今日という日が
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「やややや、やっぱりクソ暑いよオォオォォオォ!!!!」
「声に出すな千早!絶えろ!あ、間違えた。耐えろ!!」
「いまの言葉で俄然ヤル気無くしたアァアァ……!」
結局残業のせいで一睡も出来なかったけど、そのお陰で仕事はまあ少し捗り、私達はスケジュール通り「外」に来れる事が出来ました。私の安全運転のもと、会社の車を借りて、近くに駐車場も見当たらないので車道の端に止めておいた。邪魔にはならないからクラクションを鳴らされる心配も無いし、今は場所の確認だけだから数十分もここに居る訳では無いので、車の止め位置を咎められる事も無いだろう!エアコンの効いた車を出て、2人で暑い暑い暑いんじゃーと文句を言いながらも、その場所の大まかな記録を取って行く。見た感じ、注文されている看板の大きさはじゅうぶん入るスペースはあると思う。あちらこちらに天人の技術で建っているビルが私達を見下ろしているが、まあ人の目が多いからここに宣伝をするのは良い事かもしれない。その場を軽く写真におさめていく。こうやって形に残しておかないと、後々面倒くさい事になったら大変なのです(体験談)。
「暑いよー…」
「これ終わったら喫茶店にでも行こう、会社の金で」
「そうですねー…」
力無い彼女の返事に笑いながら、滴る汗をハンカチで軽く拭いた。お日様が一日の中で一番高く上がっている時に出歩くのは疎ましいが、ずっと社内にこもるのも好きではないので、彼女には悪いがもう少しここに居ていたい気もする。
人が行き交う様子、走り去って行く車、変わった形をしている天人、それはもう色んなものが往来している。その様子は朝の駅のホームによく似ていて、思わずあの人の姿を探してしまう私が居た。デジカメを構えたまま、看板を設置する場所とは正反対の所を何となくズームしてみる。私達と同じように汗を拭い歩いている社会人が数人、綺麗に着飾って日傘をさしている女性陣。後者が羨ましいとは、遂に私の頭はやられたな。きっと昨日雑誌なんか読んじゃったからだ、うん、きっとそうだ。まるで独り言のように言い聞かせ、首を何度か軽く上下に振ってみる。無理矢理納得させてるみたいだ。後ろでは彼女がまだ「暑いー!」と叫んでいる。そろそろお黙りさない、と私が口を挟もうとした時、目前にぬっと影が立ち上がった。驚き肩を竦めて小さく悲鳴をもらしてしまったが、それが人だと気付くのにさほど時間はかからなかった。ただ、急に出てきた人物の服が真っ黒だったものだから、本当に何かの影が立ち上がったのかと思った。
「ひぃ!?」
「人の顔を見て悲鳴を上げるたァ酷い女でィ」
「……あ…」
落ち着いたような声を発する人物は、夏の太陽の光にキラキラ透ける髪を惜しげもなくさらしていて、まだあどけない少年のようにも感じる可愛らしい顔を態々しかめさせて私を見ている。私は、彼を知っている。
「あぁあぁぁあぁぁあぁああぁ!!!!!!」
「人に指をさすな」
(多分)年下に注意されるとは何とも情けないが、私が叫ばざるをえない立場と言っても過言ではありません。過去に一度、私は彼の悪戯……というか何と言うか、バカらしい警らに引っ掛かってしまったのだ。サドルの取られた哀れな自転車にまたがる私に、更に仕打ちをかけるように引き止めたりして、挙句の果てには一生必要ないだろうと言っていいぐらいのメモ用紙を渡していきやがったこの少年!結局あのメモ用紙に書いてあったキャラクターは分からずじまいです!
「あなたあん時の……っ!!!」
「…ん?…………あぁ、あの立ち漕ぎで爆走してた人ですかィ」
「いま思い出したの!?」
「いやぁ、あの立ち漕ぎっぷりは最高でした。競輪場に居てるぐらいの臨場感はありやした」
「スルー!?しかもそんな臨場感あの場にあったかな!?」
「お久しぶりです」
「会話が出来ないいぃいぃぃ!!!」
思わずアスファルトにしゃがみ込み、このマイペース少年と出会った事を悲観ぶっていると、同期までもが「あぁあぁあぁあ!!!」と大声を出した。私はてっきりこの少年を見てそんな声を出したと思っていたが、彼女は何やら一目散に運転してきた車に駆け寄っている。私も、熱を跳ね返すアスファルトの熱気に負けじと目をこらして見てみれば、役人らしき数人が私達の車の点検をしているではりませんか。もしかして、と思った時には遅く、引っ掛かってしまいました。
「ちょ、ちょっと待って下さい!いま仕事でここに止めてただけで、すぐに場所移動させますから!」
「はいはい、みんなね、最初はそう言うんだけど、結局別の場所でも捕まるのはオチなんだよ。じゃあ免許書見せてー」
「けちぃ!!!千早も何とか言ってやってよー!」
半泣きの彼女の声に反応して、私は少年そっちのけで車に向かった。ここでキップ切れたら、後々上司にどやされるに違いない。仕事で疲れてる体にそんな事で怒られたら私今度こそ生きていけない!!
「(いや、それは大袈裟か……)」
心中は冷静に突っ込んでおきながらも、何とかこの場を逃げ切ろうと女二人で役人に立ち向かいますが、頭が堅いのか、中々許してくれません。そりゃ確かにここに止めてた私達が悪いですとも!でもね!周りを見てみて下さい!立ち並ぶオフィス街の道路の脇には、他にも沢山の車が止まっているじゃないですか!ぶっちゃけ、こういった場面に何度も出くわしているから分かるのですが、役人が真っ先に突っかかってくるのは決まって女性しかいないケースなんです。だって、この前男の上司が居た時は簡単に許してくれたのに!
「(完全になめられてるなぁ……)」
どこか虚脱感を覚えながらも、そろそろ隣で吠えまくる彼女を止め、大人しく罰金でも払ってやろうかと思いきや、真撰組の少年が不意に声をかけてくる。
「オイ」
「へ?」
「アンタを呼んだんじゃねェ」
呼ばれたから振り返ってみたのに、アンタ呼ばわりされて少しイラッときましたが、少年は私達の前に立って、役人の事を何とも眠そうな目つきで捉えていた。突然の行動に私達は目を合わせて首を傾げた。
「この車は俺が止めさせたんでィ。ちょいと後ろの奴に用があって」
そう言って親指を背中越しに向けてくる。指されているのは間違いなく自分だった。この少年に止められた覚えは一切無いが、黒い制服が私達の前に立ちはだかってくれているのが何とも不思議で、例え失礼な指し方であっても私達は口出しする事は出来なかった。
「だから勘弁してやって下せェ」
「お、沖田さんがそうおっしゃるなら……」
「……おきた…?」
彼女がポツリと呟いた。どうやら聞き覚えのある名だと思ったのだろうけど、それは私も同じ。沖田、真撰組の沖田……って言ったらそりゃもう結構有名じゃないですか。今まで彼の名は知っていたものの、警察とは全く縁が無かったせいか顔までは知らなくて……まさか、まだこんなにあどけない少年だとは思ってもいなかった。今更ながら彼の腰元にある刀に目がいって、この守られているっぽい状況に軽く胸がときめいた。
「それに、こいつ等をしょっぴく前に、向かいの道路脇に止まってる車を先に処理した方が良いと思うぜィ。あいつ等の方が道交法に違反してまさァ。変に女ばっか狙って金巻上げるんなら、平々凡々とパトロールでもしときな」
喧嘩腰とも取れる最後の発言に、役人数人は尻込みするようにパトカーに戻っていった。彼の言う通り、平々凡々とパトロールでもしに行ったのだろうか。ここに車を止めていた私達も悪いので、彼らから謝罪の言葉をもらうという事は出来なかったが、妙にスッキリとした気分になった。少年、沖田君はゆっくりと私達に振り返る。
「あんた等は言い返さない方が良いですぜィ。どうせ女しか居ねぇと思われたら金取られるんでさァ」
まだ子どものように見えてしまうのに、口から出る言葉は大層立派なものだった。流石真撰組と言うべきか、私達とは違う仕事に就いてるんだなぁと考えさせられる。
「今度からは数分でもちゃんと駐車場に止めておきます。ご迷惑をおかけしました」
「……今回は俺が居たから良いものの……次、捕まっても知りやせんぜィ?」
「いやぁ、でも助かったよね千早!ありがとうございます!」
笑顔でお礼を述べる彼女の言葉に、沖田君は一瞬にやりと黒そうな笑みを浮かべたような気がした。しかしそれはすぐに普通の表情に戻り、寧ろ爽やかな好青年のような笑顔で、私達、年長組の心をくすぐる。
「でも無事で良かったですねィ。江戸にはああいったいけ好かない役人も居るんで、充分気をつけて下せェ」
クソ暑い空の下、私達はこの笑顔にやられました…!(確実に)年下の少年の笑顔は、長年青春の心を忘れていましたが、今やっと、彼のお陰で高校生時代に戻ったような、部活の終わりにマネージャーがハチミツレモンを用意してくれているような空間を思い出させてくれたような……つまりは恋の芽生えと言いますか(芽生えてませんよ)、凄い可愛い!
しかしね、私は忘れていませんでした。私、真撰組が嫌いなんですよね。どうして詳しく知らない組織を嫌いだなんて言うかと聞かれれば、それはもう前の話に遡ってしまうので後回しにしますが、取りあえず嫌いなんです。しかし、真撰組は嫌いでも沖田君はー………、と思おうとしていた一歩手前で、天使は牙をむき出しました。その無邪気な笑顔のまま、私達にずずいと片手を差し出してきます。
「はい、それじゃあ違反金半分いただきやーす」
「…………はぁ?」
素っ頓狂な声を出す私だすが、少年は関係なしに手の平を出したまんまです。え?何?違反金の半分?………。
「結局金取るんかいイィイィィイィィィ!!!!!」
同期の絶叫が街中に響き渡り、何人かの通行人がこっちを振り向いたのが分かった。
「そりゃ当たり前でさァ。って言うか救出代?」
「救出代!?そんな項目聞いた事無いわよ!?真撰組が一般市民から金取っていいのかアァア!!!さっきの役人とやってる事全然変わってねぇぞオォオォ!!!」
目の前に立っている沖田君の胸倉をガシリと掴んで、全力で前後に揺らしてやると、また爽やかにとんでもない事を言う。
「お、公務執行妨害で逮捕しやすぜィ?」
「貴方がいつ公務を働きました!!?」
「物分りの悪い女でィ」
「誰か助けてエェ!!真撰組にお金取られるウゥゥ!!!」
危うくも、車内にある財布からお金が奪われようとした最中、一台のパトカーが私達の近くに止まった。また新たな役人か、と身構えたものの、そこに乗っている人物は真撰組だった。きっと彼を向かえてに来たのだろう。お願いですから早く連れ帰って下さい。
「おい総悟、テメー仕事さぼって何やってんだ」
「チッ、土方かィ………もう少しで金取れる所だったのに……」
「今この子とんでもなく黒い事言いましたよオォオォオォ!!!??」
「ん?誰だそいつ等」
「(やっぱ真撰組は嫌い……)」
何だか目つきの悪い黒髪の人が運転席に座っていて、沖田君が渋々言う事を聞いて助手席に乗った感じ、彼の上司にあたるらしい。窓を開けて軽く顔を出してる様子は可愛らしいのに、その中身はとんでもない悪魔を飼っていらっしゃいました。いや、魔王か?
「それじゃあ、今度会った時にでも頂きまさァ」
「絶対にやらん」
「アンタ名前は?」
「言う必要は無し」
「土方さん、あの女名前を言いやせんぜィ。もしかしたら攘夷志士かもしれ…」
「わーわーわーわー!!秋月!秋月千早です!!」
「最初から素直に言やー良いのに…」
「(年下におちょくられるなんて屈辱…!)」
「あ、そうそう、秋月」
「(しかも呼び捨てかアァアァ!!)」
「アンタの仕事ぶり見た感じ、広告会社ら辺の人ですかィ?」
「えぇ?はぁ、まあそこら辺の人ですけど…」
「じゃあ近々行われる祭の関係者とか?」
「………まぁ…」
「ふーん……。…軽い忠告として言っておきやすが、今回の祭は将軍直々に来るお祭で、こちら側としては警護が大変なんでさァ」
「…だから?」
「だから、俺達が警護に気を使う程、今回は危険性が高いって事でィ」
「何の」
「テロの。だから気を付けても損は無いはずですぜィ。少なからずあんた等も関係者なら、それぐらいは頭に置いておきなせェ。暴動を企てようもんなら即逮捕でさァ」
「企てるか!」
警察の権限を使うというのはこういう事を言うのでしょうね。生意気な少年のせいで私は名を名乗る事となってしまい、しかもバッチリ覚えられてしまった。
不覚。
そんな私の心情を知らないまま、パトカーは発進していきました。
「じゃあ失礼しやす。車は駐車場にー、ゴミはゴミ箱にー、土方は棺桶にー」
「ふざけろクソ餓鬼がアァアァアァァァ!!!!」
彼の上司の怒鳴り声がどんどん小さくなっていきます。蝉がジーワジーワと鳴いています。汗が顎を伝い、一粒だけ地面に落ちていきます。
「………休憩しようか」
「…そうだね」
その日は、まあ厄介事には巻き込まれたものの、何とか無事に下見は終えて、家に帰る事が出来た。