夜の春
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「あの…もう良いですか?早く帰りたいんですけど……」
「時間取らせてすいやせんでしたねィ。ぶっちゃけ盗難自転車の取り締まりなんて俺達の仕事じゃねぇしどっちでも良かったんだけど」
「心の本音がもれてますよ」
「それじゃ、これ、注意書きだから」
青年がペンを走らせていた紙だけを渡され、さいならー、という声だけをかけてパトカーは去って行った。何が、さいならー、だ。私はそれを見送って、渡された紙を見てみる。そこには注意書きなんて一つも書かれておらず、小学生並の落書きが書かれてあった。何のキャラを書いているかは知らないが、コチラに向かってあっかんべーをしているのだけは分かった。
「あいつ可愛い顔して腹立つマネを……!!」
私はぐしゃりと紙を握りつぶした。
「何だ警察のくせに!って言うかあの制服は真撰組だ!許すまじ真撰組ィィイ!!!」
誰も人が居ない事を良いように、私はもうそりゃ声を張り上げて自転車をぶっ飛ばした。今日も……と言うか昨日になるのかは知らないが、仕事を頑張った私をどれだけいじめたいんだ!クーラーが効き過ぎる部屋で同期とたまに「今日も一杯いく?」「いや、今日はやめとく」みたいな会話をして、書類コピーして、企画を自分で考えて、休憩して、お茶飲んで……!休憩もしたけどちゃんと働いたっつの!酷いなぁ、と怒りつつも、立ち漕ぎなだけあって自転車はいつもより早く進み、思ったよりすぐに家につけたから良しとしよう。酒でも飲みながら深夜のお笑い番組でも見るか…と考えながら玄関でパンプスを脱ごうと手をかけた。その手が止まる。顔もひきつる。……お酒、買えなかったんだった。何とも言いがたい疲労感に襲われ、その場に崩れた。廊下が冷たくて頬に当たると気持ち良い……。
「……冷蔵庫見ても何も無いだろうし……近くのコンビニ行こ……」
のそりと起き上がった私の顔は、寝起きのように酷いものだったに違いない。息苦しいスーツを脱いで、上はTシャツ下は七分丈のゆったりズボンを履いて、財布だけを手に持ちまた外に出た。
足がいつも以上にしんどいのはきっと自転車のせいだろう。イライラするのは、あの青年のせいだ。アパートから徒歩5分程でつくコンビニは工事なんてしていない筈。途中自販機でヤクルト(20円)1本を買って、それを一口で飲んでコンビニを目指した。人気も無い、周りの家の明りも着いていない。まるでこの街に私だけしか居ないように感じる。
「…なーんてね、みんな寝てるだけだもんね、もう12時過ぎてるしね」
我が物顔で道を歩いて、財布を持っている手と空になったヤクルトを持っている手を大きく交互に振りながら、ようやく着いたコンビニ前。よかった、開いていた。まず店に入る前にゴミを捨てなければ、と思いゴミ箱に近寄ったとき一台のバイクが止まった。駐車スペースではなく、出入り口付近に。まぁ今は車も自転車も止まってないからそこでも良いけど、と思った。こんな時間にコンビニに来るとは、私と同じくアルコール等を買いに来た人だろうか?それともツマミ?いろいろ推測しながら振り返ってみた。
私の狙いでは、私と同じぐらい若い会社員のような人か、それとも年を取ったオジサマだろう。絶対に男だ。予想は当たるか…?体格からしたら男であろうその人は、ヘルメットをゆっくりと脱いだ。そこから出てきた銀色に、私は目が釘付けになった。眩しいその色は、駅付近のコンビニのような眩しさじゃなくて、もっと優しい光かたをしているように見えた。
「…………秋月?」
「……なんで坂田さん!!?」
「んだよ、俺がコンビニ来ちゃ悪いってのか」
ヘルメットを脇に挟めたままスクーターのエンジンを切った坂田さんは、ゴミ箱の前で固まっている私に近寄ってくる。
「?お前何持ってんの?」
「え?……!!!!!」
ヤクルト持ってます、なんて言ないイィィ!!!私は手首のスナップをきかせてヤクルトをゴミ箱へ放り投げた。あまりの剛速球に坂田さんからは何が入れられたのか見えていないだろう。グッジョブ私。
やっぱり坂田さんには見えなかったようで、私は更に嘘をついた。
「ズボンの中に前に買い物したレシートが入ってたみたいで…あは…あはははは」
「ふーん」
その時に私は気付いてしまった。何という服でここに来てしまったのかと。可愛くも無ければ色気もなく、御洒落を完全に諦めたような女の格好。でも坂田さん分かって下さい!世の女の子はね、全員が全員、家の中までも服を気遣ってる訳じゃないんですよ!寒かったらどうでも良い服を何枚も着込んだり、暑かったら組み合わせ関係無しの涼しい服をチョイスしたり、女ってそんな感じなんです!そんな感じなんですけど、やっぱりちゃんと服着てこれば良かったアァー……!
「何落ち込んでんだよ」
「地元だから良いと思ったんです、夜だから良いと思ったんですー…!」
「はぁ?」
「うぅぅう…!」
「…取り合えずコンビニに入んだろ?ホラ行こうぜ」
ドアを開けて待ってくれている坂田さん。私には貴方が眩しすぎて仕方ないです、ホントに。顔が赤くならないように気をつけて、私は坂田さんに続いて店内に入った。眠そうな店員さんの声が迎えてくれる。客は私たちしか居なかった。いつもの癖で飲料コーナーに向かったのは良いものの、坂田さんの目の前で酒とつまみを買えと?買おうかなーと思っていたチクワを買えと?いや無理無理無理。どんな女だ、とか思われたくないし。
「今日は……我慢しよう…」
もう泣く泣く諦めて、お茶とサラダ巻きだけ手に持った。深夜にちゃんとした炭水化物を取るのは久しぶりだ。ところで坂田さんはどこに居たのかと言えば、一心不乱にジャンプを読んでいた。そう言えば会社にも置いてあったなあ。
「ジャンプお好きなんですか?」
「んぁ?あー、まぁな。一番面白ェし」
「人気ありますねー、ジャンプ」
「それぐらい少年が多いって事だろ」
「アハハ!坂田さんが少年だなんて」
「お前いま本気で笑いやがったな。サラダ巻き買ってる女に少年の気持ちが分かるかってんだ」
「サラダ巻きで人を決め付けないで下さい!」
500円以内でおさまった晩御飯を持って一応坂田さんを待っていると、彼はイチゴ牛乳だけを買って出てきた。いや、イチゴ牛乳て…。
「甘党ですか?」
「もち甘党だ」
「へー…」
帰ったらメモっておこう。