはよく馴染むと思った。今までに看板に落書きをされて回収した、という事例はあるけれど、全てを壊されたというのは今回が初めてで、みんな少し戸惑っているというのもあるんだろう。でも与えられた振り分け表を見てこれからの各々の仕事を確認し、また働くしかない気持ちに駆られる筈だ。
みんな、そうやって頑張って生きている。
今日の所はまだ真撰組が検分をしているらしく、本格的な回収作業は明日からに決まって、上司の計らいか、私達は早くに帰れる事となった。飲みにいく気分も起こらないまま、私はまた夕方時に地元に帰ってこれた。テロが起こった事など微塵も感じさせない風景なのに、確認の為と見に行った祭の看板は、爆弾か何かで完膚なきまでに破壊されていた。
「おお、デストロイ……」
きっと、オフィス街に建てたあの看板も、壊されるとまではいかなくても、何かしらの被害は受けているんだろう。
「(高杉に感化されて、か…。……子どもみたいな事するなぁ…)」
真撰組がまだその場で検分をしている。それをまるで他人事のように見つめながら、足はようやく家へと向かう。そんな時、同じようにその場を見つめていた小さな男の子が、隣に立っていた母親の手を引いてこう言ったのが聞こえた。
「ぼく、あの看板好きだったのになぁ…」
大きな花火を描いたあの看板は、この少年の心を掴んでいたらしい。
「(ああ、やっぱり私がやってきている事は無駄じゃないんだ…)」
看板が壊されといて何だけど、私の足取はいつもより少し弾んでいたかもしれない。口角も、意識せずとも上がっていくのが分かる。そして、一つの答えに気がついた。それは、数日前、私が悶々と考えていた問題の答え。
「(あぁ、そうか。今の私に足りないものは体力でも気力でもなくて、"平和"か……。や、色気も足りないけど、何より"平和"が足りないな。テロで仕事の邪魔された?ふざけないでよ、起こすなら迷惑のかからない別の世界で起こせっつの!)」
平和になれば良いな。大きすぎるその希望を、いつの日かきっと、私の日常にしてみせる。
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