いつか2人で1日を想う
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夢のようだった、なんて女の子らしい事、私の性格からして考える筈もありません。でも、ふわふわしたような気持ちで帰ったのは事実でした。夜遅くに家に帰って、自転車のサドルが盗まれた事に少しショックを受けつつもコンビニに行けば坂田さんに会えて、しかも何気に依頼もしてしまったという……。
あ、これもしかして会いに行く口実が出来たんじゃね?と帰り道で絶えず思って、にやけてしまう自分の頬を軽くペチペチと叩いたものだ。あれは夢じゃなくて現実の事、うやむやにして堪るもんか!そう意気込んでいた私は意気揚々で家に帰り、深夜のバラエティを見ながら買ったサラダ巻きを食べて、そのままリビングで寝てしまっていた。ついでにテレビを消すのも忘れていたらしく、私を起こしたのは携帯のアラームじゃなくて、テレビの音だった。
今日のおひつじ座は。
テレビからそう声が聞こえて薄らと目が開いていく。おひつじ座?ああ、結野アナのブラック星座占いかな。寝ぼけた頭でぼんやりと考えてみる。朝の番組の定番といえる占いは私も家を出る前に必ず見ている方だった。シャツのボタンを閉めながら「うわ、今日は12位だ…」と独り言をたまに呟くのだ。とある時は髪の寝癖を整えながら、時には洗濯物にハンガーを通しながら、そしてベタに食パンを銜えながらそれを見ている時もあるんです。
……………あれ?ちょっと待って、ちょっと考えてみよう。今ブラック星座占いやってますよね?うん、やってますね。私、この時はいつも何かしら忙しそうにしてる筈なのに、何でまだソファーに寝転んだままなんでしょう?ジャージだから閉めるボタンも無いし、パンどころかご飯すら用意して無いし……。……あれ、ちょっと、今何時ですか?流れてくる冷や汗を無視しながら起き上がり、ぼやける目をこすり携帯で時刻を確かめる。
「……7時…50分………」
視線をテレビに戻してみれば全国の天気予報が伝えられている。今日の天気は晴れ、よし、洗濯物がよく乾く…。
「とか呑気に考えてる場合じゃなあぁぁぁあぁい!!!!!!!!!!」
勢いよく飛び起き、まずは洗面所に行って顔を洗った。蛇口を捻り出し、周りに水が飛び跳ねるのも気にせずに洗う。いや、洗うと言うよりも水を顔にぶつけたという表現の方が正しいかもしれません。それからタオルで顔を拭いた……ではなく、半ば強く擦ったような感じでした。
「風呂入ってないのに……!」
泣き言を言ったって仕方ありません。寝坊したのに気付いたのが遅すぎました。化粧を落としていたのがせめてもの救いとして、私はすぐにスーツに気がえました。ストッキングをはく時間なんてありません、生足です!とくとみよ私の生足を、なんて変な事を叫びながら所狭しと部屋を駆け回る私。資料も一気にカバンにつめて、携帯もスーツのポケットに入れて、定期も持って、窓の鍵を閉めて準備万端です。
今日も元気に、行ってらっしゃい!
アナウンサーの方が元気にそう言ってくれました。「行ってきまあぁあぁあす!!」と叫びながらテレビを消して玄関に向かって、テンポよく飛び出しドアも閉めてアパート下の自転車置き場まで向かいます。只今の時刻9時。おや中々の好タイムではありませんか?今日は何だか良い事がありそうです(早速寝坊してるんですけどね)。後はお隣さんから譲っていただいたこの自転車に颯爽とまたがり駅を目指せば大丈夫!寝坊したにも関わらず私はやけに機嫌良くマイ自転車を迎えにいきました。奴は一部分が抜けた格好で私を待っていてくれていました。
「そうだサドルが盗まれてたんだあぁぁぁぁぁああぁぁぁぁ………」
地面に項垂れる私の気持ちをみなさん分かってやって下さい。
「しかも今日はパンツスーツじゃないぃぃぃいぃぃぃいぃ………」
ついでに本日、燃えるゴミの日である事も思い出しましたが時間が時間、泣く泣くそれにまたがった私を見送ってくれた管理人さんは、「朝から元気ねー」と言って私を送り出してくれた。
「………で、生足なわけ?」
「うるさい喧しい今仕事中なのよ話かけないで」
「寝坊したから生足?」
「気が散る集中できない話かけないで」
「バッカでぃ!!!!!!」
「やかましい!!!!」
私の隣に居る同期は、今朝の経緯を聞いて大爆笑、気が散る事この上ありませんでした。床を蹴って、イスを彼女の所にまで移動させました。喋りながらでも書類をめくる音やタイピングの音は聞こえていたので、それなりに仕事はこなしているのかと思いきや、デスクに置かれているパソコンが開いていたのは"温泉旅行"の文字。
「こら、仕事中に何のサイト開いてんですかお姉さん」
「お姉さんは温泉に行きたいのです」
また自分のデスクに戻ってこれば、今度は彼女がイスを移動させて私の横にくる。平常心を保ちながら、素早く開いていたパソコンのサイトを閉じた。
「……千早お姉さん?」
「はい?」
「今パソコンの文字に"焼肉食べ放題"って文字が見えたのは気のせい…?」
「気のせいに決まってるじゃない貴女と一緒にしないで頂戴な」
「言ったな!!履歴確認してやらァ!!!」
「エロサイトなんか見てません!!」
「それを確認するんじゃない!焼肉食べ放題という文字があったかどうかの確認よ!」
「それを見つけてどうする気ですかお姉さん」
「上司にチクる」
「温泉の事もチクるわよ」
「……」
「……」
「…仕事しよっか」
「そうだね」
互いに自分のデスクに戻って、今度は真面目にパソコンに向かった。頼まれていた仕事は段々終わってきて、この調子で行けば今週末はゆっくり休めるような気がしてきた。もう一方の隣のデスクの方は外回りに出てるみたいでここには居らず、それは同期の所とて同じだった。それを良い事に喋ってしまうのだけれど、昼休み前だから別に良いと思ったのだ。それ程周りの空気がだれてきているように感じ取れるから。
「…お昼どうする?」
「食堂に行こっか」
「そうだね」
「あ」
「何?」
「私コンビニ行ってストッキング買わなきゃ。一日中生足で居る訳にはいかないわ」
それぞれ手を動かしながら会話をしているんですけども、タイピングしながら爆笑されると中々腹がたつものですね。エクセルで計算をしながら「笑うな」と言ってみると、千早は面白いなー、なんて答えでもない事を言って来る。私のどこが面白いのよ!そう言いながらエンターキーを強く鳴らした。
さー、昼休憩だー!どこからともなくそんな声が聞こえて、気の抜けるようなため息やら脱力感感じる声が社内を包んだ。そして皆各々ご飯を食べに出て行く。私たちも食堂に行って食券買わないと、と思って席に立つ。賑やかな社員食堂は人に溢れていて、私たちはジャンケンで負けた方が食券を買うための長蛇に並ぶことを決めた。負けたのは彼女の方だった。
「よっしゃ!良い事あるぞ私!」
「ストッキングも履いてない生足女に良い事なんかねぇよ」
ボソリと呟いた彼女のお尻を軽く叩いてから、私は座る為の席を探した。役割分担が効いたのか、席は案外簡単に見つけられた。窓際の、日当たりの良い席だった。しばらくして彼女もきて、頼んでおいたカレーを食べようと思いきや運ばれてきたのはラーメンだった。あは、押し間違えちゃった、とお茶目に謝っているが、カレーとラーメンの食券の買う位置はかけ離れている。並ぶ際に「私はカレーが食べたいの!」と念を押しておいたから、誤ってラーメンを買うとも思えない。
「わざとかお前…!」
「今日は何の日フフッフーン♪」
ラーメンを自分の手前に引き寄せながら恨みの視線を向けるが、美味しそうな匂いがしているのでまぁ良しとしましょう。因みに彼女は天丼を頼んでいた。ラーメンに天丼。昼間から女2人が食べるような内容でしょうか?
「ねえ」
「ん?」
「今日は何時まで?」
「分かんないけど……どうして?」
「今日千早の家に泊めてよ」
「どうして」
「そんな気分よ」
「そんな気分か」
別に断る理由も無いので、良いよ、と言ってみればお礼代わりにてんぷらを一つもらった。
「あ、でも駅からアパートまで歩きだよ?」
「自転車の後ろに乗せてよ」
「スーツの人間が二人乗りしてどうする」
「あ、そっか……スカートじゃ二人乗りは無理よね」
「違う違う違う!私が突っ込んだのはそこじゃないよ!?」
互いにご飯を頬張りながら、いつもの昼食を楽しんでいた。ただいつもと少し違うのは、足が少しだけ寒い事。
「…やっぱストッキングが無いのはヤダな」
「自業自得よ。それにしても何で今日は遅れたの?夜更かしか」
「えー?……まぁテレビは見てたけど……あ、夜にコンビニに行って、帰るのがほんの少し遅れて……」
「コンビニィ??」
彼女が声を歪めた。大きなてんぷらを箸でいとも簡単に掴みながら言う。
「コンビニなんていつもの事じゃない」
「え?まぁ、そうだけど………。あ、駅のコンビニに行ったんじゃないんだよ?アパートの近くのコンビニに…」
「言っても夜遅くにあそこのコンビニに行くのは初めてじゃないでしょう?何で今日に限って寝坊したのかね」
お酒に酔った様子も無いし、と言って大きな一口で彼女はてんぷらを消化していく。……そう言えばそうだな、と思った。いつもは駅のコンビニに行って何やかんやと買って帰り、たまには違うコンビニに行ったり…。帰る時間はまちまちだけど、大概が遅い時間帯だから、寝るのも比較的遅いほう。まとめる資料もあるし、作らなきゃいけない企画が私に沢山圧し掛かっている日もある。徹夜が一週間続くなんて当たり前で、入社当時はそれこそ遅刻しそうな日々が続いていたけど、今はすっかり慣れていた筈だった。低血圧だけど、アラームが鳴ればぼやきながらでも体を起こして居た筈なのに、今回は一体どうしたのだろう?
「(………ああ、そうか)」
いつものような夜の道を歩んでいたけど、たった一つ、違う出来事があったじゃないか。綺麗な銀髪を持つ人と、話したじゃないか。
「そうだそうだ、それで変に夢心地になったんだ」
「は?急に何」
「寝坊しちゃうぐらい嬉しかったんだわ」
「ちょ、待って、何の話?」
話…。私は坂田さんと何の話をしたんだっけ?あ、そうか、サドルだ。私がサドルを買っておいて下さいと頼んでおいたんだ。いつ取りに行こう、と考えていると「顔にやけてますけど?」と言われた。
「ニヤニヤしやがって!どうせ電車で出会った彼だろう!」
「いやー、そんなんじゃありませんよお姉さーん」
「なら、そのにやけた顔をやめなさい!」
「にやけてませんてー」
「口角が上がってんだよオォォオ!!!」
悔しい!!彼女はそう言いながら丼を持って残りのご飯を口へと押し流し始めました。
「あはは、悔しいも何もないじゃない」
「何でよ!」
「私、その人の事好きかどうか分かってないのに」
「いい加減認めなさい、あんたはその人が好きよ」
「どうして分かるの」
「分かるから分かる」
「ふーん……」
「今日はその話について一晩明かすわよ」
「マジでか、オールすんのか」
「明日は仕事無いしね」
「いや、あるから。親指たてて良い笑顔向けてくれてるけど明日も仕事あるから」
「帰り際にお酒たくさん買おうっと!」
話を全く聞いてくれていない彼女にため息をこぼしつつ、残りのスープを全て飲み干した。すっかり膨れたお腹をさすって一息ついた。
「ねえ千早」
「うん?」
「頑張ってね」
やけに優しく笑っている彼女の顔は、窓から射す光のお陰でより一層増しだった。急に見せてくれた顔に、私は少し驚いた。
「応援してるから」
「だ、だから!私は…」
やけに恥ずかしくなって否定しようとするけど、そんなのは彼女の前では通用しなかった。
「アンタなら大丈夫よ」
「~~……」
何だか恥ずかしくなって、視線をそらし太ももの上で拳を握っていると最後にこう付け足された。
「口の端にもやしの欠片つけてる生足女だけどね」
うるせえ!!!!!!!!!!!!食堂に、お皿が割れた音を軽々勝る私の怒声が響き渡った。
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